58 女神の祝い酒・前篇

文字数 1,182文字

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 ミカヅチヲの佩剣が、操られるようにカムドの剣を弾く。弾かれたカムドの剣はミナカタヌシの手を離れ、伊那佐の浜(稲佐の浜)に刺さる。
『ナニナニ、剣がかってに……』
『ワレの剣は、平国(クニムケ)の剣。そうだ。塞ぐ鬼神(オヌカミ)を、斬る剣。祓う剣。そうか。ヌシは鬼神、か』
 ミナカタヌシが退がる。後方の、馬見の烽(坪背山)のほうで鬨が聞こえる。
『ヨシヨシ、さすがぞ。タカヒメ軍が……』
 ミナカタヌシが、気を前方のミカヅチヲから、後方の鬨へと移した瞬間。
 ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を攫む。
『やはり。鬼神も、たかが地祇。戦場で気を外らせる。バカ地祇、だ』
 ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を強く握る。ミカヅチヲの凍りつく神威がミナカタヌシの体を流れる。
『鬨は戦の女神が率いるッ、天神の軍、だッ』
 ミカヅチヲの神威がミナカタヌシの肉、血を凍らせる。ミナカタヌシが叫ぶ。
『うわああああああああッ』

 ミナカタヌシの叫び声と、前方のミカヅチヲの凍りつく神威と、後方の女神の燃えあがる神威に、イヅモ水軍とワカヒコ軍は、戦意を失う。

***

 神話で、美保崎でコトシロヌシさんは天ツ神と遇った。
 そして天ツ神は翔び、恵曇浦から意宇海(宍道湖)へと渡った天ツ軍の夜行軍を率い、斐伊川を遡り、国ツ軍西の本陣の三刀屋(御門屋)を襲った。そして斐伊川を下り、ミナカタヌシさんのいる前陣の稲佐の浜を襲った。

 出雲国と高志国の神話で、ミナカタヌシさんを失ったイヅモ水軍は天ツ軍に圧され、意宇海へ退いた。斐伊川の川口で、沼河の姫の率いる高志国の援軍と遇うため。
 すでに高志国の援軍は沼河の姫も討たれ、イヅモ水軍とともに美保崎へ退いた。そして弔った。率いる軍将を失ったイヅモ水軍と援軍。天ツ軍のクメ水軍に圧され、姫川を遡り、諏訪湖に沈められた。

 クエビコさんは考える。
 移動距離と時間を考えると、本陣夜襲は天ツ軍の夜行軍でなく、別軍。そしてタカヒメ軍の陽動を任せた。夜行軍は斐伊川の川口で高志国の援軍と戦い、稲佐の浜を襲った。
「なるほど。天ツ神は時空間も翔べる。夜行軍と別軍を同時に率いられる」
「そ、そうだ。オレの推考だ。神人は翔べない。さらに推考に過ぎないが、別軍は、ほ、本陣後方に構えたホヒ軍。コトシロも、ホヒヒコもいないから、訊けないから、オ、オレの推考だ」
 本陣後方に元・天ツ神が軍を構える。後陣に構えた理由。背後からの一撃か。東の戦でニギハヤヒはトミビコさんをうらぎる。なんとなくイヤなかんじ。
「だけど同胞を襲うのかな」
「か、考えたくないが、イヅモの神人も仕える神のため同胞も、う、うらぎる。」
「だから美保神社の祭神は、神話と、出雲国と高志国の神話で異なるわけだ。美保崎でコトシロヌシさんと会い、3軍を率いる天ツ神は……」
「ミ、ミホメだ。タカミムスヒの娘神、オモヒカネの妹神、だ」
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