17 ヒロインっぽいラブゲーム

文字数 2,061文字



「ふああああ」酔ったスサノヲさんの欠(アクビ)。
 2本目のカラの酒瓶が蹴られ、オオクニヌシさんの足元に転がる。
「スサノヲさま、弱くなりましたね。とくに今晩は悪酔のようですが」
「えー、いつのまにか3升も呑んでたの。というか、3升も呑んで弱いの」
「た、たしかミナカタと、の、呑み比べたときは……」
「まあ、1桶くらいですかね」
 1升の100倍の酒桶。えーと。
 オオクニヌシさんとクエビコさんが笑いながら話す。ワカヒコくんが笑う。聞くのは楽しいけれど、……やはり楽しくない。聞かないようにスマホを弄る。

 古(イニシエ)の戦で、ミカヅチヲに負け、諏訪大社に鎮められた西の副将ミナカタヌシさん。御名方(御名の方)という高貴な神名の神様。たぶん美しい。なぜか出雲国の神話に出ない。キューピーちゃんと同じ。出雲国の時の権力者の事情か。神話は時の権力者の事情に合わせる。
 かつて諏訪国といわれた科野国(信濃国)諏訪郡。出雲国と同じく蛇神信仰があった。ミナカタヌシさんはミカヅチヲに腕を捥がれた。蛇のような姿となった。
 もしかしたら物語の展開に関わる大事な鍵を持ってた。
 もしかしたら世界の変化に関わる大事な鍵を持ってた。だから鎮められた。
「遇いたかった」私は独り言ちる。



 食後、きっちりとローテーブルを拭き、茶を飲んだあとも拭く。神様に血液型があれば、オオクニヌシさんはA型なんだろうな。性格というより、オオクニヌシさんの性分。
「そ、そういえば、神話で月神と星神のほかに、出ない神がいる。いや、で、出ても出自を、なぜか隠してる」
 クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。2回目。
 私はローテーブルに手をついて乗りだす。クエビコさんの頭が床に落ちる。ワカヒコくんはコーヒーを吹きだす。
「か、火山の神、地震の神、だ」床を転がりながら言う。
「確かに日本は火山と地震が多いけれど、神話に出ない」
 山神オオヤマツミ、火神カガヒコは出るけれど、火山の神様は出ない。台風の神様スサノヲさんは出るけれど、地震の神様は出ない。目前にカカシの神様が居るのに。
 たぶん世界の変化の、物語の展開の大事な鍵を持ってる。スサノヲさんは鍵を持ってなさそう。カガヒコは持ってそう。だからカガヒコは黄泉国の特別室で眠ってる。隠してる。スサノヲさん、オオクニヌシさんのツテで遇える。ただし黄泉国は黄泉神のほかは死なないと堕ちれない。うーむ。
 手をついたローテーブルに溢れたコーヒー。気づき、手を退ける。オオクニヌシさんが拭く。ふと、隣を見る。ワカヒコくんがチョー泪目で睨む。私は強く頷く。

「ピンポンパァン。クエビコさんのムーな話は終わります。終わりました」
 チャイムを鳴らし、ワカヒコくんの髪を濡れた手で撫でる。
「ツ、ツーちゃん……」
「ワカヒコくんの言いたいことはわかる。以心伝心ね」にっこりとほほえむ。
 焦っても、慌ててもしかたがない。オオクニヌシさんでないけれど、しかたがない。
 世界の変化も、物語の展開も、たぶんなんとかなる。たぶんハッピーエンドになる。楽観は性格というより、私の性分。
 けっこう、主役(ヒロイン)に向いてるかも。
「え、え」クエビコさんの目の処の[の]の字が点になる。
「クエビコさん、話は後日ね。明日は楽しい神社参拝」
「サンパーイ、サンパーイ」
「冬物かたづけを企てるオオクニヌシさんと、話したがりのクエビコさんは留守神ね」
「え、え」
「任せてください。おやすみなさい」
「早く寝よう」
 頭上でフヨフヨと浮いてるキューピーちゃんをつっつきながら、立ち上がる。
「ねよー、ねよー」
 ローテーブルをかたすオオクニヌシさん。押入のふとんを出すワカヒコくん。とまどってるクエビコさん。
 私をムスッと見てるスサノヲさん。酔っぱらってる。3本目の酒瓶を掲げ、グビッと呑む。グビグビッと呑みほす。
 よほど明日のボディガードが嫌なのかな。よほど私が姉神でショックなのかな。
 兄神を演じたり、むくれる弟神を宥めたり。私は主役としてやらなければならないことばかり。……めんどう。
「ねえ、スサノヲさん、天ツ神は現れないから、ボディガードは要らないよ」
「……しょうか、要りゃないか」
「剣技も教えてくれなくていいよ。行きたい処に行っていいよ」
「しょうか、いいにょか」フラフラと立ち上がる。
 ここは居たくない処らしい。目を瞑る。そして時空間を翔んで消える。
 挨拶もなしか。
「き、気にいらないと、ひょいといなくなる。悪い、ク、クセだ」
「クエビコ」
 オオクニヌシさんが、クエビコさんの口の処の[へ]の字を押さえる。
「スサノヲさま、消えちゃった」
 ワカヒコくんが呟く。私はワカヒコくんを引きよせ、抱きしめる。
 オオクニヌシさんが気づかい、クエビコさんを抱えて台所へ行く。
 湯を沸かし、フキンの熱湯消毒を始める。
「ああ」私は独り言ちる。
「ツーちゃん、どうしたの」ワカヒコくんが見あげる。

 物語は、突然と始まる。

「スサノヲさん。アパートの鍵、持ってない」
 ……持ってなくても、出入自由か。
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