118 無情の神
文字数 1,576文字
***
日が沈む。
宵の黄昏時。昼ノ時と夜ノ時の堺目の黄昏時。明と宵の黄昏時。黄昏色は朝焼と夕焼の色。黄昏時は昼ノ国に、夜ノ国の穢れを齎す。夜ノ国の隠ヌモノ(鬼)が現れる。
宵の明星が見える。黄昏時に現れる明るい金星。
埼玉県さいたま市桜区にあるサダヒコ珈琲店。
彼岸前というのにハデなアロハシャツとハーフパンツ。結えた長髪。常夏な異装の店長神、サダヒコはカウンタでグラスを拭く。
カラン、カラン。営業終了のプレートのかかったドアが開く。
「いらっしゃいませ」
サダヒコは手を止める。
「予約をいれました」
客はゆっくりと店内を歩く。
すぐに彼岸というのに白いパーカ。白いゴーグル、スノーグローブとブーツ。
「おまちしてました。オモヒカネさん」
サダヒコは湯気の立つコップをカウンタに置く。
常冬な異装の客神、オモヒカネはカウンタの席に座る。店内は暖かい。しかしフードもゴーグルもグローブも外さず、出された白湯を飲む。
「何千年と遭ってないのに、まさか私の嗜好を覚えてくれたとは。信望。私は望みます。ハルヒコと遭う前にコーヒーを飲もうと思い、予約をいれた店が、まさかサダの大神の店とは。徳望。私は望みます」
「偶然ですね」
サダヒコはほほえみながらメニューをカウンタに置く。
「オススメは、……オリジナルブレンドですか」
オモヒカネはメニューを見ない。触らない。
「はい、当店自慢のコーヒーです」
「要望。サダヒココーヒーを、私は望みます」
「かしこまりました」
「まさか私を客として扱ってくれるとは。待望。私は望みます。……サダの大神は元気でしたか」
「はい」
サダヒコはネルドリッパーに熱湯を通し、固く絞り、広げる。
「まさか元気とは。希望。私は望みます」
「ありがとうございます」サダヒコはネルドリッパーに挽いた粉を入れる。
「ウヅメも、まだ、元気です」
「……」
サダヒコは手を止める。
「まさかミカフツヲやマスラヲが私に叛くとは。失望。私は望みません。古の戦で、美しい私の葦原を血で穢した虫が、夜ノ国に鎮めた虫が、世の理に関わらず、まさか昼ノ国に出てくるとは。失望。私は望みません」
「……」
サダヒコはネルドリッパーを揺らし、サーバーに乗せる。かるく湯を注ぐ。
「理を修し固め成せるため降りてきた私の前に、まさか古の戦で虫を導いた女神が現れるとは。失望。私は望みません」
「偶然ですね」
サダヒコはネルドリッパーに湯を注ぐ。
「イヅメとタヂカラヲが、私の要望に応えます」
「……」
サダヒコは保温器のカップを出し、ソーサーに置く。コーヒーを注ぐ。
「まさかイワドノヲの戦が美しくないとは。失望。私は望みません」
「サダヒココーヒーです」
サダヒコはコーヒーカップをカウンタに置く。
「まさかサダの大神が私に叛くとは。とても失望。私は望みません」
オモヒカネはカップを持ちあげる。手を止める。
「要望。サダの大神に代償を望みます。まだ、ウヅメが元気なうちに」
オモヒカネはカップをソーサーに置く。席を立つ。
「まさか匂いが美しくないとは。失望。私は虫の飲みものは望みません。飲みません」
「……」
サダヒコはカウンタのカップを下げる。
「美しい葦原に集る、美しくない虫を、まさか私が祓わなければならないとは」
オモヒカネはゆっくりと店内を歩く。
「失望。私は望みません」
「コーヒーの代金はいりません」
サダヒコはカウンタを拭き、シンクにコーヒーを捨てる。
「ありがとうございました」
サダヒコは蛇口を捻り、水を出す。
「まさか、まさかサダの大神が私に虫の飲みものの代金を望むとは」
オモヒカネは振りむかず、ゆっくりと店内を歩く。
「失望。とても、とても失望」
オモヒカネはドアノブを握る。カラン、カラン。ドアを開ける。
「私は望みません」
ドアが閉まる。
「ファックユーーーー」
サダヒコの叫び声が店内に響く。
日が沈む。
宵の黄昏時。昼ノ時と夜ノ時の堺目の黄昏時。明と宵の黄昏時。黄昏色は朝焼と夕焼の色。黄昏時は昼ノ国に、夜ノ国の穢れを齎す。夜ノ国の隠ヌモノ(鬼)が現れる。
宵の明星が見える。黄昏時に現れる明るい金星。
埼玉県さいたま市桜区にあるサダヒコ珈琲店。
彼岸前というのにハデなアロハシャツとハーフパンツ。結えた長髪。常夏な異装の店長神、サダヒコはカウンタでグラスを拭く。
カラン、カラン。営業終了のプレートのかかったドアが開く。
「いらっしゃいませ」
サダヒコは手を止める。
「予約をいれました」
客はゆっくりと店内を歩く。
すぐに彼岸というのに白いパーカ。白いゴーグル、スノーグローブとブーツ。
「おまちしてました。オモヒカネさん」
サダヒコは湯気の立つコップをカウンタに置く。
常冬な異装の客神、オモヒカネはカウンタの席に座る。店内は暖かい。しかしフードもゴーグルもグローブも外さず、出された白湯を飲む。
「何千年と遭ってないのに、まさか私の嗜好を覚えてくれたとは。信望。私は望みます。ハルヒコと遭う前にコーヒーを飲もうと思い、予約をいれた店が、まさかサダの大神の店とは。徳望。私は望みます」
「偶然ですね」
サダヒコはほほえみながらメニューをカウンタに置く。
「オススメは、……オリジナルブレンドですか」
オモヒカネはメニューを見ない。触らない。
「はい、当店自慢のコーヒーです」
「要望。サダヒココーヒーを、私は望みます」
「かしこまりました」
「まさか私を客として扱ってくれるとは。待望。私は望みます。……サダの大神は元気でしたか」
「はい」
サダヒコはネルドリッパーに熱湯を通し、固く絞り、広げる。
「まさか元気とは。希望。私は望みます」
「ありがとうございます」サダヒコはネルドリッパーに挽いた粉を入れる。
「ウヅメも、まだ、元気です」
「……」
サダヒコは手を止める。
「まさかミカフツヲやマスラヲが私に叛くとは。失望。私は望みません。古の戦で、美しい私の葦原を血で穢した虫が、夜ノ国に鎮めた虫が、世の理に関わらず、まさか昼ノ国に出てくるとは。失望。私は望みません」
「……」
サダヒコはネルドリッパーを揺らし、サーバーに乗せる。かるく湯を注ぐ。
「理を修し固め成せるため降りてきた私の前に、まさか古の戦で虫を導いた女神が現れるとは。失望。私は望みません」
「偶然ですね」
サダヒコはネルドリッパーに湯を注ぐ。
「イヅメとタヂカラヲが、私の要望に応えます」
「……」
サダヒコは保温器のカップを出し、ソーサーに置く。コーヒーを注ぐ。
「まさかイワドノヲの戦が美しくないとは。失望。私は望みません」
「サダヒココーヒーです」
サダヒコはコーヒーカップをカウンタに置く。
「まさかサダの大神が私に叛くとは。とても失望。私は望みません」
オモヒカネはカップを持ちあげる。手を止める。
「要望。サダの大神に代償を望みます。まだ、ウヅメが元気なうちに」
オモヒカネはカップをソーサーに置く。席を立つ。
「まさか匂いが美しくないとは。失望。私は虫の飲みものは望みません。飲みません」
「……」
サダヒコはカウンタのカップを下げる。
「美しい葦原に集る、美しくない虫を、まさか私が祓わなければならないとは」
オモヒカネはゆっくりと店内を歩く。
「失望。私は望みません」
「コーヒーの代金はいりません」
サダヒコはカウンタを拭き、シンクにコーヒーを捨てる。
「ありがとうございました」
サダヒコは蛇口を捻り、水を出す。
「まさか、まさかサダの大神が私に虫の飲みものの代金を望むとは」
オモヒカネは振りむかず、ゆっくりと店内を歩く。
「失望。とても、とても失望」
オモヒカネはドアノブを握る。カラン、カラン。ドアを開ける。
「私は望みません」
ドアが閉まる。
「ファックユーーーー」
サダヒコの叫び声が店内に響く。