117 続・神様の感情

文字数 2,175文字



 私は変わった形の滑り台に座りながら、左腕に巻いた品物比礼を解く。バックパックにしまう。右手でブレスレットを握る。天を見あげる。
「鳳凰は鳩のような鳴き声なんだ」独り言ちる。
「姉神の剣力(タチカキ)は、かなり上がった」
 隣に立つスサノヲさんが手を差しだす。手を握り、立ちあがる。
 おとなしくなったミトくんを連れ、極星のホウオウはニクの男神の飛ばされた須佐之男神社へ行く。
「そうかな。私は、まだまだと思う」見ながら答える。
「こういうのは、まわりが言うものだ。じぶんで言うのは慢心だ」
「では、スサノヲさんの評価を素直に聞きいれる」
「あとでフツに礼を言わないと。フツに教えてもらってよかった」
「剣技を教えてくれたのは、ワカフツヌシさんだけじゃない。タカヒメや、スサノヲさんも教えてくれた」
「オレはなにも教えてない。オレは教えたり、命じたりが、へただ」
「古の戦で、国ツ軍の大軍将だったじゃない」
「オレはなにもやってない。言われたとおり戦っただけだ。クエビコが考え、オオクニや、兄神、いや、姉神が命じる。……姉神、オレは弟神だ。スサノヲ、でいい。まわりにいばってるように思われる」
「まわりの評価を気にするんだ」
「クエビコが言う。オレはなんと思われてもいいが、国ツ神を動かすならば考えろ、と」
「なるほど。いい軍師ね。……スサノヲさん、キャラが変わったのは、なんで」
 なんかスサノヲさんを見るのが照れくさい。
「オレはなにも変わらない。変わったのは姉神だ。スサノヲ、でいい」ぶっきらぼうは変わらない。
「ごめん」
「謝らなくていい。オレも兄神と呼んでしまう時がある」
 そうか。スサノヲさんは素直なんだ。色々と思うけれど、考えるけれど、不器用で、口ベタで、わからなくなったら、……。

『し、神話で最も多い神は、水神。川、滝、湖、泉(湧水)、雨も水神が司る。水神も気儘な神。人のために動かない。山神とともに動く、恵み神であり、た、祟り神である。スサノヲも人のために動く神でない。わかるだろう。気儘にひょいと、いなくなる神、だ。天地(アメツチ)とともに動く。ナニも思ってない、考えてない。の、脳髄が、ない』

 隠れてしまう。ダイダラボッチか。笑える。
「スサノヲさんは人のためでなく、天地(アメツチ)とともに動くんだもんね」
「……よく、わからない」腕を組む。
「わからなくて、けっこう。考えるフリしなくて、こけこっこう」
「い、いちおう、考えてるぞ、姉神」
「笑える」
「なんか昔の兄神、いや、姉神、いや、兄神と話してるようだ」
「ややこしいね。では、私はスサノヲさ……、スサノヲの姉神、まして兄神という意識も、記憶もないから、ツクヨミ、でいい」
「わかった、ツクヨミ」
「スサノヲは思考力と表現力が劣るぶん、理解力と適応力が優れてる」
「オレは、なにも優れてないとクエビコが言う」
「私が言ってる。じぶんで優れてると言うのは、慢心だから」
「わかった。ツクヨミの言うのを素直に聞きいれる」
 スサノヲは賢い。鈍感筋肉神と思ってたけれど、わかってる。
 なんかわかりあえる。
 ワカフツヌシさんとカゲヒコさんは、離れて私達の会話を聞きながらしたり顔。
 オオクニヌシさんは、さらに離れてワカヒコくんのため膝枕。
 クエビコさんは、オオクニヌシさんの隣でやれやれというかんじ。

『ツ、ツクヨミのこととなると、スサノヲの脳髄は物事を、か、考えなくなる』

 クエビコさんは、なんであんなことを言ったんだろうか。



 ホウオウの最後の元ネタはわからなかったけれど、イヅメの思考はわかる。今頃、たぶん喜んでる。踊ってる。腐ってる。
「イヅメとわかりあえそうだけれど、……。やっぱわかりあえない。私はあんな腐ってない」独りツッこむ。
「イヅメは腐ってるのか」スサノヲの怪訝な顔。
「いや、腐ってるといっても死んで腐ってるじゃなくて。ヒダル衆は死んで腐ってるけれど、イヅメは死んでないけれど腐ってる。嗜好が腐ってる」
「イヅメは歯垢が腐ってるのか。臭ってるのか」さらに怪訝な顔。
 鼻から生まれたスサノヲは犬なみに敏感な嗅覚。
「フロに入ってるか入ってないかわからないけれど、腐ってると入る暇がないから、もしかしたら臭ってるかもしれない」
「イヅメはフロに入らないのか」さらにさらに嫌厭な顔。尻尾も垂れる。
 スサノヲは敏感な嗅覚ゆえに不精ながらフロに入る。きれい好きな大犬。

 うーん。もしかしたら私はイヅメを貶めてるかもしれない。
「死んでる死んでない、臭ってる臭ってない、フロに入ってる入ってないじゃなくて。思考でなく、歯垢でなく、嗜好が腐ってるというか、……」説明が難しい。
 横目でホウオウを見やる。ホウオウが止まる。ミトくんが追いこし、参道に入る。
「え、なんで」止まったホウオウが倒れる。
 横目でスサノヲを見やる。スサノヲが剣を構えながら私の前に立つ。
「え、え、なんで」私の前に立ったスサノヲが倒れる。

 地面に広がったスサノヲの血が見える。
 倒れたスサノヲに翳る影。夕日を塞ぐ陰。ゆっくりと見あげる。
 錫杖のような鉾を翳した男が見える。
 スサノヲの血のついた鉾が見える。スサノヲの血に染まった白い神衣が見える。

 時空間を翔んで現世に、現代に現れた神様。

「タヂカラヲッ」ワカフツヌシさんとカゲヒコさんが叫ぶ。

『……アー、まだいた。タヂカラヲだ』
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