67 名古屋の休肝日

文字数 2,516文字



 私達は名古屋駅の近所にある須佐之男神社に隠れる。

 まずは前言撤回。
 3柱の元・天ツ神はグデグデ。翔べないだけでない。参道の石段に座りこんでる。二日酔で。オオクニヌシさんも青い顔色で座りこんでる。二日酔で。
 やはり強い神威で二日酔は醒めない。超越な、隠然な神威も越えるアセトアルデヒド。
「もう、今日は呑まない」
「え、スサノヲさん、一日だけなの」私は腕を組み、並び座った4柱の前に立つ。
「オトナはタイヘンだね、タイヘン」隣に立つワカヒコくんが笑う。
「ったく、もう」私は溜息をつく。
 今日中にニウヒメさんに遇えるんだろうか。

「アー、こぢんまりした社だな、爺様」境内を見わたし、ボソッと言う。
「オレを祀ってる社でない」
「ウン、器も小さければ、心も小さい」なるほど、トミビコさんが嫌うタイプだ。
「天ツ神を斬る前に、孫神を斬っておくか」剣を握る。
「アー、オレを斬ったら、爺様は居る処がなくなるぞ、ウン」
「…………」剣を握る手が震える。
「こ、このへんは、スサノヲを祀る社が多い。ただ、祇園信仰の社だ。ほんとうの祭神は、ご、牛頭天王」
 たしか前に調べた。台風の神様のスサノヲさんは熊野信仰のほかに祇園信仰の神様。
 牛頭天王は神佛習合の神様。のちに陰陽道の神様。祇園精舎の護り神。蘇民(蘇旦)将来神話の、武塔天神と同神。武塔天神は出自不明の疫神。北海(日本海)に住み、南海(南太平洋)に住む女神を娶る道中に、蘇民に饗される。饗さなかった弟の巨旦将来は疫病で死ぬ。夜叉国の巨旦大王(金神)と化し、武塔天神と戦い、負ける。祇園信仰は、疫神を祀りあげ、疫病を塞ぐ御霊信仰となる。
 牛頭天王は京都府京都市の八坂神社、兵庫県姫路市の廣峯神社、武塔天神は広島県福山市の素盞嗚神社に祀られる。

 [蘇]は草カンムリに穌(ソ)の会意&形声文字。さらに[穌]は魚と禾(稲)。字源は川が凍り、動けなくなった魚を稲のように採った。採ったらと動いた。つまり生きかえった。よみがえった。蘇の字源は草のシソ。食中毒のとき、食べたら治った。よみがえった。防腐や殺菌作用があった。赤色(紫色)のよみがる草で、蘇。のちに蘇に赤色と青色があり、紫蘇。つまり蘇は紫蘇のこと。青色のシソは青紫蘇。ややこしいので大葉。蘇は早く、多く育ちやすいため、一年草だけどこぼれ種、挿し芽で易く育てられる。

 三重県伊勢市の松下姓発祥地に、安倍晴明の建てた松下神社が建つ。式内社の神前神社の論社。なぜか蘇民将来の後裔一族が奉じる。蘇民は蘇国(阿蘇国)の民という。ソ族、アソ族。阿蘇国を遂われたアソ族が伊勢国に移り住む。蘇と阿蘇国とアソ族の話は、いずれ。
 明治維新後の神佛判然(神佛分離)、佛教排斥(廃佛毀釈)。とくに神宮のある伊勢国(三重県)は、多数の佛閣、佛像が壊される。牛頭天王や武塔天神などの神佛習合の神様はスサノヲさんに変わる。変わらなかった神様(佛様)は、天智系皇統の護り神、八幡神くらい。さすが御用達。



 うーん。
 ギャグも、蘊蓄も、物語の展開も伊勢国、三重県に向かってる。
「なにかあるのかな、クエビコさん」
 竹を十字に結わえた体に、布で作られた喋る頭が載ったカカシになり、立てかけられたクエビコさんに訊く。
「い、行かないと、わからない。欲しいものか、欲しくないものか。あ、遇いたいものか、遇いたくないものか。知りたいことか、し、知りたくないことか」
「よし、伊勢に行こう」ビシッと指す。
 オオクニヌシさんが口を左手で押さえながら立ちあがり、眼鏡のブリッジを右手で押さえ、クイと上げる。そして逆のほうを指す。
「ツクヨミ様、名古屋駅はあっちです」
「……わかってる。歩いていくから、こっち」
「えーーーーーーーー」ワカヒコくんが叫ぶ。
「ツーちゃん、明らかにまちがえたよネ。ツーちゃん、駅に行こうと思ってたよネ」
「まちがえてない。歩いていこうと思ってた」
「名古屋駅はイヅメがいます。新大阪駅と同じように人を巻きこみますね」
「そう、オオクニヌシさん。人を巻きこみたくない」
「えーーーーーーーーーーーー」
 音引は、ワカヒコくんの嫌さバロメーター。クエビコさんの話を聞くよりも、走る新幹線のドアに飛びこむよりも、歩くほうが嫌らしい。どんどんとワカヒコくんの俗人化(そして少年化)は進む。
「た、確かに名古屋駅は、わかりにくい。出るときも迷った」
「出るとき、ツーちゃんが前だったよネ、イチバン前」
「イヅメは、ツクヨミ様を狙ってます」
「そう、オオクニヌシさん。どうせ誘われてるならば、どうせ狙われてるならば、行ってやる」
「調神社も、まちがったよネ、違うほうに行ったよネ。ツーちゃんはホーコー……」
「はい、国ツ軍の女将ツクヨミ様らしい」
 ワカフツヌシさんがワカヒコくんの言葉を遮るように言い、立ちあがる。
「……フーさん」なにか言いたげ。
「男神は二日酔で翔べないから」クエビコさんを担ぎ、歩く。
「はい、恥ずかしいです。ヒメに笑われます」ワカフツヌシさんも歩く。
「ワタクシも、たとえ胃液がこみあげようと歩きます」オオクニヌシさんも歩く。
「イ、イヅメに、誘われてるのか」担がれたクエビコさんが言う。
「違う。私達も、イヅメも誘われてる」独り言ちる。
 偶然なのか。前回の島根旅行も、今回の大阪旅行も、なんかレベルアップのため、マップとバトルがある。
「さすがオレの姉神」スサノヲさんも立ちあがり、歩く。
「ウン、さすがオレの嫁神」カゲヒコさんも立ちあがり、歩く。
 スサノヲさんが剣の柄頭で殴る。
「待って、待ってよ、ツーちゃん」ワカヒコくんが走ってくる。

 どうやら、みんな気がついてる。私の行動範囲が狭い理由。
 だけど。みんな言わない。私も言わない。
 私は国ツ軍を率いる女将ツクヨミだから。まちがったほうへ行かない。
 私が思う、考えるほうへ行く。国ツ神を正しいほうへ導く女神ツクヨミだから。
「ヘンだよ、ヘン。みんなヘン」私の隣で息を切らしながら歩く。
「ワ、ワカヒコ。言霊だ。言挙げになる」
「ナニ、クーさん。なんなの、コーダマって」
「ワカヒコくん。知ってたはず。知らないふり、拙いふりはやめて」
「ツーちゃん。なんなの、シッタッタって」
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