18 かわいいね。

文字数 1,997文字



 徒歩約40分に調神社はある。
 オオクニヌシさんの言うとおり、私の行動範囲はアパートと大学。アパートと大学の間にスーパーストアと、アルバイトで通う喫茶店がある。往復でことはたりる。徒歩約30分に山田うどん食堂があるけれど、行かない。ほんと狭い。中ツ国(畿内5国)なみに。
 行動範囲が狭い理由は、ある。山田うどん食堂の看板とクエビコさんとともに写真を撮りたいけれど、行けない。理由は、ある。言わないけれど。
 大学の反対側に南与野駅があり、駅のさきに調神社がある。大学のさきの荒川までと、駅までが私の行動範囲の限界、境界。駅はストアにない物を買うとき、東京に行くときくらい。
 私は無事を願い、南与野駅を越える。境界を越える。無事に帰れますように。

 調神社は、かつて神宮(伊勢神宮)に献じる、租庸調のひとつ調の倉庫。
 埼玉県さいたま市桜区大字神田にあるアパートは、かつて見沼という大きな沼だった。沼を埋めて田んぼとなった。神宮の神田となった。穫れた米は調神社に集められ、東山道を通り、神宮に納めた。
 のちに国府が東京都府中市に移り、東海道を通り、納める。
 今も大宮氷川神社の境内に小さくなった見沼がある。大宮氷川神社のほんとうの祭神は見沼の水神(龍神)。大宮氷川神社は見沼の湖畔に建ち、のちに荒川の川岸に建つ。

 調神社はヤマトのアヤ族の支族のツキ族が奉じてた。檜隈の姫。なんか嫌なかんじ。
 檜隈の姫が神人でなければ、つきあってたかもしれない。
「くだらない」私は独り言ちる。

 調神社は松がない。当地に姉弟神がいた。弟神は大宮(大宮氷川神社らしい)に、気儘にひょいと行ってしまい、姉神は待つけれど弟神は帰ってこない。プライドの高い姉神は待つのが嫌なので、松がない。
「くだらない」

 調(ツキ)で、月待信仰の神社となる。神社の周囲は公園で、境内も園内も欅(ケヤキ)が多い。欅の別名は槻(ツキ)。ツキだらけの神社。だけど月神は祀ってない。
「くだらない」

 祭神は高天原の日神。ほんとうの祭神は異なる。一説に宣言(ノリト)の祓戸大神の1柱、瀬織津姫。イザナギが禊いだときに生じ、穢れや禍いを身に纏った黄泉神、マガツヒさんと同神という。
 ということはマガツヒさんは女神か。長髪で、顔は見えなかった。
 神名は、とある法人の登録商標となったので、ワカヒコくんっぽく、セッちゃんと呼ぼう。オトナ(権利者)の事情で真名が奪われる。
「くだらない」

 アパートの近所に元・氷川神社の月読神社がある。ややこしい。調神社に肖り、祭神と社名を変える。私も、姉神というプライドがあり、弟神スサノヲさんのおさがりは嫌なので行ってない。
「くだらない。プライド、くだらない。オトナの事情、くだらない。ダジャレ、くだらない。嫉妬、くだらない、くだらなーーい」
 私の叫び声にワカヒコくんが慄く。
「ツーちゃん、ダレに怒ってるの」
「クエビコさん。まったく、関わってない」

『クエビコさん、さいたま市に月神に関わる神社はないの』
『あ、ある。よし、笑える社を、お、教えよう』

「ツーちゃん、ウサギだよ、ウサギ。コッチも、あー、アッチも」
 月だから狛犬も狛兎。ミサキ神の兎だらけ。調神社のセンスが、なんかくだらない。
 ワカヒコくんがはしゃぐ。
 そういえばワカヒコくんとふたり(1人と1柱)きりは初めてかも。
 いつもクエビコさんがいるし。あ、キューピーちゃんがいるか。ごめんね。頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんが怒ってる。キューピーちゃんは私の心がわかる。私もキューピーちゃんの心がわかる。以心伝心ね。

 ずっと戦ったり、ムーな話ばかりだった。
 ワカヒコくんと、こうやってのんびりするの、いいね。ワカヒコくんが天を見あげる。つられて私も見あげる。日は高く、神々しく照らしてる。手を翳す。春の日だ。
「眩しいね、ツーちゃん。アッチに行こう。アッチ」
 公園のベンチに座る。バックパックを降ろす。水筒を出す。オオクニヌシさんが作ってくれた麦茶をワカヒコくんが飲み、私が飲む。ワカヒコくんが見てる。
「間接キス」
「コドモが、ナマイキな」
「ボク、コドモじゃないよ。今のツーちゃんよりオトナだよ。オトナ」
「……ワカヒコくんって、何歳なの」
「3000歳は超えてるよ。あ、眠ってたから1800000歳は……」
「いいから、言わなくていいから。聞きたくないから」
 衝撃的設定。
 神話で、2685年前の紀元前667年に神武征東。第二の古(イニシエ)の戦。さらに1792470年前に天孫降臨。つまり1795155年前に、国ツ軍と天ツ軍が戦った古の戦。戦の前にワカヒコくんは降りてきたわけだから。
「信じられない。幼い容姿と拙い口調に騙されてたわけだ」顔が熱る。
「かわいーね、ツーちゃん」
「いーオトナが、なんの事情で女心を、弄ぶ」
 ワカヒコくんの首を絞める。
「……ツーちゃん、苦しい……」
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