64 ハウツー八塩折之酒

文字数 2,088文字



 隣の男神のへやで騒ぐ声。昨晩に呑んだ酒の話。八塩折之酒が旨かったらしい。いろいろな事情と忖度もあり、スサノヲさんが造った酒でない。カゲヒコさんが持ってきた木次酒造と國暉酒造の酒。まあ、神様に酒造免許が必要かわからないけれど。

 隣の騒ぐ声を聞きながらスマホを弄る。
 ムラクモの剣は神剣となり、天孫降臨時に神鏡、神璽とともにホノニニギが賜る。三種神宝。じつは天孫降臨神話で神剣の名はクサナギの剣とある。
 神話で下賜、天孫降臨後は書かれない。たぶん宮中に祀られる。
 葦原ノ中ツ国の統治権。国ツ大神のレガリアは大事に祀られる。
 だけど10代崇神天皇の時代に疫病がはやり、高天原の日神と倭大国魂神の祟りとなる。いろいろとあり、神剣は神鏡とともに、宮中から離れた神宮に遷し祀られる。じつは神話で神剣のことは書かれない。たぶん神宮に遷し祀られる。
「神剣は国ツ神のものだから祟るけれど、神鏡は高天原の日神の神代(カムシロ)だよね。なんで天ツ神のものなのに祟るんだろう」
 布で作られたクエビコさんの頭を鏡台の横に置き、ポーチを探りながら話す。鏡に私とクエビコさんの頭が映る。シュール。
「ま、まあ、急くな。順で、は、話す」
 話したがりのクエビコさんの口の処の[へ]の字が動く。口角を上げる。ブキミ。
 倭大国魂神は大和国の国魂神、大和国の国土の神格化。つまり地主神。出自はわからないけれど、とりあえず大和神社(奈良県天理市)が建ち、遷し祀られる。オオモノヌシ(トミビコさん)も祟ったらしく、大神神社が建つ。



 相模国焼津で、倭建命は蝦夷(エミシ)に囲まれ、野火を放たれた。ムラクモの剣で草を薙ぎ、難を逃れた。神剣の名はクサナギの剣となる。
 [ナギ(NAG)]は長いの語源で、長虫の蛇となる。諸説はあるけれど、ウナギも同じ。逆説でインドの神話の蛇神ナーガ。[ナガ(NAG)]は蛇の語源で、ナガい(長い)となる。ややこしい。とりあえずクサナギの剣は奇し蛇(ナギ)の、八岐大蛇の佩剣。ナーガは7つの頭。八岐大蛇は8つの頭。日本は8が好き。
 イナダヒメ(クシナダヒメ)も暴れ川の神様の水害を被った稲田の神格化の説と、暴れ川の神様の犠牲(生贄)となった奇し巫の神格化の説がある。

『ム、ムラクモの剣も、オロチの佩剣、だ』

 名を変えても神剣は蛇神の佩剣だ。蛇神信仰はなくならない。

 ついで。神話で、倭建命の佩剣は景行天皇が授けた比比羅木之八尋鉾という。オオヤマツミを祀る伊予国一宮の大山祇神社の神宝は金象嵌両添刃鉄鉾で、雲文(叢雲文様)と草文(蔓草文様)の刻まれた鉾。ムラクモの剣(クサナギの剣)も同じデザインという。ただしタカヒメの佩剣、蛇行剣くらい戦に向かないふざけた剣。
[蔓]の字源は曼い草。鰻の字源は曼い魚。アナゴは穴に棲む曼い魚(ウナギの子)。



 出雲国の平国後、国ツ大神のレガリアは伊勢国に祀られた。
「ぞ、ぞんざいな扱いになったのは、武力による権力から、た、高天原の日神の神威による権力へとなった、あたり」
 天武天皇は、皇親政治、専制政治で人とともに神様も統べ治めた。神話により神道を整え、高天原の日神により神統を整えた。天ツ神も国ツ神も高天原の日神の統治下となった。天武天皇は武力でなく、国を平らげる、人を治めるために必要な威力を求めた。



 倭建命は、駿河国の日本平(有度山)で東国を見た。クサナギの剣を東国に翳した。なにを思ったんだろうか。なにを考えたんだろうか。
「倭建命は、かっこいいヒーローなんだろうか」
「か、かっこよくない。脳髄が、つ、強いゆえに殺されたヒーロー、と考える」

 征西、征東を終えた倭建命。ヲハリ族の娘のミヤヒメを娶り……。
「伊吹山の山神に殺される」日焼どめを塗りながら話す。
「そ、そうだ」
 12代景行天皇の先后の子の倭建命は殺され、後后の子の13代成務天皇が嗣ぐ。だけど成務天皇に子はなく、倭建命の子の14代仲哀天皇が嗣ぐ。
 前后の子の倭建命は、父の景行天皇に疎まれ、征西、征東を命じられる。
「は、裸虫は脳髄があるぶん、どんな虫よりも、災い(天災)よりも、む、惨い」



 伊吹山の山神を崇める一族。一族の娘が仲哀天皇に嫁ぐ。
 一説に伊吹山の山神は、ムラクモの剣を奪い返すために甦った八岐大蛇。倭建命は山神の吐く悪気で、酒に酔ったように正気を失い、殺される。さらに丹波国の大江山に棲んでる酒呑童子は山神の子神で、もとは伊吹山に棲んでた伊吹童子。呑みすぎて酒呑童子と呼ばれる。代々で酒が好き。
 左腕にブレスレットと品物比礼を巻きながら笑う。
 ついで。酒呑童子を倒した源頼光のともの坂田金時は近江国坂田郡出自の説もある。近江国に足柄山もある。伊吹山の山神を崇める一族という。

 隣の男神のへやで、大きく騒ぐ声。
「洗面器だ、ワカヒコ。早く持ってこい」
「アー、オオクニ、いーか、下を向くな。ウン、帯を緩めろ」
「スサノヲ様、洗面器が、ナイ、なにもナイ」
「いえ、あります。ワカヒコ様、そこの水筒をッ」
「す、水筒は、やめて……、ッ」
「オオクニ様ッッ」
 オオクニヌシさんに、なにかあったらしい。
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