11 家康

文字数 3,601文字



 東へ征討が進み、国堺(関所)も東へ移る。東山道は科野国(信濃国)と毛野国(上毛野国/上野国)の国堺の碓氷坂(碓氷峠)に碓氷関が、東海道は駿河国と相模国の国堺の足柄坂(足柄峠)に足柄関ができる。碓氷坂と足柄坂の東側は坂東。関東地方。中ツ国は広くなり、東国は狭くなる。
 山道(坂道)を上り、山道を下る。峠は山道で最も高い処。だけど山頂と山頂の狭間。山稜の鞍部。最も低い処。あたりまえだけど山道は最も低い処に造る。碓氷坂は浅間山と妙義山の、足柄坂は富士山と箱根山の狭間にある。足柄坂で坂田金時は源頼光と遇い、丹波国の大江山に棲む酒呑童子を倒す。童謡の[金太郎]。
 峠は堺目。坂(サカ)の語源は堺(サカイ)。昔の国堺、今の県堺。山を越え、異国へと行く人の無事を願い、異国から来る鬼を塞ぐ塞神、岐神が祀られる。坂田金時は修練に励み、鬼を倒す。
 黄泉比良坂は中ツ国と黄泉国の堺目。

 ついで。境堺について。
 [境]も[堺]も字意はさかい。坂や急な坂(崖)で高地と低地が別ける。
 堺は界をデコった字。界の字源は田と間に挟まる人(介)。田んぼを人が別けるさかいめ。さらに土偏で土地を別けるさかいめ。別けた土地に住む。堺は地名や人名に多い。
 境は土偏と竟。竟は祭祀(音)と人(儿)。または竜と同じく、冠(立)を被った人(兄)。祭祀を人が終える。家族や一族の祭祀主の長兄の(長の長兄)が終える。かなりムリがあるけれど、祭祀前と後のさかいめ。土偏で祭祀で土地を別けるさかいめ。
[境]と[堺]のさかいめは祭祀で別けるか、別けないか。

 そして。
 天ツ武神ミカヅチヲと同じく、征東軍を率いる貴族、軍事貴族。武力を蓄え、貴族に怯えられた。のちの坂東武者。武(タケ)キモノ。平将門が有名。
 ミカヅチヲは中ツ国の平国後、天ツ神に天ノ川の川上に遂われた。軍事貴族は相模国鎌倉郡に逐われた。そして東国に新たな政権を作った。鎌倉幕府。
「け、権威を以って正当(正統)な権力と、成る。武力だけで、な、成らない。ただ、戦いつづけるだけの、バカ。の、脳髄がチョー弱い」
 私の脳髄もクエビコさんに鍛え、ちょっとだけど強くなった。
 武力は衰える。または越える武力に潰される。武力による権力は衰える。潰される。衰えないための、潰されないための、権威。

 1189年の奥州合戦。奥州藤原氏を討つ大義名分として征夷大将軍の称が必要だった。頼朝は最後の征東軍の、征夷軍の長となる。
 頼朝は平氏を討ち、奥州藤原氏を討ち、時の権力者に成る。征夷大将軍は、征東軍の、征夷軍の長という称でない。権威を以った正当(正統)な権力者という称。
 のちに征夷大将軍は、権力という剣を東方でなく、西方の権威に翳す。
 将門も、鎌倉幕府の源頼朝も遂われた御蔭で、碓氷関と足柄関ができた御蔭で新たな政権を作った。まあ、将門はしくじったけれど。

 富士山は征東軍を塞ぐ自然の難関。東国を護るよう。
 平将門も、鎌倉幕府の源頼朝も、塞ぐ富士山の御蔭で、碓氷関と足柄関の奪取封鎖(固関)を謀る。門を閉め、鍵を逆側に掛ければ西国でなく、東国を護る。



 征夷大将軍という権力を、内閣総理大臣という権力を授ける権威。
 権威を以って正当(正統)な権力と成る。シラス統治。
 のちに内閣総理大臣は改憲という剣を、権威に翳す。

 では、権威はなにか。
 人は神威に、神の威力に畏まる。
 人は神と違い、長く生きられない。やがて衰え、やがて死ぬ。
 空間だけでなく時間までも治める超越な、隠然な存在の威力。畏まる大いなる存在の威力。神話(神代)から現実(現代)へと続く存在の威力。
 かつて畿内の王権や政権も、高天原の日神の神威を継いだ時の権力者。
 大嘗祭により、神威を継いだ権力者が権威となる。高天原の日神と一体化となる。

「い、家康は、湿原に江戸を、作った。山地を崩し、湿地を埋め、平地を広げる。か、河筋を変える。作りながら思った。人が神に成る方法、だ」
「クエビコさん、ほんと神様なの」
 床に転がってるクエビコさんの頭をチェストの上の、神棚に置く。
「あ、ああ。人が作った神、だ」
 開きなおり、か。座り、神棚のクエビコさんを睨む。
 徳川家康の遺言で、江戸の北方の日光東照宮に祀られた。江戸幕府の護り神となった。
 日光三山は山岳信仰で有名。山岳信仰は山人族の自然(山)の畏怖や畏敬で始まる。とくに山の多い日本。円錐のような美しい山容の遥拝信仰、塞ぐような険しい山相の登拝信仰。水源として山岳信仰。火山の多い日本。火山信仰もある。
 やがて山は神霊、精霊、祖霊信仰の霊場となる。

 日光三山の男体山と女体山は、かつてフタラ山と呼ばれた。観音菩薩の棲む補陀洛(フダラク)山、または男神と女神の荒神(山神)の棲む二荒(フタラ)山。
 二荒山となり、音読でニッコウ山、当字で日光山。ということで二荒山神社のほんとうの祭神は男神と女神の荒神。のちに日光山輪王寺が建ち、東国の時の権力者の護り神、いや、護り佛となる。
 さらに日光東照宮が建つ。江戸幕府の護り神、護り佛となる。家康の遺言は目だたないような小さな祠。だけど孫の家光の豪華改築で目だつ目だつ。徳川埋蔵金の御蔭か。一説に奥宮の墓所に徳川埋蔵金があるらしい。
 怒った108代後水尾天皇が贈った諡(贈り名)は東照大権現。
 東方で照らす神様。定説の日神説。だけど高天原の日神と同じ神名は贈らないだろう。
「うーん、絶えた天武系皇統の護り神だから、とか」
「あ、あと、フタラの宮(日光東照宮)は宮所の東方にない。北東に、ある」
「そうか。東国を照らす神様か」
「ま、服わぬ鬼、隠ヌモノを照らしだす、さ、晒けだす神、だ」
「征夷大将軍だから、か」
「ほ、本人は護り神に、な、成りたかった、と言われる」
「江戸幕府の護り神。定説ね」
「ち、違う。家康は北星(北極星)の神に、な、成ろうとした。つまり、徳川宗家に権力を授ける、新しき権威に、徳川宗家の護り神に成ろうとした、と考える」
 古代中国の道教の最高神は天皇大帝。北極星の神格化。天の中心で、全天の星を統べ治める星。日(太陽)と月(太陰)も統べ治めるから、太一。一説に大嘗祭は高天原の日神とともに北極星の神様の神威を継ぐ。高天原の日神と北極星の神様と一体化となる。
「ほ、北星の神は北天限定の神、だ。南天に居ない。チョー笑える」
「チョーチョー笑えない」ワカヒコくんは頭を上げ、独り言ちる。

 東国の、見えない隠ヌモノに代わり、見える武キモノが現れた。平将門、鎌倉幕府の源頼朝、そして江戸幕府の徳川家康。
 後水尾天皇の時代、幕府は権威も越える権力と成った。幕府は政の中心となった。権威を順わせた。服わせた。だけど権威も許さなかった。
 後水尾天皇は東照大権現という諡を贈った。
 家康は江戸幕府の鬼を鎮める神様に祀りあげられた。
「家光の御蔭で。笑える」
「わ、笑える」
 東照宮の陽明門は平安京の東門の名。扁額の筆は、やはり後水尾天皇。ふたつの陽明門を閉めれば江戸は、西への権力も、北の家康の神力も絶たれる。さらに北東にある門は鬼門。門を閉めれば家康も鬼神として鎮められる。
「ひ、人はすべてのモノ、見えないモノも、な、名をつけたがるからな。名をつけ、と、統治下においたと思う。いや、統治下におきたいと考える」
「なるほど。すべて二重構造になってるわけだ」
 だけど江戸幕府は、約150年間の鎌倉幕府、約240年間の室町幕府よりも長く、約260年間も続いた。
「ゆ、ゆえに宮処の権威は衰えた。神威を継いだ、権威を嗣いだというが、お、思ってるだけ。なにも考えてない。脳髄が、弱すぎる。江戸幕府が続いたのは権力を継ぐ、シ、システム、だ」
 歴史秘話ヒストリア。
「チョ、チョーチョーチョー笑える」
「チョーチョーチョーチョー笑えない」大声で独り言ちる。
「ワカヒコくん、おちついて」
「チョ、チョーチョーチョーチョーチョーチョー笑える」
「クエビコさん、煽らないで」
「チョーチョーチョーチョーチョーチョーチョー笑えない」
 ローテーブルを叩きながら大声で独り言ちる。いや、叫ぶ。
 クエビコさんも、口の処の[へ]の字を尖らせて叫ぶ。
「「チョーチョーチョーチョーチョーチョーチョーチョーチョー」」
 ステレオでチョー攻撃(口撃)が。
「ワカヒコくん、クエビコさん、やめて、やめて」
「……チョーうるさい」
 ワカヒコくんとクエビコさんの間に、というより私の目前に、スサノヲさんの長剣がスッと翳される。酔い、据わった目。鋭い、凄んだ声。
 ワカヒコくんとクエビコさんのチョー攻撃がとまる。
 カラの酒瓶2本が足元に転がってる。3本目の酒瓶を左手で掲げ、グビっと呑む。
「頭がチョー……」チョー攻撃で頭が頭痛らしい。
「スサノヲさん、剣をしまって。呑みすぎ。オオクニヌシさん、水をあげて」
 ワカヒコくんはローテーブルに臥せる。
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