87 海岸づたいの土佐神社・中篇

文字数 2,551文字



『イ、イザナミは祟るから、な。毎日1000人が、こ、殺されてしまう』
『……イザナミさまが、たくさんの人を殺す。噴火や地震。そうか。イザナミさまは地母神。つまり花窟神社は地鎮の岩、千引岩』

 神話で、イザナミさまはカガヒコを産んで死ぬ。イザナギはカガヒコを斬り殺し、返り血を浴びる。イザナギはイザナミさまを追って黄泉国へ堕ちるけれど、約束を違えて蘇る(黄泉から還る)。イザナギはカガヒコの出生で産穢と血穢、イザナミさまの死で死穢に穢れる。
 イザナギはじぶんの過ち(罪)と思わない。約束を違えたと考えない。イザナミさまの祟り(罰)は言いがかり。肩が重いのは三穢のせい。禊いで生まれた高天原の日神。
 だけど一緒に生まれたスサノヲさんは暴れまくり。イザナギは悩みまくり、心労死。
「なんか天武天皇みたい」
「そ、そうだな」
「なぜか一緒に生まれた私は忘れられたみたい」
「……そ、そうだな」

 石神(イシカミ)信仰は、噴火で現れた噴石(巨石)、地震で顕れた露頭(断層)の神様の信仰。噴火や地震の畏怖と畏敬。とくに噴火。噴火の、火の力は地の生気や生力を、水を、草花や木を、色々な虫を蘇らせた。かつて人は火山の山麓に住み、噴火が起きると祭を行った。かつて人は山と、火山とともに生きた。かつて人は火山の神様を祀った。
 やがて佛教の影響で岩漿(マグマ)は火山の神様の、大地神の、地母神の、イザナミさまの穢れた血となった。鑽火(鑽った赤火)により血穢を浄める祭と変わった。鎮火祭。
 噴火は鑽火で浄められ、禍い(災い)は直される。祟りは鎮められる。火による物の変化。心の過ち、穢れ、禍いの浄化、祟りの無化。

 そして地の信仰から天の信仰へと変わる。天父神が地母神の穢れを禊ぎ、天の生気や生力を司る日神が生じる。水(雨)を齎し、草花や木を、色々な虫を育む日の力。
 和歌山県の熊野那智大社の摂社・飛瀧神社と花窟神社で行われる扇祭、熊野速玉神社の摂社・神倉神社で行われる御燈祭。火山を讃える祭でなく、人の鑽りだした火で火山の火を鎮める祭。
 熊野の巨石信仰は噴石から日神の落とした隕石へとなる。石神(イシカミ)信仰から石神(シャクジン)信仰へとなる。

 だけど。
 いまだ噴火や地震が続く。いまだ毎日1000人が殺される。イザナギが、天父神が、天空神が、高天原の日神の父神の過ち。罪悪感でイザナミさまを祀りあげる。
 いまだ高天原の日神の後裔は祟りを鎮められない。禍い(災い)は直されない。



「河童の森の地主神とカッパは祟らず、隠れたわけだ。ヲハリ族みたい」
「そ、そうだな。天災がなければ、人は神に譲られたと思う。か、考える」
「私だったら祟ってやる。弟神に待たされたり、弟神のおさがりだったり、埼玉県民はツクヨミを蔑ろ」
「……そ、そうだ。ヤマシロは火山がない。噴火が起きない。ヤマシロの山神は祟らない、と嘯く。ハタ族とホヒのカモ族は、桓武のスポンサーだからな。宮所(平安京)の誘致で、儲かる。今も、昔も変わらない。ロ、ロビイング、だ」
「祟られたら神様が悪い。祟らなかったからじぶんが正しい。埼玉県庁に5thルナを落してやろうか」
「……か、神は、なにもしない。田を護ったり、社(ヤシロ)に住んだり、5thルナを落したりしない。神は、なにも言わない。ひ、人がかってに己と結ばれてると思う。己の願いを叶えてくれると考える。まあ、思うも、考えるも、ひ、人の事情と感情だ」
「クエビコさんは、昔は田んぼに立たされてた。色々としたかったけれど、なにもできなかった。だけど今は担がれながら色々な経験ができる」
 担いだクエビコさんの、布で作られた頭を抱きよせる。
「そ、そうだな。とても嬉しい」布で作られた頭がほんのりと赤くなる。抱きしめる。

 確かに畿内五国は、地震は起きるけれど、噴火は起きない。京都盆地の外周山に火山はあるけれど、兵庫県の神鍋山の噴火は約25000年前、縄文時代の前の旧石器時代。京都府の田倉山の噴火は約30万年前。さらに奈良県の二上山の噴火は約1400万年前。滋賀県の鈴鹿山の噴火は約7000〜8000万前。えーと。西日本と東日本のふたつの島が合わさったのが約530万年前だから、かなり大昔。



 天智天皇の宮所(近江大津宮)の誘致も、近江国の鍛冶族が嘯いた。近江国(滋賀県)は地震も、噴火もない比叡山(日枝山)の大山咋神は祟らない、と。
「ウソを吹いたわけだ」
「や、安来節、だ。ヤマシロに住んでたら、あ、天ツ神が掬えた。笑える」

『あ、あるぞ。ウソブキの面で、ド、ドジョウ掬いする安来節、だ』

 ウソブキの面は、鍛冶族の火男が竈火を竹筒で吹くヒョットコの面。口を窄めて吹く姿は、口笛を吹く姿と同じ。古語で口笛はウソ。[嘯(ウソム)く]は口笛を吹く。本来は鳥獣が唸る、囀る。ウソの唸り、囀り声で鳥獣を誘き寄せる。嘯(ウソブ)く。ウソをごまかすとき、口笛を吹く。
 ついで。口笛に似た囀り声の鷽(ウソ)がいる。ややこしい。
「ちッ。伏線はウソブキの面か」
「ツ、ツクヨミ。舌打は良くない」
 ついでのついで。舌を打つ、舌を鳴らすはビミョーに違う。打つは不快なとき。鳴らすは口笛と同じく鳥獣を誘き寄せるとき。舌鼓はおいしいとき。



 ホヒ族は、のちのイヅモ族は天ツ神の全国統治の正当を宣うため、本当の祭神を隠す、変える。神話に、ウソの史話にあわせた神社を建てる。全国各地にオオクニヌシさんを祀り、国譲神話を伝える。ウソブキの面を被り、嘯く。ウソを吹く。笑える。
 ウソブキの面は、もとは鳥獣(精霊)の面。のちに火男が竈火を竹筒で吹き、口笛を吹き、ウソを吹き、道化の面となる。ウソのような伏線回収。

『し、神話に合わせ、石神(イシカミ)信仰の古の神はイザナミとなった。イザナミとして祀った。古の神を、地母神イザナミとして地鎮(トコシズメ)の岩で、か、隠した。明治政府の、神話の上書保存だ。天武が正当を曰うための、古の神や国ツ神を順わせるための神話。明治政府は、国家神道の根本として神話の上書保存を行った。高天原の日神の正統と、皇統の正当を曰い、人を順わせる、国を治める神話とした。千引石は、維新前の神々を鎮める神鎮(カムシズメ)の岩、だ』

 ウソブキの面は継がれる。笑えない。
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