42 ツクヨミは私

文字数 3,293文字

 庄内川の河川敷に降りる。
「「「カクケカクケぇ。エーシヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ」」」
 追ってきた三男神と対峙。クエビコさんは数えないため、3対3。だけど私達の戦力はシコヲさんだけ。
「つまり不利ね」
 緑色のボロボロの神衣を纏う、同じ顔の三男神が歌いながら歩いてくる。いや、額に莫迦、阿房、肉の入墨があるので、同じ顔でない。鎖鎌のような剣を持ち、鎖を回しながら歩いてくる。
「いいか。間合を保て。鎖を放たせろ。鎖を躱し、間合を一気に詰めて剣戟に。剣戟で鎖はジャマになる。つまり有利になる」
「問題は、私が鎖を躱せるか、剣戟で戦えるか、ね」
「惑うな。オマエは躱せる。戦える」シコヲさんは剣を構えながら、ハッキリと言う。
「シコヲさんはB型ね」
「どんな血も、同じ血だ。赤い血だ。斬ればわかる」ピシャリと言う。
「斬られても、わかる」
「ならば斬られなければわからない」そして口角を上げる。
「わかった」私も口角を上げる。
 トミビコさん、タカヒメ、スサノヲさん、ワカフツヌシさんの修練の成果がわかるとき。シコヲさんの期待に応えるとき。

「「「カクケカクケぇ。ミツミツシぃ、クメの子がぁ撃ちてし止まむぅ」」」
 三男神は鎖を回しながら走ってくる。アホの男神(阿房の入墨の男神)がシコヲさんに鎖を放つ。シコヲさんの剣を封じるため、鎖を巻きつける。
 いや、シコヲさんは、わざと剣に鎖を巻きつけられる。
「なるほど」
 鎖を放ったアホの男神でなく、隣のバカの男神(莫迦の入墨の男神)に迫る。バカの男神は回してた鎖を手元にたぐる。迫った勢い、巻きつけられた鎖が弛む。シコヲさんは鎖を攫み、大きく回し、バカの男神を絡めとる。
「速い」
 絡めとられたバカの男神がよろけ、同時にシコヲさんは巻きつけられた鎖を外し、剣を振り上げる。よろけながら受けとめるバカの男神。鎖を放ったアホの男神が横から斬りかかる。シコヲさんは躱し、大きく跳ねる。
「意外と三男神も強い」ボロボロの神衣は修練のせいか。いや、成果。
 バカの男神が、剣の柄頭の鎖を外す。左手に鎖、右手に剣。
「え、外せるなん……、ッ」
 見いってた私に鎖が放たれる。躱そうとしたけれど。鎖が剣に巻きつく。
「い、痛ッ」わざとでないので、巻きついた反動で、手首を捻る。
 ニクの男神(肉の入墨の男神)が走ってくる。
 ニクの男神が剣の柄頭の鎖を外し、大きく投げる。投げた鎖に剣が引っぱられる。よろける私に、ニクの男神が剣を振り上げる。
「わああああッ」ワカヒコくんが間に入り、大剣で受けとめる。
「ワカヒコくんッ」
「ツーちゃんッ」
 ワカヒコくんは受け耐える。だけど大剣はギリギリと押される。
 私は巻きつけられた鎖を外し、ニクの男神の背後に回る。剣を振り上げる。振り上げるけれど。
「早く、ツーちゃん、早く」
 震えて振り下ろせない。怖くて振り下ろせない。
「ケケケぇ。斬れないんだぁ」
 ニクの男神がワカヒコくんの腹を蹴り、鎖を拾い、跳ねる。ワカヒコくんは血反吐を出し、私の足下に倒れる。
「ワカヒコくん」ワカヒコくんを抱える。
「……ツーちゃ……」

 私とワカヒコくんを見ながら歌う。いや、私だけを狂気の満ちた目で見ながら、狂気の溢れた口で歌いながら、鎖を回しながらゆっくりと歩いてくる。
「ケケケぇ。エーシヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ。ケケケぇ。エーシヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ」

 同時に私とワカヒコくんが斬りこめば勝てる。
 だけど。私は剣を振り下ろせるだろうか。
 私が剣を振り下ろせなければ負ける。斬られる。赤い血が出る。殺される。
 考えれば三男神は私だけを狙ってる。私だけが殺されたら、ワカヒコくん、シコヲさんは戦わなくていい。
 私は殺される。私は殺されたら、……死ぬ。あたりまえ。

『黄泉国に堕ちてれば、死ねばカガヒコに遇えたんだ。残念』

 遇えなくていい。世界の変化の、物語の展開の大事な鍵を知らなくていい。熊野本宮大社のほんとうの祭神を知らなくていい。カガヒコの正体を知らなくていい。
 知らなくていい。遇えなくていい。死にたくない。殺されたくない。
 なんか泪が溢れる。なんで私は死ぬの。なんで私は殺されるのッ。なんで私は狙われるのッッ。なんで私はツクヨミなのッッッ。なんでッッッッ。
 泪が落ちる。
「ツーちゃん、ツーちゃ……」

「ツクヨミッ、戦場(イクサバ)で、下を向くなッ」
 シコヲさんが叫ぶ。私はシコヲさんの言葉に動かされる。
「惑うなッ。上を向けッ。死にたくなかったら、殺されたくなかったら、勝ちたかったら剣を振れッ。ツクヨミッ、戦えッ」

 ドクン。
 私は剣を構える。
「私は……」
 私のなかの、ワタシが言う。
「……私は死なない。ワタシは殺されない」
 ニクの男神が放った鎖が左腕に巻きつく。仰け反る。
「ワ、ワタシは勝つために、戦う」
「ツーちゃんッ」

「ケケケぇ。ミツミツシぃ、クメの子がぁ撃ちてし止まむぅぅ」
 ニクの男神が剣を振り上げながら走ってくる。

「ワタシはツクヨミだから」
 わざと左腕に鎖を巻きつけられる。わざと仰け反り、巻きついた反動を和らげる。
「修練で背筋力は鍛えられた」
 目前に肉の男神の剣が迫る。剣を、巻きつけられた左腕で受ける。左腕が押される。ニクの男神が被さる。左腕に鎖が食いこむ。
「ケケケぇ。肉が斬られるとぉ痛いぞぉ。赤い血がぁドバッと……」
 右手の剣をニクの男神の横顔に向ける。驚き、押す力を緩める。顔を背ける。
「言われなくてもわかるッ。アホがッ」巻きつけられた左腕で顔を押し殴る。
 ニクの男神は「ケっケケっケケぇ」と奇声をあげて大きく後方に倒れる。血反吐がきれいな放物線を描く。勢い、私も後方に倒れる。
 起きあがり、体勢を整える。剣を構える。
「修練で腕力も鍛えられた。さらに品物比礼でパワーアップ」
「ツーちゃん……」
「ワカヒコくんの、倍かえしだ」目力を籠める。

 殴られた顔を押さえながら起きあがり、剣を構えるニクの男神。
「ケ、ケケぇ。おれはぁアホじゃぁ、ないぞぉ。ニクノヲだぁ」
 狂気の満ちた目。狂気の溢れた口。ゆっくりと歩いてくる。
「ケ、ケケぇ。ケ、ケケぇ。エーシヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ。ミツミツシぃ、クメの子がぁ撃ちてし止まむぅ」

「同じ顔だから。アホも、ニクも変わら……」
 ワタシは剣を地に刺し、左腕の鎖を外す。鎖を回す。
「そうか。私がワタシに変わるんじゃない。ワタシが私に変わったんじゃない。……そう、私とワタシが合わさる、合わさったかんじ」
「ツーちゃん……」
「大丈夫」
 ワカヒコくんは、ワタシが倒れたときに頭を打ったと思ってる。
 軽く頭は打ったけれど、気ははっきりしてる。調神社のときは朦朧としてたけれど、なんかはっきりしてる。うまく受身ができたのか、すべてはっきりしてる。
「トミビコさんとタカヒメとスサノヲさんとワカフツヌシさんの修練と、シコヲさんの言葉と、ツクヨミのポテンシャルを信じる」
 はっきり感、いや、ふっきり感はなんだろう。
 私とワタシが合わさった感はなんだろう。
「わからないから、後で考える。今は戦う。死にたくないから、殺されたくないから剣を振る。戦う。勝つ。戦局を動かす。戦法を考える」
 鎖をニクの男神の右側に投げる。投げると同時に剣を抜き、走る。
「あっち向いてホイッ」
 ニクの男神は、たぶん鎖を左手でバックハンドで受けとる。または鎖を見る。
「バカが、見るッ」ニクの男神の視線が逸れる。
 ニクの男神の視界から外れ、再び、視界にワタシに入ったとき。
 できるだけ体勢を低く、ニクの男神の左側に滑りこむ。ニクの男神が振り向くけれど、ワタシは見えない。
 慌て下を向いたとき、視界にワタシに入ったとき。ワタシの剣は地面を這うように振り上がる。ニクの男神の左腕を斬る。
「ケっケケぇぇぇぇン」ニクの男神の左腕が舞いあがり、奇声があがる。
 滑りこんだ勢い、ワタシはニクの男神の背後に回る。つぎは剣を振り下ろす。

「クルっクぅぅぅぅ」
 同時に離れた処で、アホの男神の奇声。
 一瞬、振り上げた剣が止まる。瞬時、ニクの男神が跳ねる。

「おれはぁ、バカじゃぁ、バカじゃぁないぃぃ」
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