121 月神の願い・後篇

文字数 2,501文字



 一説に、縄文時代の全人口の1/3が中央地溝帯(フォッサマグナ)の火山の麓に住んでたという。住居遺跡だけでなく、巨石(噴石)を畏み祀る祭祀遺跡も多い。噴火で現れた噴石。のちも絶えない地震で顕れた露頭(断層)や断崖。
 巨石信仰は噴火や地震の畏怖と畏敬。
 地震は逃げられないけれど、噴火は逃げられる。なんで火山の麓に住むのか。山は祟りを齎すけれど、山の幸や湧水(泉/温泉)の恵みも齎す。火山の麓に多い湧水信仰。
 地震と火山だらけの地に毛野国と武蔵国がある。かつて栃木県と群馬県の全域、茨城県の南西域、埼玉県の北西域に広がり、東国(東日本)を治めた毛野国。
 のちに上毛野国(上野国/群馬県)、那須国(栃木県北域)、下毛野国(下野国/栃木県南域)に別けられ、さらに那須国が下毛野国に合わさる。

「霞ヶ浦まで、ずっと海だったんだ。東京も、埼玉も海だったんだ。海の恵みも齎したんだ。今の房総半島は、大昔は島。香取海(舵取海)、または波逆海と呼ばれた。舵取の舵(タギシ)の字源は舟と它(ヘビ)。たぎたぎし。蛇のよう曲がりくねった波(タギ)を取る(操る)木の道具。またや蛇が出てきた」ブツブツと喋りながらスマホを弄る。
「大宮氷川神社の境内の見沼、印旛沼や手賀沼が残った。島根の神西湖と同じだ」
 房総島の海岸に建つ香取神宮は香取海の海人族の奉じた神社。本来の祭神は津(港)を護る、津波(潮流)から航海を護る神様。
 常陸国の神話で、大櫛之岡(大串貝塚)はダイダラボッチが食べた貝でできたという。ダイダラボッチは山だけでなく、海に関わる。ツツノヲ三男神とミトくん。
 ダイダラボッチは村人に頼まれて山を造り、池沼や湖を掘る。だけど村人は造った山を崩し、掘った池沼や湖を埋める。村人はダイダラボッチに礼を言わず、ダイダラボッチの棲む森を墾き、作地を広げる。ダイダラボッチは隠世に隠され、忘れる。
 星神と海はなんとなく関わるけれど、星神と山はなんで関わるんだろうか。

 昔の陸奥国(陸前国)名取郡に、今の宮城県仙台市太白区に太白山が聳える。伝話で、太白星(金星)が落ちてできた山で、ダイダラボッチが棲んでたとある。じつは伝話と山名は江戸時代後で、前はウドの森、またはオドの森と呼ばれたという。
 ウドもオドも小さな出入口。川や海の浸食でできた小さい谷や狭い峠道の地名に多い。神話で、イザナギが禊いだ地は筑紫の日向の橘の小門(小戸)の阿波岐原とある。奥州合戦と関わり、奥州藤原氏族をダイダラボッチに例えたのだろうか。

 そういえば島根県もカガセヲを祀る唯一の神社がある。星神が降りた星上山。別名は星神山。頂に星上寺と那富乃夜神社が建ち、松江市が見わたせる。
「山は星に近いからなのか。……那富乃夜神社の、本来の祭神はわからない、か」



 征東軍は東海道を進み、三浦半島の相模国から房総島の総野国へと渡る。そして総野国匝瑳郡(のちの下総国香取郡)から香取海の対岸の常陸国信太郡、鹿島郡へと渡る。匝瑳郡に香取神宮が、信太郡に楯縫神社が、鹿島郡に鹿島神宮が建つ。征東の中継地。
 倭建の征東神話も、出立地の紀伊国(紀伊半島)に建つ神宮で剣を授かり、伊勢海(伊勢湾)で尾張国へ渡ってヲハリ一族を率いる。東海道を進む。相模国(三浦半島)で剣は皇位継承の証のクサナギの剣となる。馳水(走水)と呼ばれた浦賀水道で妻の弟橘姫を亡くし、総野国(房総島)へ渡る。香取神宮で、クサナギの剣は征東祈願(平国祈願)の剣となる。さらに倭建は波逆海と呼ばれた香取海で常陸国へ渡る。鹿島神宮で、征東を終えた(平国を行なった)クサナギの剣は勝者の剣となる。
「東海道は、ほとんどが海路なんだ」スマホを弄る。
 倭建は征東祈願を行うけれど。香取神宮も鹿島神宮も平国の神様を祀るけれど。
「倭建は征東祈願だけでなく、航海安全祈願を行なった。香取海の海神を、東京湾に現れた呉爾羅を鎮めるための祈願」ブツブツと喋りながらスマホを弄る。

 倭建(征東軍の将の神格化)の前に祟る海神が、富士山の山神が塞ぐ。妻の弟橘姫の入水で海神は鎮まる。巫の倭姫に授かった剣で祟る山神を鎮める。
 神武天皇の前に熊野の荒ぶる山神が塞ぐ。覡のタカクラジさんに授かったミカヅチヲの佩剣で山神を斬る。討つ。山神は私、または順わない一族の巫覡。
 高天原の日神の前にスサノヲが塞ぐ。スサノヲは荒ぶる雨や風、波で、台風の神様。
 祟る山神、火山の神様、地震の神様。祟る海神、台風の神様。祟る古の神様。

『に、日本列島は、そんな国土。古の神は、そんな存在。そんな国土に住むかぎり、そんな存在とともに、い、生き続けなければならない。好き嫌いは、い、言えない』

 神剣は、そんな存在を斬る剣。
 順わない人を討ち、順わない古の神様を鎮め、順わせる剣。
 もしかしたら荒ぶる山神は私でないかもしれない。
 もしかしたら弟橘姫はみずからでなく、祟る海神に献じられた生贄かもしれない。持衰。だいたい、倭建は征東軍の副将の妹の、ヲハリ族の娘のミヤヒメを娶る。

 前に塞ぐ古の神様。順わない人は斬ればいい。討てばいい。だけど見えない、居ない古の神様は斬れない。鎮められない。御霊信仰や生贄で、人の都合で、鎮めるけれど、鎮まらない。古の神様は鎮まらない。順わない。祟りつづける。荒れつづける。



「ケの国(毛野国)と、キの国(木の国/紀伊国)って、なんか似てる」
「く、草や低木は、地に生えた毛。噴火で高木の生えない地、だ。そしてケの国は、キの国と結ばれる」クエビコさんがコソッと喋る。
「え、喋るの。クエビコさんは喋らない展開じゃないの」
「ツ、ツクヨミの独り言という展開は飽きた。オレも作者も読者も飽きた」
「え、え、飽きたという問題なの」
「さ、作者は物語の展開を、急いでる。伏線回収もある」
「え、え、え、わけのわからない論説を1年間も書き続けた作者は、責任を私に転じるの。……なんとデジャヴな会話」
 神様。わがままな作者を鎮めてください。
 ……私も神様か。作者を鎮めたら物語は続かないか。

 もうちょっとで電車は天白川を渡る。

 さてと。作者の謀望(希望)に応えるか。
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