37 隠された神様・前篇

文字数 3,724文字



 約1億年前、地殻変動でイザナギプレートが動き、大陸から離れて日本列島はできた。イザナギプレートは日本列島ができたあと、ユーラシアプレートの下に沈み、隠れた。中央構造線は、かつてイザナギプレート。神話みたいな実話。
「設定としてイザナミさまの名を付けてほしかった」
「イ、イザナミは祟るから、な。毎日1000人が、こ、殺されてしまう」
「イザナミさまは、優しいですよ」
「オオクニヌシさん、マザ……」慌て言葉を呑みこむ。
「はい、ワタクシはA型のマザコンです」にっこりとほほえむ。
「……イザナミさまが、たくさんの人を殺す。地震や噴火。そうか。イザナミさまは地母神。つまり花窟神社の巨岩は地鎮の岩、千引岩」
「ち、違う。まちがってる。地鎮(トコシズメ)の岩で、ない。原・熊野信仰の岩、だ。ナチの滝の崖も同じ岩で、で、できてる。原・熊野信仰の岩、だ」
「熊野那智大社の祭神は、元社の飛瀧神社の那智滝の崖の古の神(地主神)。または遡って那智川、那智山の古の神。熊野本宮大社も、熊野川の古の神。熊野速玉大社も、元社の神倉神社の琴引岩の古の神。琴引岩も同じ岩でできてます。原・熊野信仰は熊野カルデラの噴火による巨岩信仰と湧水信仰といわれます。速玉は隕石説と噴石説があります。隕石説は日のカケラに変わり、日神信仰となります。ワタクシは噴石説と思います。クマノは、矢倉神社、高倉神社という巨岩信仰の無社殿神社が多いので」
「詳しいのね、オオクニヌシさん」
「ツクヨミさまも、たしか父上とクマノに行ってましたが」
「熊野詣も行ったけれど、たぶん難しい話も聞いたけれど、楽しい思いは、まったくない。クタクタ、ペコペコな思いだけ。だから覚えてない」
「ワタクシは、タカクラジの楽しい思いがありますので」
「ご、ごめん」
「ツクヨミさまが謝ることはありません。ワタクシもクエビコに言われて本を読んだだけ。タカクラジの思いを知りたかっただけ。そう、速玉は、もうひとつ丸石説があります。隕石説と異なる日神信仰といわれます」
 隕石説も丸石説も、いずれ高天原の日神と異なる日神。
「ヤ、ヤクラは物見、だ。櫓。岩壁だけの社もある。タカクラも、カミクラも、お、同じカムクラ(神座)、イワクラ(磐座)、だ。タ、タカクラジは日神に仕えた覡、という。つまりタカクラジという名の、か、覡はたくさんいた」
「クエビコさん」クエビコさんを睨む。
「ワタクシが見つけ、クエビコに読んだ本です。神話でタカクラジは、あえて人と書いてます」
「そ、そうだ。オレは知識を話してるだけ。人は、日神は天から巨岩へと降りると考えた。だが、つどつど、降ろすのがメンドーになった。ツ、ツクヨミと同じ、だ」
「クエビコさん」クエビコさんを睨む。
「さ、さらに岩壁に、自然に、偶然にできた丸石を日神の神体として祀った。かっこいい巨岩は、か、限られるから、な。やがて自然にできた丸石を捜すのもメンドーになった。まあ、ひ、閑があれば、シコシコと削れば丸石はできる。こざかしいタカクラジが作り、ま、祀った。……睨むな、ち、知識を話してるだけ。本社のカミクラの社(神倉神社)は、ちゃんとした巨岩信仰、だ。蕃国(トナリノクニ)のアヤ族の長の子が仕えた。こ、こざかしくないタカクラジ、だ」
 熊野信仰は、熊野カルデラの噴火で地から現れた大地神から、天から降りてきた天空神へと変わり、高天原の日神と異なる日神の信仰へ変わる。


 
「じ、神武征東神話で、熊野で塞ぐ国ツ神は、なぜか女神。または女の族長、だ。巨石信仰は、地の、古の神の生気や生力の畏敬だ。水も、く、草木も、地から生じ、地へと還る。そして再び生じる。出生と死。さ、再生や甦生の祭、だ。祭を司る巫が族長となり、母系血統の女が長を、信仰を継いだ。天ツ神は、順(マツラ)わぬ巫がジャマとなる」
「名草の姫、丹敷の姫、か」
「あ、新しき信仰に、古き信仰は、順わぬ古の神はジャマとなる。侵攻は、新しき権力者に随わせる、新しき神に順わせることだ。信仰は、つ、つねにリセット」
「出雲講も富士講も同じ」
「い、いや、そんなものでない。キリスト教の宣教くらい。出生と死は、あ、天ツ神の忌む、白穢、黒穢。噴火は、天ツ神の治める世に災禍を齎す。岩漿(マグマ)は地母神の血。産穢、赤穢、だ」
 三穢は佛教の影響。西日本で白火、黒火、赤火といい、忌屋に籠り、火を別ける。

[赤]は火の色。[大]と[火]を合わせた会意文字。火の上で両手両足を伸ばした人。火刑時、火渡などの修練時や祭祀時の出血。[赤]は血の色。
 火による変化、焼損、焼失、さらに浄化、無化。語意も裸、あるがまま、なにも持ってないとなる。赤裸、赤子、赤心。神社や佛閣に使われる色。
 血の穢れは火で浄められ、禍い(災い)は直される。祟りは直される。
 火中出産のコノハナサクヒメを思いだす。
 天ツ神の子を産むとき、誓(ウケイ)で産屋に火をつける。産屋はコノハナサクヒメの殯屋と変わる。誓で国ツ神でなく天ツ神の子となるけれど、じつは浄化、無化で国ツ神でなくなり、天ツ神の子となる。
 今はなくなったけれど、産屋に火をつけるならわしがあった。昔は出産による母子の死が多く、出産は命がけ。
[火]も象形文字で、火力により炎(炏)、焱、燚となる。火炎焱燚。炎と同じ字意で赫。焱に似た㷋があるけれど、なぜか字意は燃え残り。
 蟲や焱のように同じ字を重ねた字を品字様という。強めた字意となる。例えば品、森、晶、姦、轟など。変わった字で㐂、犇、淼など。さらに変わった字で畾、毳、鱻、贔、飍、䨺、靐、厵、龘。変わった馬鹿で驫麤。
 ついで。色の話。
 アカの語源は明るい、日が明ける。暗い、日が暮れるはクロ。アカ色は日の色となる。じつは日の色がアカ色は珍しい。だいたいの国の日の色は金色銀色、または黄色白色。
 なぜか私達はアカ色が好きらしい。赤のほかに朱、紅、茜、緋、丹などがある。ついでのついで。アカ(赤)色を一字で表すと赩。
 しらしめるため、はっきりしたシラ(シロ)色。藍染のような、空と海の境目のような、ぼんやりしたアイ(藍)色、アヲ(青)色。赤黒白青は色だけでなく、事象の明暗(赤と黒)や濃淡(白と青)も表す。白けるは、色が褪せて白くなる。明らかになる。空が白けるは、空が明らかになること。赤い、黒い、白い、青いと形容詞となる。
 ほかの色は植物や鉱物の特有の色。だけど黄色だけは異なる。古代中国で、字源は皇帝(黄帝)の佩玉。語源は玉の色、土の色。領主、領土の色、麒麟の護る玉座、玉体の色。のちに五行説で中央の黄に対し、四方の赤と青、白と黒が対となる。
 宮中の門が黄色のため、黄門侍郎。[黄]は五行説で中央に座し、万物を生み育てる。古代中国の神話で、三皇五帝の最初の帝は黄帝。黄帝を護る門。禁門。

 巨石信仰は噴火や地震の畏怖と、火や地の生気や生力の畏敬。巨石を畏み祀る祭祀遺跡。噴火で現れた噴石(巨石)。のちも絶えない台風で顕れた切岸、断崖。絶えない地震で顕れた露頭(断層)。巨石信仰は、本来は火や地の生気や生力を、大地神の神威を母子に与える信仰。
 佛教の影響で、赤火により赤穢(血穢/地穢)を浄める信仰と変わる。

「イザナミさまは命がけでカガヒコを産んだ。なのにイザナギは……」
「……リセット。子を殺し、母を鎮めます。許せません」
 私とオオクニヌシさんは顔を合わせて頷く。
 神話で、大地神が地母神となり、地に鎮められる。天空神が天父神となり、日神が生まれる。日神は三穢に穢されず、生まれる。のちに日神は高天原の日神に代わる。
「ク、クマノも、イヅモのクマノも、クマソの地も、さ、さまざまな蕃神(トナリノクニノカミ)が流れつくから、な」
 アマ(天/海)の彼方からきた異装の神様、天ツ神。一族の男を殺しまくり、女に帰順を求める。天ツ神の父系血統の男が長を継ぐ。侵攻の常套だ。

「さ、さらに新しき天ツ神がきた。カミクラの社(神倉神社)のタカクラジは、あ、新しき天ツ神に諂った。……睨むな、知識を話してるだけ。オ、オオクニの遇ったタカクラジが、どうだこうだということで、ない」
 神話で、タカクラジさんはニギハヤヒの随神。神武征東神話で、タカクラジさんがミカヅチヲの佩剣を渡し、カラス衆が導いた。

『檜隈の姫は教えてくれませんでした。あまり話したがらないので。たぶん古き神を捨て、新しき神にアヤ族の未来を託したのでしょう。ニギハヤヒは出自不明の神です。アヤ族などの蕃国(トナリノクニ)の一族をまとめてたと聞きます』

 神話で、タカクラジさんは神威を得られず、アヤ族の長を継げず、人として終える。
 史話で、神威を得たタカクラジさんの弟はアヤ族の長を継がず、行方不明。後裔一族は家康に仕え、なぜか常陸国水戸藩主に仕える。

『関ヶ原の合戦で石田三成を助けたのに、なぜか徳川家康に仕えた。そして水戸藩の重臣となってる』
『カ、カラス衆というのは、そういう、しゅ、集団だ』

 前作からの伏線か。なんかイヤなかんじ。なんかありそう。
「……ツクヨミ様、カワチの国、ヤマトの国に男神の日神を祀る神社があります。祭神はヲハリ族の奉じる日神。ニギハヤヒ」
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