106 神剣の真剣のC&C・後篇

文字数 6,007文字



『お、己は、神意に依った正当な謀叛であり、は、叛乱である。神威を以った正統な権威は、お、己にある、と言う。笑える』

 一説に天武天皇は皇極天皇の前夫の高向王の子(漢皇子)という。つまり正統な皇統でない。海人族の養父に育てられ、大海人皇子となる。
 義兄(じつは義弟)の天智天皇が亡くなる。正統な崇神・応神・継体・天智系皇統である大友皇子を討つ転機。謀叛の天機。672年の壬申の乱。
 大海人皇子は天を仰ぐ。眩しい日に手を翳す。じぶんの天賦を諮るとき。
 どんな神様だろうと、どんな神性だろうと、日神でなかろうと良い。
 大友皇子を討つ正当な理由が欲しい。海人族の力が欲しい。大海人皇子は養父に曰う。じぶんは海人族の崇める日神に諮る。戦勝祈願を行う。
 そして天賦は諮られ、戦勝祈願は叶えられ、戦に勝つ。673年に天武天皇となる。
「テ、テンムの佩剣は、勝者の剣は敗者の剣を縛り、ま、祀りあげた」
「クサナギの剣0号か」
「そ、そうだ」

 伊勢国の海人族をまとめるアマのクモ衆。戦功で、内宮を建て、高天原の日神を祀る。のちに藤原氏族に遂われ、外宮を建て、御饌(贄)の神様を祀る。
 外宮の摂社1位の草奈伎神社。伊勢国の神話で、11代垂仁天皇の時代に治めた高志国で叛乱が起き、大間国生神社の祭神が鎮圧を行う。佩剣は草奈伎神社に祀られたとある。
 倭建と同じ時代に、似てる神話。壬申の乱と、逆の神話。
 高志国出自の近江国の鍛冶族の鎮圧。壬申の乱で、鍛冶族は天智天皇の子の大友皇子に随いたか、大海人皇子に随いたか。神話も、史話も書いてない。
 天智天皇は鍛冶族の血統を継ぐ。天智天皇は鉄を求めて近江国滋賀郡の宮所(近江大津宮)へ遷る。さらに高志国に残る鍛冶族は燃える水(たぶん石油)を天智天皇に献じた史話もある。鉄と燃える水。いまだ宮所跡地に建つ近江神宮に献じられる。いまだ嗣がれる正統な崇神・応神・継体・天智系皇統と、継がれる鍛冶族の血統。
「一説に天智天皇は初めて時計(水時計)を作ったという」スマホを弄る。
「ま、まさに時の権力者、だ」
「笑える」

 草奈伎神社の同地に2位の大間国生神社が建つ。社伝で、大間国生神社のうち大間社の祭神はアマのムラクモ(天牟羅雲)の子神と伝える。アマのクモ衆の祖神。国生社は弟神を祀る。佩剣の神様が1位で、佩びた神様が2位。佩剣のほうが偉い。そういえば石上神宮もミカヅチヲでなく、佩剣の神様を祀る。つまり佩びた神様の佩剣で、ない。



 宮中に祀ってた神鏡が神武天皇を祟る。
 子の垂仁天皇が神宮を建て、祟る神鏡を遷し祀る。ともに遷し祀った神剣を、さらに子の景行天皇が、さらにさらに子の倭建に授ける。そして熱田神宮に祀る。
 祟る神剣。縛られた敗者の剣はムラクモの剣。
 縛った勝者の剣は、神武天皇と同一といわれる崇神天皇の佩剣か、天武天皇の佩剣かわからないけれど、クサナギの剣0号。
 敗者の剣と勝者の剣は縛られて神剣となる。
 神話で、神剣の名を付けたのは持統天皇。もしかしたら天武天皇の佩剣かもしれない。史話で、内宮を建てさせたのは持統天皇。または文武天皇。もしかしたら内宮の本当の祭神は、……かもしれない。

 敗者の剣は勝者の剣と縛って祀りあげたけれど、祟り続ける。
 敗者の恨み、妬み、嫉みが穢れを、祟りを齎し、禍い(災い)を起こし続ける。
 かつて傍流ながら主流であった上宮王(厩戸王と山背大兄王)の血統を継ぐ天武天皇。だけど正統な皇統でない。天武天皇は、じぶんに継がれた皇極天皇の血統に賭ける。



 かつて。
「……天ツ軍の武具庫の石上神宮に1振の剣が祀られてた。魅いられた天武天皇が宮中に遷し祀ったけれど、禍い(災い)が起きた。皇位を嗣いだ2年後の675年からの南海トラフの地震。いや、じぶんの不徳の所為でない。もしかしたら祟る剣かもしれない」
 ブツブツと喋る私をオオクニヌシさんが見てる。気にせず、喋り続ける。
「土佐大神の佩剣の神威も鎮められなかった。禍いが起き続けた。684年に伊豆大島の噴火と、統治下の畿内五国の白鳳地震。685年に浅間山の噴火。もしかしたらじぶんは天賦がないかもしれない。禍いを直せない、祟りを鎮められないかもしれない。皇極天皇の血統を継いでないかもしれない。じぶんの不徳の所為。そしてショックで、……。天武天皇の死後、持統天皇は宮中の土佐大神の佩剣、クサナギの剣1号と祟る剣の荒魂を石上神宮に祀り直した。さらに皇極天皇出自の吉備国の、石上布都魂神社のスサノヲさんの佩剣も祀った。神宮を建て、宮中の天武天皇の佩剣を遷し祀った」
 オオクニヌシさんを見やる。
「ツクヨミ様、持統天皇も天武天皇の死を転機、いや、天機と考えたのでしょう。人は死して神となる。強い神威が得られる」
「オオクニヌシさんが言うと、なんか笑える」
「わ、笑える」
「笑えません」
 天武天皇の死後の691年。持統天皇は、生前の天武天皇が拘った諏訪国(信濃国諏訪郡)に戸隠神社を建てる。もしかしたら天武天皇の諏訪国遷都も皇極天皇の神威を得るためかもしれない。切望。だけど皇極天皇はなんで諏訪国に拘ったんだろうか。
 祖母の皇極天皇、父の天智天皇、夫の天武天皇の死を、子の草壁皇子、孫の文武天皇の死を見ながら、政乱と政争を見ながら持統天皇は神話を書きはじめる。じぶんの正当な皇位と、正統な皇統を曰う神話。

『レ、レガリア(統治権)は、神剣は勝者の剣と敗者の剣の2振の剣でなる。敗者の剣の祟りを勝者の剣が鎮める。敗者の剣の神威が強いほど、祟りを鎮めたとき、勝者の剣の神威は強かったとなる。し、鎮められなかったとき、勝者の剣の神威は弱かった、ゆえに祟られたとなる。祟られた勝者は、時の権力者は、なぜか祟る敗者に罪悪感を感じる。疚しく勝ったからか、わ、わからない。疚しい戦だったからか、わからない。権力者の脳髄が弱すぎた、と考える。罪悪感、だ。御霊信仰は、弱い権力者のいいわけ』

 草奈伎神社は外宮摂社ながら、特別扱。正宮2宮別宮14宮とともに式年遷宮が行われる。内宮の、勝者の剣は天武天皇の佩剣。敗者の剣は大友皇子の佩剣。祟る剣の和魂として祀りあげられる。だけど祟りは鎮められない。
 701年に統治下の畿内五国の大宝地震。一説に南海トラフの地震という。
 703年に持統天皇が、707年に文武天皇がショックで、……。
 勝者の剣と敗者の剣を縛り、祀りあげた神剣。祟りを鎮め、禍い(災い)を直す。石上神宮と内宮の2振の神剣。だけど禍いは起き続ける。
 708年、716年(または718年)、764年に桜島の噴火。
 715年に遠江国の地震。
 734年に統治下の畿内五国七道地震。南海トラフの地震。
 742年に霧島連山の火常峰(御鉢)の噴火。
 745年に美濃国の天平地震。
 762年に美濃国、信濃国の地震。
 空間だけでなく時間までも治める超越な、隠然な存在の威力。人の力が及ぼない絶対な存在の威力。人が畏まる大いなる存在の威力。神威の力。古の神様の力。自然の大いなる力。祟り、禍い(災い)かどうかわからないけれど。
 古の神様を、自然災害を鎮めるための威力。大いなる力を鎮める、大いなる力。

『ひ、人はすべてのモノ、見えないモノも、な、名をつけたがるからな。名をつけ、と、統治下においたと思う。いや、統治下におきたいと考える』

 自然災害を、神様の祟りを言霊で鎮める。大きな自然災害も忘れないための名がつけられる。神様はダレのために、ナニのために創られるのか。神様は自然の中で人が生き続けるために創られる。
 日本国土は自然災害が多い。噴火、地震、津波、台風、豪雨豪雪。日本国土に住み続けるかぎり、生き続けるかぎり、しかたがない。いつも、どこも自然災害は起こる。
 クサナギの剣は、蛇神を薙ぐ剣。人草を薙ぐ剣、平国の剣。さらに奇し凪(台風)を誘う剣、奇し蛇(地震)を誘う剣。禍い(災い)を起こす敗者の剣の祟り。祟りを鎮める勝者の剣。縛り、祀りあげる。だけど天武天皇は祟られる。禍いは起こる。
 神剣の真剣。シンの神剣は強い敗者の剣と、強い敗者の剣を鎮めた勝者の剣でなる。シンの神剣は大いなる神威の、権威の力の象徴。

『し、神威。高天原を統べ治める日神の神威、だ。己は日神の神威を継ぐゆえ、葦原ノ中ツ国も、永遠に統べ治める正当(正統)な権威もあると、の、曰った』

「ひ、人は剣力を武力の象徴と思う。権力の、神力の象徴と考える。権威の力、神威の力の宿る神剣が、し、神話により創られた。だが、神に剣は通じない。だいたい、人のように神が剣を、ふ、振りまわすか」
「振りまわしてるよ」
「ギャフン」



 769年の宇佐神宮の神言事件。天武系皇統は絶える。天智系皇統が復する。
 1870年、明治政府は大友皇子に39代弘文天皇の諡号を贈る。もしかしたら勝者の剣と敗者の剣は替わったかもしれない。神話も、史話も、勝者の、時の権力者の事情で書かれたり、書き換えたり、読み変えたり。

『もしかしたら天武系皇統は日神的神格から月神的神格へと変えられたかもしれないね。内宮は、高天原の日神は、明治政府が動いて天智系皇統の皇祖神となった。明治政府は神話の上書保存を行った。1974年に昭和天皇は剣璽を伴って神宮親拝を行った』



 内宮の神剣は、さらに倭姫により熱田神宮に遷し祀られる。もしかしたら倭姫はヲハリ族の巫かもしれない。倭建と同じ、倭姫は宮中祭祀に仕える巫の頭の神格化。

『ヤ、ヤマトのアヤ族は巫人の一族だ。祟る敗者の剣を、ま、祀りあげる役目もあった』

 ヲハリ族が天武天皇のクサナギの剣(勝者の剣)と、大友皇子のムラクモの剣(敗者の剣)を祀りあげる。持統天皇の実子でない、正統な皇統でない高市皇子。皇位は嗣げなかったけれど、檜隈の姫の子ゆえに高位に就く。
 人の恨み、妬み、嫉みが穢れ、祟りを齎し、禍い(災い)を起こす。高市皇子を殺された檜隈の姫の想い。倭建を殺されたミヤヒメの想い。なぜか重なる。

 内宮で神鏡(高天原の日神)と神剣に奉じたアマのクモ衆。藤原氏族に遂われ、ヲハリ族に神剣を奪われ、外宮で御饌(贄)の神様に奉じる。天武天皇のクサナギの剣はないけれど草奈伎神社。同地の大間国生神社にアマのクモ衆の頭の佩剣を祀る。縛られた剣は伊勢国を譲ったイセヒコさんの佩剣。
 ……あれ、イセヒコさんはイワドノヲに殺されたはず。
「あと、石上神宮の、勝者の剣は主祭神として祀るミカヅチヲの佩剣。敗者の剣は出雲建雄神社に祀るミナカタヌシさんの佩剣、カムドの剣。またはトミビコさんの佩剣。古い祟り、荒魂として祀り直された。新しい祟りの大友皇子の佩剣は和魂として神宮内宮に、そして熱田神宮に遷し祀られた。だけどカムドの剣はワカヒコくんが佩びてる。トミビコさんの佩剣は私が佩びてるから、実物でない。QED。オオクニヌシさん、どう思う」
 隣のオオクニヌシさんと感想戦。
「なるほど、観念と存在ですね」
「オ、オオクニ、観念は蕃神(トナリノクニノカミ)の言うこと、だ」
「……すみません」



 712年、神話(古事記)は文武天皇の母の元明天皇に献じられる。
「たしか神話の献上にあわせ、出雲国造神賀詞(716年)の奏上。出雲国の神話(733年の出雲国風土記)の献上。ムラクモの剣(敗者の剣)の帰順献上。……スサノヲさんの、高天原の日神へ八岐大蛇の佩剣の帰順献上だ」スマホを弄る。
 国ツ軍は天ツ軍に負ける。スサノヲさんは黄泉に堕ちる。
 720年、史話(日本書紀)は文武天皇の姉の元明天皇に献じられる。
「皇位継承の証の三種神宝は神話に書かれてるけれど、史話に書かれてない」
「神話と史話の献上の間に、なにかあったのでしょうか」
「わ、わかるか。天ツ神に、き、訊いてくれ」
「久々に聞いた天勝国勝奇霊千憑彦の雑なセリフ」
「読者は、1年ぶりでしょうか」眼鏡のブリッジを右手で押さえ、クイと上げる。
「久々に聞いた眼鏡妻帯ヤンデレ神の嫌なセリフ」
「……すみません」
 あ、本人(本神)に言っちゃった。
「謝らないで。もう、オオクニヌシさんは愚直だから。……そういえばオオクニヌシさんも末弟だよね」
「そうですが」泪を拭う。オオクニヌシさんは愚直なヘタレなヤンデレ神。
 なるほど。ツンデレなタカヒメの性格はオオクニヌシさん譲り。眼鏡妻帯ヤンデレ神、愚直なヘタレなヤンデレ神ゆえに国譲神話か。縁結神様か。さらに。
「兄の大碓皇子でなく、弟の倭建(小碓皇子)が兄を殺し、神剣を授かり、立太子となる。神武天皇も兄が死んで末弟の神武天皇が皇位を嗣ぐ。なんかデキスギくん」
「……」オオクニヌシさんはなにも言わない。いや、言えない。
「オオクニヌシさんの神話も、神武征東神話も、倭建の征西征東神話も似てる。えーとなんだっけ。……そう、ワンパターン」
「……すみません」
「わ、笑える」
「笑える」
「笑えません」



「し、神剣は勝者の剣と敗者の剣の2振の剣でなる。勝者の剣の威力が、敗者の剣の威力を鎮める。だが、敗者の剣に祟られた権力者、いや、敗者に罪悪感を感じた権力者は、の、脳髄が弱すぎる。御霊信仰は、弱い権力者のいいわけ。オ、オオクニは、罪悪感を感じない。感じないよう、カミムスヒに創られてる。だからオレはオオクニに、あ、葦原ノ中ツ国の大国主になってほしかった」
「ほしかった。なんで過去形なの」
「……ツ、ツクヨミが現れるまで、だ」
「どういうことなの」
「い、いいか、ツクヨミ。国を治めるため、戦に勝つため、感情のコントロールが大事。戦況を確かめ、戦局を動かすための、せ、戦法を考える。オオクニはできなかった。ツクヨミ、いや、昔のツクヨミにコントロールができなかった。ツクヨミ、昔のツクヨミはできた。い、今のツクヨミもできるはず」
「記憶がなくても、昔のツクヨミと比べられたらプレッシャー」
「記憶がなくても、ツクヨミ様です」
「さらにプレッシャー」
「すみません」
「オ、オオクニが情けないから、だ」
「すみません」
「……ま、いっかー」
 前方のレッツゴー三匹とワカヒコくんを見る。
「ねえ、スサノヲさんの佩剣も勝者の剣。だけど神剣でないんだ」
「た、ただの鈍(ナマクラ)の剣、だ。神話で、敗者の剣であるヤマタノオロチの佩剣で毀れた剣だ。オレの体(いちおうはマダケ)のほうが、マ、マシ、だ」
 なるほど。鈍感筋肉神は佩剣も鈍いか。
 天上(高天原)を逐われた元・天ツ神のスサノヲさん。地下(黄泉国)の大神の剣が毀れるほどの地上(葦原ノ中ツ国)の国ツ神の剣を高天原の日神に献じた。
 天上と地下の神様よりも、地上を治める人が偉い、か。
「だ、だからスサノヲの剣に、名はない。名はいらない。ハバキリの名は、べつの神話で、つ、付けられた。わざとらしい名だ」
 スマホを弄る。
「なるほど」

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