34 最強の軍師クエビコ・前篇

文字数 3,492文字



「なんでタカヒメは、そんな使えない剣を佩びてるんだろう」
「た、確か、ミナカタが、タカヒメに授けた剣、と思う」
「え、え、ナニ、ナニ」
 はしゃいで疲れ、チョーつまらない話に飽き、私の肩に凭れ、うとうとしてたワカヒコくんが、タカヒメの名に慌て起きる。パブロフの犬か。
「タカちゃんも来たの、やっぱ来たの」
「まだ、来ないよ」ずれたヘアクリップを留めなおし、髪を撫でる。
「え、え、タカちゃんも来るの、やっぱ来るの」
「うーん。ワカヒコくんは来てほしくないんだ」
「来てほしくない。ゼッタイに来てほしくない」
「うーん。なんで来てほしくないの」
「怒るから。タカちゃん、スグに怒る」
 タカヒメとワカヒコくんの夫婦仲も大丈夫なんだろうか。
「女のコは好きな男のコにちょっかいしたくなるんだよ。いつも見てるからスグに」
「ツーちゃん、ヘン、ゼッタイにヘン。タカちゃんは、ボクが嫌いなんだよ、ゼッタイにボクが、ボクが、嫌い……」
 泪目になる。怒るタカヒメに、じぶんが嫌いなタカヒメに。タカヒメに怒られるじぶんに、タカヒメに嫌われるじぶんに泪が出る。
 タカヒメはツンデレだからしかたがない、と言いたいけれど。ワカヒコくんはタカヒメの、ツンデレの心情がわからない。私はなにも言わず、ワカヒコくんの髪を撫でる。
 おちついたワカヒコくんは、窓外を見る。流れる風景。

 東日本で、諏訪国で蛇行剣が見つかる。
 やはりミナカタヌシさんは物語の展開に関わる大事な鍵を持ってた。
 やはり世界の変化に関わる大事な鍵を持ってた。だから鎮められた。

 焼津駅を通り過ぎる。倭建命が野火を神剣で薙ぎ払った地。
 倭建命の征東往路は東海道の足柄坂(足柄峠)を越え、相模国の三浦半島から海路で捄野国(上総国)の房総半島へと渡る。だけど海神に祟られる。さきに進んだ弟橘姫の入水で海神は鎮められる。神話で、倭建命は足柄坂で吾妻(我が妻よ)、と偲んでる。べつの神話で、征東復路の碓氷坂(碓氷峠)で偲んでる。いずれ東海道の足柄坂と東山道の碓氷坂の東側は坂東、関東。妻の死んだ国、東国。
 倭建命の征東は、684年の伊豆大島の噴火と白鳳地震。685年の浅間山の噴火と重なる。弟橘姫は神様の祟りを鎮める贄となる。
 スマホを弄る。弟橘姫はニギハヤヒの後裔か。なんか嫌なかんじ。



 オオクニヌシさんは雑誌をずっと読んでる。雑誌で隠れ、表情はわからない。いや、わからないように雑誌でずっと隠してる。チラリと私を見ることもなく。なんか強ばった空気を纏ってる。どうしたんだろうか。

「ツ、ツクヨミ。エミシの剣と、クマソの剣は、ま、まだある」
 膝上の、クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。
 ワカヒコくんが泪目でジロリと睨む。そしてゴクリと唾を飲む。
 ワカヒコくんの心情はわかりやすい。
「い、稲荷山古墳で見つかった金錯銘鉄剣と、肥後国の、え、江田船山古墳で見つかった銀錯銘鉄刀、だ。同じときに、き、鍛えられ……」
 クエビコさんの口の処の[へ]の字を塞ぐ。
「ワカヒコくん、オオクニヌシさんの作った弁当を食べようか」
「ベントー、ベントー。おなかすいたー、すいたー」
 ワカヒコくんの目がランランと輝く。前席に置いてある風呂敷をガシと攫む。
 クエビコさんは目の処の[の]の字を細め、燥ぐワカヒコくんを見やる。私は「終わりね」と目で言い、クエビコさんは「わかった」と布で作られた頭を前に転がす。
 ……頷いた。動いた。クエビコさんは動ける。頭を抱きしめる。
「な、なんだ、ツクヨミ」
「クララ」
「ツ、ツクヨミ。オレの名は……」
「クララ」



 弁当箱を開けると、おにぎり、タコさんウインナー、たまご焼き、から揚げ。いーね、ザ・定番。オオクニヌシさんの料理のスキルはどんどんとあがる。私の剣力(タチカキ)はまだまだ。ワカヒコくんはパクパクと食べる。
「……ツクヨミさま。から揚げでなく、たつた揚げです」雑誌ごしで、ボソと一言。
 一言がオオクニヌシさんに纏う、強ばった空気を緩ませる。
「オ、オオ。神が、げ、験を担いだか」すかさず、クエビコさんが応える。
「クエビコ、験は蕃神の言うことです」
 雑誌を膝上に置き、眼鏡のブリッジを押さえ、クイと上げる。レンズが光る。
「そ、そうだ、そうだ。まちがった。が、願を立てたか。勝負に、でるか」
「なにを言ってるのかわからない」
 私はたつた揚げを食べる。おいしい。おいしすぎる。
 
**

『駅弁もいいけれど、旅費節約。オオクニヌシさんの作った弁当がいい』
『ツクヨミさまの希望はなんですか』
『定番は、おにぎり、タコさんウインナー、たまご焼き。そしてから揚げでしょ』
『から揚げ、ですか。できるだけ希望に応えます。ただ、ワタクシも2日でできるか』
 答えながら割烹着とノートPCを攫み、立ちあがり、神聖な台所へ向かう。

 私の一言で、今日の昼食のための、オオクニヌシさんの料理の修練が始まる。

**

 おにぎりを食べる。
「すごい。ベトベトでない、おにぎりのためにシットリした炊きかた。潰れてない米粒の甘い芳香。硬すぎない、柔らかすぎない握りかた。美しい正三角形。2日の修練で、専門店を越えたおにぎり」
 タコさんウインナーを食べる。
「メーカーの選びかたも、切りかたも、焼きかたもネットで調べてくれた。オオクニヌシさんは、やはりA型ね。コツコツと積みあげる修練に向いてる」
「嫌味でしょうか」上目でジロリと睨む。たつた揚げを挟んだ箸が止まる。
 栗田さんっぽくなっちゃったかな。わざとらしかったのかな。強ばった空気が気になって言いすぎちゃったかな。
 私の一言で、また、オオクニヌシさんが強ばった空気を纏う。
 だけど。
 私は悪くない。悪いことは言ってない。
「オオクニヌシさん、私の言うことを聞いてるの」
「聞いてます」
「聞いてない。前も東京は安心って言いたかった。今も私は剣技がうまくならないのに、なんでオオクニヌシさんは料理がうまくなるのか、コツを知りたかった。血液型のせいにしたのは悪かったと思うけれど、いつもソツなく熟すオオクニヌシさんが羨ま……」
 オオクニヌシさんは席を立ち上がり、デッキへ出ていく。
 オオクニヌシさんを、たつた揚げの挟んだ箸で追う。
 ワカヒコくんの箸が止める。
「ツーちゃんが悪い。ゼッタイに悪い。オオクニさまは、昔も今もジブンより、ミンナのためにガンバってるんだよ。だからボクもオオクニさまのために、ガンバろうって……」
「わかる」
 ワカヒコくんの言いたいことはわかる。ソツなく、はまずい。
「オ、オオクニが僻むのも、ツクヨミが、避けるのもわかる。オ、オレがキッカケとなってしまったが、た、他人事として言う。戦況を確かめ、戦局を、う、動かすために、戦法を変える」
「こういうの戦局というの」
 だけど。
 こんがらかった関係を直したい。うーん。恋愛経験のまったくない私は、どうすればいいのか。しかも敵(?)は神様。
「ツ、ツクヨミは、オオクニが、き、嫌いなのか」
「え、え、私、喋ってたの」
「と、時々、ツクヨミは思ってることを、しゃ、喋る」
「エー、ツーちゃん、オオクニさまが好きなの。エー、エー、ボクは捨てられたの、エー、エー、エー、ボクは弄ばれたの」
「弄んでません。捨ててません。だいたい、つきあってません。ワカヒコくんはタカヒメがいるでしょう」
「ナニ、ナニ。ミナカタのにーちゃんみたいに言わないでよ、モウ」
「図書館で神話を読んだでしょう。ワカヒコくんはタカヒメを娶って。そしてタカミムスヒの矢で……」
 言葉に詰まる。ワカヒコくんは神話で殺される。
「神話でボクは死んでるけれど、ボクは生きてるよ。神話はウソだよ、ウソ」
「でも、タカヒメに恋敵として殺されそうになったんだよ、私」ややこしくする。
「ツ、ツクヨミ。車内の、ひ、人が見てる」ややこしくなる。
 席を立ち上がり、言い争う私とワカヒコくんを見てる。クエビコさんを見てる。
 オトナの女とコドモの男のコの痴話喧嘩。喋るカカシの頭。
 私はたつた揚げを弁当箱に戻し、ごまかすように笑いながら、手を振りながらデッキに向かう。とりあえず戦局を動かす。仲なおり作戦。

 物語の展開が急すぎてついていけない。
 もしかしたらオオクニヌシさんのキャラ変も関わるのか。
 読者もついていけない急な展開。キャラ変。連載終了。設定も生かされず、伏線回収もされず、打切。よくあるパターン。
 いや、作者のほかにだれが連載終了を決めるのか、だれが打切を決めるのか。
 カラス衆が動いたのか。八咫烏はあったのか。某宗教は関わったのか。

 作者の無事を願い、後篇へ続く。
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