66 名古屋駅の変人

文字数 1,647文字



 名古屋駅に着く。
 天を見あげる。雨が止み、黒い雲が流れる。青い空が見える。きもちいい。
 アマノクメ組三男神の襲撃を考えて翔びたいけれど、二日酔で翔べない。最強の剣神も負かす、最強のアセトアルデヒド。



 名古屋駅から新大阪駅まで東海道新幹線で50分、本町駅まで御堂筋線で10分、新石切駅まで中央線、近鉄けいはんな線で20分。合計80分。乗換を含め、約2時間。いきなりと旅費も旅程も予定どおりにならない。急ぎましょう。

 二日酔で唸る3柱の巨躯の神様と、布で作られた喋る頭の神様は世間体を考え、隠世(カクシヨ)に隠れてほしかったけれど。現世(ウツシヨ)に現れたまま、柱陰に縦列で隠れてる。まるで変人、いや、変神。
 隠世に隠れると私に見えなくなるので嫌らしい。私も隠れたらいいんだけど、隠れたまま有賃乗車も癪だ。無賃乗車も嫌だ。あと、明るいほう(現世)が好きだから。
 オオクニヌシさんとワカヒコくんと私は券売機に並ぶ。
「ツクヨミ様、けっこうかかりますね」口を押さえながら言う。
 路線図を見ながら私とオオクニヌシさんは溜息。
「昨日の旅費がパーで、今日は変神3柱分の旅費もグーとかかる。翔びたかった。翔んでほしかった。神話の代表格神様が、ただ、集まっただけ。イミなし」
「パーとしてグーときたね。イミなしトリオだね、ツーちゃん」
「まるでたのきんトリオ」二心はありません。
 変神3柱は、元といえ神威の強い天ツ神。翔べる天ツ神が翔べない。二日酔で。
「すみません、ワタクシが止めれば、こんなことに……」
「オオクニ様も呑んでたもんね、ウンウン」
「オオクニヌシさんは、だれのモラハラを受けてるのかな」
「ワ、ワ、ワタクシは決してモラハラという……」
「モラハラはないけれど、鬱積はあるんだ」
「あまり虐めないでください、ツクヨミ様」
「所造天下大神(アマノシタツクラシシオオカミ)を虐めるなんて」
 いじわるく笑う。やはりオオクニヌシさんはヘタレキャラ。
「モーラハラ、モーラハラ」ワカヒコくんは楽しそうに歌う。
「そうか。ワカヒコくんは鬱積がない。モラハラにへこたれない」思わず独り言ちる。
「ナニ、ナニナニ、ツーちゃん」
「タカヒメと幸せに……」
 突然、名古屋駅の構内が騒つく。私は溜息をつき、変神3柱を見やる。
「ったく、もう、静かにできないの」
「ツーちゃん、違う、違う」ワカヒコくんが変神3柱の隠れる柱、でないほうを指す。
 人々が逃げてる。叫んでる。倒れてる。
 蠢く黒い影とともに、どんどんと暗闇が近づいてる。広がってる。構内灯はついてるけれど、フィルターをかけたように、隠世のように暗くなってる。光を吸いこむ暗闇の中心に、首飾を振りながら、祓詞を紡ぐ女神。構内に神籬を作り、鬼道の神威を放ってる。
「……ヒダル。イヅメだ。名古屋駅で一緒になるなんて」
「変神が増えましたね」
「ヘンジンが、ヘンシーンだ」ワカヒコくんが私の腕にしがみつく。
 黒い影が暗闇を動き回る。黒い影が人々の間を縫い、鎌鼬のように斬りつける。創傷が黒ずみ、瘴気に人々は踠き、苦しみ、倒れる。

 神代に、神様と人、そして神人がいた。神威が有れば神様と成り、一族の長と成った。無ければ人と成った。神人は神様に焦がれ、一族と離れ、神威を得るため、神様に成るため、古(イニシエ)の神様に仕えた。やがて神威を得られないまま、神様に成れないまま死んだ。ヒダルは、神人の死霊とモノノ怪が合わさった、神人の成れのはて。餓鬼。
 神様に成りたい欲望を満たすまで死なない。いや、死ねない。

「新大阪駅と同じ」
 スサノヲさん、ワカフツヌシさんが、剣を構え、私の前に立つ。さすが元・天ツ神。強い神威で二日酔が醒める。
「ツクヨミ様、まずは外に出ましょう」
 オオクニヌシさんの言うとおり。



「ローカル路線電車乗り継ぎの旅。いいわね、うん」
 イヅメが首飾を外し、独り言ちる。そして祓詞を紡ぐ。
「カぁカカぁ。イヅメ様ぁ、いなくなっちゃいぃましたよぉ」
「え」
「カぁカカぁ。遅蒔唐辛子ですねぇぇ」
「え」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み