105 神剣の真剣のC&C・中篇

文字数 5,677文字



 スマホを弄る。神剣にまつわるエトセトラな話は続く。
「たしかハバキリの剣は、……」
 石上神宮の宮伝で、ハバキリの剣は吉備国(備前国)の石上布都魂神社に布都御魂大神として祀られてたけれど、石上神宮に遷され、布都斯魂大神として祀りなおされたと伝える。石上布都魂神社の近所に血洗滝神社が建つ。血洗滝神社の社伝で、血洗の滝でハバキリの剣についた八岐大蛇の血を洗ったと伝える。
「布留高庭で見つかった剣と違う。1878年の実話と伝話(社伝)が違う」
「こ、古社ゆえ、だ。古社は地震で壊れないが、いつのまにか祀られた神は、憚れ、隠され、変わる。あ、合わせて社伝も、変わる。人により建てられ、こ、壊される」
 神話も、伝話も、史話も、そして実話も、勝者の、時の権力者の事情で書き換え、読み変える。いや、時の権力者だけでない。熱田神宮の熱田氏族も、石上神宮の石上氏族も、そして神宮も、古社(とくに神宮と名のる神社)は時の権力者に慮り、伝話を変える。だいたい、古社に祀られた神体が本物か、偽物かわからない。本来の、本当の祭神がダレかわからない。地主の日神が高天原の日神に変わったように。
「地震で壊れない古社ゆえに古い社伝と信じてるけれど、じつは信じられないわけだ」
「そ、そうだ。例えば祀られた神が祟り、祟りを鎮めた神の伝話に、か、書き換える」
「社伝の上書保存、か」
 火山の神様を鎮めたコノハナサクヒメ。祟り神を鎮めた巫、娘神の伝話。

 石上神宮の摂社に出雲建雄神社があり、クサナギの剣の荒魂(厳しき神性)を祀る。
 神代三剣はすべて石上神宮にある。まあ、本物か偽物かわからないけれど。
 天智天皇が皇位を嗣いだ668年に、熱田神宮の神剣(クサナギの剣)は新羅国の佛僧に盗まれる。672年に壬申の乱。673年に天武天皇が皇位を嗣ぐ。つまり天智天皇の時代に神剣はない。つまり天智天皇は神剣がなかったから正統な皇位でない。
 いや、もしかしたら天智天皇の時代に神剣はなかったかもしれない。
 そして。皇位継承の証の三種神宝は神話(古事記)に書かれてるけれど、史話(日本書紀)に書かれてない。神話で、倭建は倭姫に神剣を授かって立太子となる。
 珂瑠皇子は立太子を経て文武天皇となる。もしかしたら高天原の日神のモデルの持統天皇が、皇位継承の証として三種神宝を考え、神話に書かせたかもしれない。もしかしたら天武天皇の正当な謀叛の証として、天武系皇統の正統な皇統の証として神剣が創られ、神話に書かせたかもしれない。
 三種神宝の中で神剣は武力の象徴。謀叛と粛清、叛乱と鎮圧。つまり統治統制の象徴。

『お、己は、神意に依った正当な謀叛であり、は、叛乱である。神威を以った正統な権威は、お、己にある、と言う。笑える』

『偶然が続けば、統治に対する謀叛と叛乱、粛清と鎮圧が、火山の神様、地震の神様の祟りを、自然災害を誘ったと考える』

 禍い(災い)は天子の不徳で起きるのか、人の恨み、妬み、嫉みが穢れを、祟りを齎し、禍い(災い)を起こすのかわからないけれど。
 謀叛で皇位を嗣いだ天武天皇。皇親政治、専制政治を行う。だけどやっぱ皇親も信じられない。謀叛を起こされる前に誅しておこう。そして粛清のあと、地震や噴火が起きる。
 675年から686年までに南海トラフの地震。
 675年に土佐神社の土佐大神が佩剣を献じる。
 土佐の語源は土佐国土佐郡土佐郷に建つ土佐神社。かつて都佐坐神社。当地は台風が多い。土砂(トサ)が溜まってできた地に建つ。本来の祭神は地主神。風神、海の恵み神。さらに当地は西南日本外帯の秩父帯と四万十帯で土砂災害(深層崩壊)が多い。土砂災害で顕れた露頭(断層)の神様、石神(イシカミ)信仰の地に建つ。のちに台風の神様を鎮め、南海トラフによる地震の神様を鎮める石神(シャクジン)信仰となる。
 684年に伊豆大島の噴火と畿内五国の白鳳地震。

 土佐大神の佩剣の、荒魂を石上神宮に祀る。和魂(斎しき神性)を、クサナギの剣として神宮に祀る。
「クサナギの剣は、蛇神(八岐大蛇)の佩剣、または蛇神を薙ぐ剣。人草を薙ぐ剣、平国の剣。さらに奇し凪(台風)の剣、奇し蛇(地震)の剣。だけど、……」
「ど、どうした、ツクヨミ」
「だけどやっぱ神剣っぽくない。雲紋(叢雲紋様)のムラクモの剣と草紋(蔓草紋様)のクサナギの剣。祟る敗者の剣と鎮める勝者の剣。2振の剣を縛り、祀りあげたというけれど、神話で天武天皇は祟られる。ムラクモの剣の力を鎮められないクサナギの剣の力。だいたい、祟る剣を神剣というんだろうか。神剣、勝者の剣、平国の剣は、やっぱミカヅチヲの佩剣だよね」
「そ、そうだな」
 台風や地震、さらに噴火は続き、685年に浅間山の噴火。686年に武力の、権力の象徴の新益京(藤原京)ができるまえ、天武天皇は悩みまくり、心労死。

 ついで。
 クサナギの剣の名も諸説があるけれど、ムラクモの剣も諸説がある。
 出雲国などの山陰道、北陸道の北海(日本海)の上に雲が湧き上がる叢雲(八雲)。上から落ちる雷でなく、上へと落ちる冬の雷を鳴らす雷雲。タタラ製鉄でできた剣の剣身の紋様。ただしムラクモの剣の名が書かれてるのは史話(日本書紀)の一書のみ。



「ツ、ツクヨミ。話を変えよう。イソノカミの社(石上神宮)で、クサナギの剣は格下として、あ、扱われる」
「なるほど。主神は十種神宝の布留御魂大神、随神はミカヅチヲの佩剣の布都御魂大神とスサノヲさんの佩剣の布都斯魂大神。本社でなく、摂社の出雲建雄神社にクサナギの剣。神代三剣で、唯一神剣といわれるクサナギの剣は格下。ミカヅチヲの佩剣を祀るため建てた神社だけど、ハバキリの剣は随神として扱われる」
「イ、イソノカミの社だから、だ」
「……」
「わ、わからないか。イソの神(伊曽乃加美)、だ」
「……神宮。神宮の古名は磯宮」
「そ、そうだ。イソの社に、関わる」
「倭建は倭姫にムラクモの剣を授かる。だからクサナギ神社でなく、出雲建雄神社。祭神は倭建でなく、出雲建。出雲建の佩剣、敗者の剣」
 父の景行天皇に疎まれてた倭建は敗者の剣(和魂)を授かり、ヲハリ族を随え、無事に征西征東を終える。たしか倭建は出雲建の佩剣を奪う。出雲建の雲紋(叢雲紋様)の剣。ヲハリ族の長の、ホノアカリの草紋(蔓草紋様)の剣。佩剣をミヤヒメに預け、倭建は伊吹山の山神に、近江国の鍛冶族に殺される。
「そ、そうだ。西の戦で勝ったミカヅチヲの佩剣は、タカクラジが授かり、東の戦で天ツ軍に渡し、勝った。そしてイソノカミの社に、ま、祀られる」
「やっぱ勝者の剣はミカヅチヲの佩剣だよね。でも、なんでタカクラジさんはニギハヤヒに渡さ……ちょ、ちょっと待って」
 神話と史話と私達の実話が混ざり、わからなくなる。
「神剣(勝者の剣と敗者の剣)が崇神天皇を祟り、勝者の剣と敗者の剣の荒魂は石上神宮に、敗者の剣の和魂は神宮に遷し祀られた。敗者は出雲国と大和国。石上神宮はミカヅチヲの佩剣が出雲建を鎮めた。神宮は、……ダレがダレを鎮めたの。トミビコさんは大神神社だよね。ミカヅチヲも祀ってる」
「オ、オレはわからないが、……」
「たぶん鎮められたのは、イセヒコですね」
「オ、オオクニヌシさん、いつのまに」慄く。
「ずっと隣を歩いてました。気づきませんでしたか、ツクヨミ様」
「あ、いや、き、気づいてた。うん。いつ、会話に加わるのかなって」
「手を振ってましたが、気づきませんでした」
「て、手をブンブンと、ふ、振りまわしてた」
「ワタクシは作者に疎まれてるのでしょうか。時々、会話に外されます」
 オオクニヌシさんは天を見あげる。
 天上で物語の展開を司り、物語の主役を導く神様。別名は作者。亦名はシオツチオジ。
 たぶんオオクニヌシさんが加わると話が長くなるとか、会話がややこしくなるとか。
「……」私は言わない。オオクニヌシさんの背を撫でる。
 だけどイセヒコさんは気になる。
 イセ水軍と店長のサダヒコ軍を率いたイセヒコさん。イワドノヲに討たれたイセヒコさん。オオクニヌシさんも、ミナカタヌシさんも、店長も、トミビコさんも、ワカフツヌシさんも、さらに認めたくなかったけれどタカヒメも、さらにさらに認めたくなかったけれどクエビコさんも、認めたイセヒコさん。
「オオクニヌシさん。イセヒコさんが鎮められた神様ならば、鎮めた磯の神はダレなの。ミカヅチヲか。いや、高天原の日神か。神話で、ミカヅチヲに東の戦に加わるよう命じたのは高天原の日神でしょう」
「ツクヨミ様。命じたのはタカミムスヒです」

 じつは高天原の日神は高天原を統べ治めない。神話で、日の神格化の神様、高天原と葦原を統べ治める神様、八百万の神を統べ治める神様はタカミムスヒ。
 大嘗祭で天皇と饗する神様は、本来は日神でない。宮中祭祀に、宮中八神や御膳八神に日神はいない。大嘗祭で天皇と饗する神様は、宮中祭祀の主祭神は、宮中八神や御膳八神の主催神はタカミムスヒ。ホノニニギに降臨を命じるのは、神話(古事記)で日神とタカミムスヒだけど、史話(日本書紀)でタカミムスヒだけ。じつはホノニニギは日神の孫神であり、タカミムスヒの孫神である。あえて書いてないだけ。

 神話で日神は、みずからはナニも言わない。行わない。タカミムスヒと、タカミムスヒの子神オモヒカネに従って言う。行う。神話で日神は衣を織り、稲苗を植え、祭を行うだけ。織った衣はダレが着るのか。稔った稲穂はダレが食べるのか。行った祭はダレのため行うのか。一説にタカミムスヒは天武天皇の、オモヒカネは藤原不比等の、高天原の日神は持統天皇の神格化という。持統天皇の和風諡号は高天原廣野姫天皇。高天原の姫。ゆえに女神。持統天皇の死後の歴代斎王は、代わって内宮の祭神に奉じる。
 内宮は持統天皇の、または孫の文武天皇の時代に建つ。神話を創り、神道を整え、神社を整え、神統を整えるため、天武系皇統の正当(正統)を曰うため、高天原の日神(持統天皇)とともにタカミムスヒ(天武天皇)を奉じるため建てられた神社。



 勝者の剣の名をクサナギの剣といい、敗者の剣をムラクモの剣という。2振の剣を合わせて神剣という。
 壬申の乱の勝者の剣は天武天皇の佩剣。敗者の剣は大友皇子の佩剣。もしかしたら天武天皇の佩剣が本物のクサナギの剣かもしれない。神剣は皇位継承の証。
 草奈伎神社に祀るイソ族の長の佩剣は、もしかしたらクサナギの剣の名を賜ったかもしれない。もしかしたらクサナギの剣の名に肖ったかもしれない。もしかしたらクサナギの剣は本物も偽物もなかったかもしれない。
 たくさんの敗者の剣。負けた、討たれた、誅された、殺された一族の長の佩剣。
 恨み、妬み、嫉みが穢れ、祟りを齎し、禍い(災い)を起こす。地震、台風、噴火などの自然災害。禍いが起きるたび勝者の剣の神威で鎮める。だけど禍いは起きる。起き続ける。禍いが起きるたび勝者の剣の神威を強める。
 祟る敗者の剣はたくさんある。鎮めるためたくさんの勝者の剣が創られる。



「イソ族も、ニギハヤヒの後裔一族も、天武天皇に順ったけれど、ヲハリ族は順わなかった。強くなりすぎた。ゆえに天武天皇に疎まれた」
「そ、そうだ」

『フ、フエフキも、ウソブキだ。フエフキ族も、蛇を操る。巫は蛇神を操り、蛇神は巫に憑き、ま、祭(マツリ)を動かす。巫が政(マツリゴト)を動かす』

『祭を司る巫が族長となり、母系血統の女が長を、信仰を継いだ。天ツ神は、順(マツラ)わぬ巫がジャマとなる』

『檜隈の姫も、たしか巫。フエフキ族も、ヲハリ族も巫術を使う』

『ヤ、ヤマトのアヤ族は巫人の一族だ。祟る敗者の剣を、ま、祀りあげる役目もあった』

『ヲ、ヲハリ族は脳髄が強かった。佩剣の献上で帰順の証(アカシ)を示した。け、献上か、献上を強いたか。ヤマトタケルの、イ、イヅモタケル征討のキッカケの神話がある』

「タカクラジさんはミカヅチヲの佩剣を授かり、ニギハヤヒでなく、天ツ軍に渡す。だけどミカヅチヲの佩剣は、ニギハヤヒの後裔一族の奉じる石上神宮に祀られる。笑える」
「わ、笑える」
「笑えません」
 私達の実話で私はタカクラジさんに殺される。神話でツクヨミは神武天皇のミカヅチヲの佩剣で殺される。確かに笑えない。
「ヲハリ族の長の佩剣は盗まれ、奉じる熱田神宮を離れ、隠れる。なんか笑えない」
「わ、笑えない」
「笑えません」
 私達の実話でタカクラジさんは神剣(ミカヅチヲの佩剣)を授かりながらニギハヤヒに殺される。史話で持統天皇の実子でない、高市皇子は皇位を嗣げない。檜隈の姫の想い。
 神話で神剣を授かって立太子となりながら夫の倭建は伊吹山の山神(近江国の鍛冶族)に殺される。神威を得られないタカクラジさんは皇位を嗣げない。檜隈の姫の想い。
 愚直なぶんタカクラジさんも、倭建も、高市皇子も、そしてオオクニヌシさんも時の権力者に誅される。笑えない。

 崇神天皇、天武天皇、桓武天皇を祟ったのは、ヲハリ族の巫。
 子のタカクラジさんを、高市皇子を失った檜隈の姫の想い。夫の倭建を失ったミヤヒメの想い。なぜか重なる。
 檜隈の姫の死後、ヤマトのアヤ族の後裔一族は尾張国に移ったヲハリ族と、葛城国に移ったフエフキ族。宮中祭祀を行うため、フエフキ族。祟り神を操るため、鎮めるため、笛を吹く。唸るように口を窄めて息を吐く。咒言を誦える。



「ワカヒコくん、ワカヒコくん、ワカヒコくん」遠いワカヒコくんに咒言を誦える。
 ワカヒコくんが私をチラチラと見てる。咒言が効いてる。
「ほら、オオクニヌシさんも、クエビコさんも一緒に誦えて」
「い、いったい、なんの遊びなんだ」
「わかりません。ツクヨミ様がワカヒコに近づいたらいいのでは」
「ダメ、私が負けるでしょう」
「い、いったい、なんの勝負なんだ」
「わかりません」
 私はブツブツと咒言を誦えながら手をブンブンと振りまわす。
「ワカヒコくん、ワカヒコくんッ、ワカヒコくんッッ」私の想い、繋がれ。

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