05 ミナカタヌシ

文字数 2,568文字



 国ツ軍西の軍は、オオクニヌシと義親子の契を交わした、軍将コトシロヌシ、副将ミナカタヌシ、タカヒメ、ワカフツヌシ、ワカヒコ、そしてホヒヒコの出雲神が天ツ軍を迎える。
 伊那佐の浜に構えるミナカタヌシのイヅモ水軍。後方の久奈子の丘に、急遽、日の沈む前にワカヒコ軍が陣を移す。
 燎が灯される。ワカヒコがはりきる。ミナカタヌシがウムウムと頷く。
『違うよ、ゼッタイ違う。コレ、コッチだって、コッチ。あー、サグメ、ジャマだよ、チョージャマ。アッチ行って。アッ…違った、ソレ、ソッチだった、ソッチ』
 ミナカタヌシはワカヒコの叫ぶ声を聞きながら自陣に戻る。
『ウムウム、ワカヒコも軍神の自覚がでてきたぞ』



 陣屋で、イセヒコが伊勢国に戻る支度を整えてる。今宵に西の本陣でオオクニヌシと遇い、明朝に、ともに東の軍へ向かう。イセヒコはサダヒコの随神。志摩国を任されてる。志摩国は海人のイソ族の本貫地。イセヒコの率いるイセ水軍の本拠地。

 東の軍は国ツ神のにわか合従軍。天ツ軍進軍前は、たがい国を奪い、護り、戦い合ってた。国利に関わらないオオクニヌシが仲介役として東の軍将となる。
 中ツ国は海に囲まれ、潮が流れる。西の青潮(黒潮の分流の対馬海流)のさきに出雲国があり、伯耆国、因幡国、丹波国(のちに丹波国・但馬国・丹後国)、高志国(のちに越前国・越中国・越後国)がある。東の黒潮のさきに紀伊半島の紀伊国、伊勢国、志摩国がある。
 天ツ軍は、出雲国を潰すための西の軍と、大和国を奪うための東の軍に別れ、ふたつの潮にのって攻めてくる。
 国ツ軍も、西の軍と東の軍に別れる。軍師クエビコは、天ツ軍東の軍はイセ水軍のいる外海(太平洋)を避け、瀬戸内海を渡り、河内国から大和国へと進むと考える。河内国草香にツクヨミと主力のトミビコ軍の陣、大和国龍田に東の本陣が構える。そして外海からの進軍も考え、本陣を挟んで河内国の反対側の伊勢国答志にイセ水軍の陣、伊勢国山田にサダヒコ軍の陣が構える。不在のサダヒコに代わり、ふたつの軍はイセヒコが率いる。



 陣幕が開き、ミナカタヌシが入ってくる。
『ウムウム、イセヒコもがんばるのだぞ』
『ウム、ミナカタもがんばるんだよ』
『オイオイ、ワレの真似はもう良いぞ』
『オイ、オレの真似はもう良いよ』
 ミナカタヌシがカムドの剣を構える。高志国から出雲国へと移ったとき、オオクニヌシと交わした義親子の契の証。オオクニヌシの鉾を鍛え直した剣。
『わかった、もうやめる』イセヒコがミナカタヌシの肩を叩く。
『西の戦はミナカタに任せる』手を強く握る。
『ウムウム、東の戦はイセヒコに任せるぞ』強く握り返す。
『大戦(オオイクサ)を終えたら、ササヒメを娶ってくれ。そしてオレたちは義兄弟となる。オレはオオクニさまと義親子の契を交わさなかった。やっとカムド族となる』
 イセヒコは、にっこりとほほえむ。笑顔に怯むミナカタヌシ。握りあった手が離れ、目が泳ぐ。女顔。ササヒメに似た顔がほほえみながら近づく。
『ちゃんと兄神と呼ぶんだ、ぞ』
『オ、イオイ、なにを言ってるのだぞ。イセヒコは年下ぞ。なぜ、兄神と呼ばなければならないのだぞ』
『ササヒメの兄神だからだ、ぞ』
『オイオイ、ササヒメを娶ったら、なぜ……』
『そうか。ならばササヒメを娶れない、ぞ。永遠に娶れない、ぞ。』
『……』
 なにかわからない感情が湧き上がり、俯き、拳を強く握る。
『どうした、ミナカタ。兄神と呼ぶだけだ、ぞ』
『……あ、兄神』
『声が小さくて聞こえない、ぞ。陣中に聞こえるほどの大声でないと、永遠に聞こえない、ぞ』
 ミナカタヌシは大きく息を吸う。
『アーニーガーミィ』
『やっと聞こえた、ぞ。よかった、ぞ。やっとミナカタと義兄弟の契を交わせる、ぞ』
 イセヒコは長剣を構える。ミナカタヌシも渋々とカムドの剣を構える。剣を合わせ、そして剣を握る拳の甲を合わせる。
『ミナカタヌ……』
『違う、ぞ。兄神の名を先に発するんだ、ぞ』
 イセヒコを睨むミナカタヌシ。イセヒコは、にっこりとほほえむ。
『イセヒコとミナカタヌシは、イヅモの古(イニシエ)の神のもと、義兄弟の契を交わし、義兄弟の絆で結ばれる』
『ヨシヨシ。バカなミナカタもわかったようだ、ぞ。よかった、ぞ。ミナカタ、たがいがんばろう、ぞ』
 笑いながらイセヒコは陣幕を上げる。幕外で待つタカヒメとワカフツヌシ。
『じゃ、オレは本陣に向かうから。つぎは戦後の婚儀で遇おう』
 イセヒコが夜空を見あげる。つられてタカヒメも見あげる。
 雲天で、闇夜で月は見えない。
『月が雲に隠れてる。慎ましいな。タカヒメ、知ってるか。イセの国は雲が少ない。イセの国で月を見ながら、慎ましいタカヒメを想うかな』
『アホ、似あわぬことを言うな』
 イセヒコは笑いながら歩く。あとをタカヒメとワカフツヌシが続く。
『月の光は、オレを癒してくれる。がんばろうと思わせてくれる』
 ワカフツヌシも見あげる。心のなかで、もしかしたら見えるのかと思う。
『アホ、イヅモの神ならば、月に頼るな。月は天ツ……』言葉に詰まる。
 なにかわからない感情が湧き上がり、俯き、拳を強く握る。
 いつも湿度が高く、雲が湧き上がる稜威母(イヅモ)の国。海も、天も、心も、湧き上がる雲に隠れてる。
 イセヒコは、にっこりとほほえみ、ワカフツヌシに話しかける。
『ワカフツはオオクニさまと久々に遇うのか』
『はい。出立前に御挨拶と思いまして』
『あいかわらず、几帳面だ。戯言の通じない、つまらない。そんなイヅモの神とつきあうのは疲れるだろ。イセの国に来い』
『いえ、その……』
『アホ、黙れ』拳で目を擦り、見あげる。
『黙ったら、オレもつまらなくなる。そんなオレとつきあうか』
『つきあわない。いや、つきあってない』タカヒメはつっこむ。
 ワカフツヌシも心のなかでつっこむ。



 幕内に残されたミナカタヌシ。さらになにかわからない感情が湧き上がり、俯き、拳を強く握る。
 なぜ、イセヒコがオオクニヌシと義親子の契を交わさなかったか。ミナカタヌシはわからなかった。まったく、わからなかった。
 やっとわかった。心の雲がすーと退いた。イセヒコは、そんな武神。
 泪が出る。婚姻の嬉しい泪か、屈辱の悔しい泪か。なにかわからないが泪が出る。拳で目を擦り、見あげる。ミナカタヌシも、そんな武神。
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