50 アウンな男神・前篇

文字数 1,477文字



 於葺門が見える。門のあっちが神域。神様の隠れる世界(隠世/夜ノ国)。こっちの人の居る世界(現世/昼ノ国)は結婚式関係の社殿ばかり。俗世。
 ワカヒコくんが手を振ってる。布で作られたクエビコさんの頭が振られてる。すでにスサノヲさんは呑んでる。あれ、ワカフツヌシさんも呑んでる。
 多度大社は、本宮の多度神社、カゲヒコさんを祀る別宮の一目連神社、摂社の美御前社の3社で多度大社。本宮の祭神、カゲヒコさんの父神は、高天原の日神の子神。スサノヲさんと誓(ウケイ)で生じた子神。ゆえにカゲヒコさんはスサノヲさんの孫神。
「アー、そうか。ツクヨミが嫁になると、爺さまは兄さまになるのか。アー、兄さまと呼ばなければならないのか」
 男神は呼名も大事なんだ。
「ウン。だが、オレはツクヨミのため、がんばる」
 がんばる、か。プライドか。……ミエか。展開もギャグも三重県か。くだらない。
「頼りない男神ばかり」思わず笑う。
 カゲヒコさんは私の顔を見る。
「ウン、昔のツクヨミは賢く、強く、そして優しい女神。アー、顔に惚れたわけでない。ウン、顔が同じだけでない。今のツクヨミも同じ……」言葉を遮る。
「今の私が賢い、強い、優しいのは昔のツクヨミが生まれ変わったからでない。賢くなったのはクエビコさん、オオクニヌシさん、ニウヒメさんのおかげ。強くなったのはトミビコさん、タカヒメ、スサノヲさん、ワカフツヌシさん、シコヲさん、そしてキューピーちゃんのおかげ。優しくなったのは、……ニギハヤヒのおかげ。じぶんだけよかったら、がダメとわかった。だけど昔の私は賢くなかった、強くなかった、優しくなかった」
 私もダメダメだった。じぶんだけよかったら、の人生だった。
「私はパズーが好きなシータでない。カゲヒコさんが好きな、昔のツクヨミでない」
 イザナミさまの話で、よーくわかった。イザナミさまも、昔のツクヨミも賢く、強く、優しい女神。私は、タダのダメダメな女神。

 カゲヒコさんは黙り、私の左腕のブレスレットを見やる。
「ウン、腕輪は、いつから持ってたか、生まれたときから持ってたか。だれから貰ったか、天ツ神から、国ツ神から貰ったか、思いだせないと言ってた。アー、昔のツクヨミに頼まれ、オレが髪刺(カミサシ)に作りかえた」
 髪刺の起源は縄文時代の木棒。髪は[神]を表す。神刺。神霊を髪に結いとめ、悪霊(モノノ怪)を祓う。竹で作る櫛も[奇し]を表す。古代中国の髪かざり、簪(飾櫛/かんざし)が伝わり、髪刺は装飾が目的となる。
 若き巫は髪を伸ばす。長いほど、霊威は強くなる。長い髪に、強い神威の神様はイチコロ。昔のツクヨミは髪が長かったんだろうか。私も、去年までは長かった。
 切ったのは、たしか美容院のチケットの有効期限の、1月下旬。あと、ちょっと待てば展開は、……変わってないか。
「ウン、髪刺に作りかえ、願を立てた。強い決意だ。国ツ軍の女将である前に、女神。生じたときはタダの女神。アー、初めから賢く、強く、優しい女神だったわけでない」
「…………」
「アー、作りかえたいときは、いつでもいいぞ。ウン、嫁ぎたいときも……」
「永遠にないから」出雲神は永遠のナンチャラというのが好き。私も出雲神だ。笑う。
「アー、昔のツクヨミも、よーく笑った」
「カゲヒコさんが、昔のツクヨミと遇ったのは、いつなの」
「ウン、古の戦の前だ。葦原に降り、クマノで遇った。アー、オレはオモヒカネに順い、天ツ軍のために剣を作った。ウン、ツクヨミの治める中ツ国を、オレの剣が奪った」
 そしてトミビコ(オオモノヌシ)さんを弔うのための祭具も造った。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み