36 鎮められた神様

文字数 2,956文字



 なにごともなかったように和気藹々で弁当を食べる。
 とても天ツ神と国ツ神の大戦(オオイクサ)の前に、ニギハヤヒに色々なことを訊く旅行(?)と思えないくらい、のどか。
 なんか家族旅行。……か、家族でないか。目前のオオクニヌシさんを見る。
「たつた揚げもおいしいけれど、たまご焼きもおいしい」
「オイシイ、オイシイ」ワカヒコもおいしいらしい。
「ふわふわね」
「フワフワ、フワフワ」ワカヒコくんもフワフワらしい。
「ていねいに溶く、ていねいに濾す手間が、おししい、ふわふわのポイントです」
「なるほど」箸で挟んだ、たまご焼きを眺める。
「料理は、分析と修練を繰り返せば、必ず良い結果となります。あとは出かける前に、慌てず、ムダもなく、ミスもなく、いかに短時間で弁当を作るか」
 えーと。なんというか。
「シミュレーションどおりです」眼鏡のブリッジを押さえ、クイと上げる。
「……さすがオオクニヌシさん」
 言いたい言葉と、おいしいたまご焼きを呑みこむ。
「ありがとうございます」
「オオクニさまの作った弁当はオイシイ、すごくオイシイ」パクパクと食べる。
「ワカヒコもありがとう。ああ、ついてますよ」
 オオクニヌシさんは、ワカヒコくんの頬についた米粒を取り、じぶんの口にいれる。
 えーと。なんというか。
 弁当を食べない(食べられない)クエビコさんは喋りたく、口の処の[へ]の字を縦に横に伸ばす。いわゆる、パクパクとしてる。



「ツクヨミさま、おもしろい記事がありましたよ。さきの会話を聞きながら読んでた雑誌ですが」
 オオクニヌシさんが雑誌を見せる。会話に加わりたいオーラが見える。
「……リニア新幹線の2027年開業は難しすぎる」
 右手におにぎり。左手で雑誌を受けとり、読む。
 リニア新幹線は全線の86%がトンネル。問題は赤石山脈(南アルプス)の掘削工事。
 赤石山脈の、西側に中央構造線、東側に糸魚川静岡構造線がある。リニア新幹線のトンネルの掘削工事で、中央構造線と糸魚川静岡構造線の、ふたつの断層を貫く。
 1930年の北伊豆地震の原因は、丹那断層を貫いた東海道本線の丹那トンネルの掘削工事と考えられる。
 糸魚川静岡構造線は北米プレートとユーラシアプレートの境界、中央地溝帯(フォッサマグナ)の境界。強い力によりズレた断層が線状になると構造線。面状になると構造帯。沈んだ構造帯を地溝帯という。中央地溝帯は日本列島で最大の地溝帯。

 地殻変動で大陸から離れた日本列島。
 約2300万年前に日本列島は西日本と東日本のふたつの島に別れ、狭間は海だった。狭間に土砂が溜まり、断層運動で西日本と東日本の島が寄せられ、勢い、土砂が盛り上がり、約530万年前に日本列島となる。糸魚川静岡構造線は西日本と東日本の境界。狭間の海が中央地溝帯。土砂とともにマグマも寄せられ、中央地溝帯は火山が多い。

「ア、アラタマの川、だ」
 クエビコさんに言われ、窓外を見る。天龍(天竜)川だ。
 天龍川は、諏訪湖の湖水が赤石山脈と木曽山脈(中央アルプス)の間を流れる暴れ川。天から降った雨が諏訪湖に溜まり、さらに暴れる龍にように流れるので、天龍川。[龍][竜]のつく地名は水害や土砂災害が起きやすい。災害地名。
 龍(成体)の幼体の蛇。[蛇]のつく地名も水害や土砂災害が起きやすい。蛇崩は、地中の水を司る大蛇が現れて起きた土砂災害。
 地中の龍や大蛇が暴れ、地震が起きる。
諏訪湖は中央構造線と糸魚川静岡構造線の交差点にある断層湖。諏訪湖を囲むようにミナカタヌシさんの祀る諏訪大社が建つ。天龍川の川岸も多数の諏訪神社が建つ。
 中央地溝帯は火山だけでない。縄文時代の住居遺跡も多い。人は火山とともにあった。縄文時代の全人口の1/3が、中央地溝帯の火山の山麓に住んだ。武蔵国、毛野国も中央地溝帯にある。
 祭祀遺跡も多い。農耕のための集会場の神社と異なる。巨岩を畏み祀る祭祀遺跡。噴火で現れた噴石(巨岩)。のちも絶えない台風で現れた切岸、断崖。絶えない地震で現れた露頭(巨岩/断層)。巨岩信仰は噴火や地震の畏怖と、火や地の生気や生力の畏敬。湧水信仰も同じく畏敬。
 北伊豆地震は、じつは掘削工事時の大量の出水が原因。火山が湧水に関わるように、地震も水に関わる。

 九州地方から関東地方までの日本列島を貫く最大の構造線。最大の龍脈。
 諏訪湖までの西日本は地表で中央構造線が見られる。露頭、崖や滝が神体の神社が多い。巨岩の石神(イシカミ)信仰。中央地溝帯の土砂、富士山や浅間山などの火山灰(関東ローム)で隠れて東日本は見られない。時々、台風や地震で現れるけれど。
 土砂で隠れた東日本、とくに関東地方で石棒が神体の神社が多い。諏訪国が基点で広がった石棒の石神(シャクジン)信仰。狩猟の縄文時代と農耕の弥生時代の境目に現れた神様。シャクジンは、巨岩のイシカミと異なり、地震や噴火などの地を鎮める神様。
 つまり、……お、女のアレに、男の、ア、アレを挿して鎮める。
 私はコホンと咳。ストップ下品なネタ。

 神話で、ミカヅチヲはミナカタヌシさんを諏訪国に鎮める。鹿島神宮の要石はチョー長い石棒という。要石は龍や大蛇でなく、なぜか鯰を押さえつけてる。
 中ツ国の平国のあと、東国の平国の神様となり、地震を鎮める神様となる。だけど。ミカヅチヲは天ツ神に忌み嫌われ、天ノ川の川上に遂われる。
 じつはイザナギの剣に着いたカガヒコの血から生じた神様。天ツ神といえるのか。ワカフツヌシさんもカガヒコの血から生じた神様。さらに元・天ツ神の国ツ神。ややこしい。

 のちにミナカタヌシさんは武神として崇められる。



 中央構造線も古社が多い。常陸国一宮の鹿島神宮から、信濃国一宮の諏訪大社、三河国一宮の砥鹿神社、志摩国一宮の伊射波神社、伊勢国の神宮、紀伊国一宮の日前神宮国懸神宮、丹生都比売神社、伊太祁曽神社、阿波国一宮の大麻比古神社、豊後国一宮の西寒多神社、阿蘇国一宮の阿蘇神社、薩摩国一宮の新田神社へと至る。
 西日本と東日本の島を地下で結んだ中央構造線は、凝り固まった古い断層で、断層運動は少なく、地震は少ない。とくに少ない地(龍穴)に建つ。
 まあ、壊れないから古社なんだけど。
「だけど2016年に熊本地震が起きた。中央構造線に建つ阿蘇神社が壊れた」
「日奈久断層と布田川断層が震源です。九州の中央構造線も火山灰で隠れてます。地下に隠れた断層を見つけることはたんへんといいます。地震が起き、新しい断層を見つかることもあります。また、地震が起き、新しい断層ができることもあります」
 断層型地震。または内陸型地震、直下型地震。1995年の兵庫県南部地震(阪神・淡路大震災)、2004年の新潟県中越地震、2008年の岩手・宮城内陸地震など。
「あ、あと、古(イニシエ)の社の建つ地は、古の神の祟りがなかった地でない。かつてあった地の、は、端堺に建てる。土地でなにかあったから、社を建てる」



 中央構造線は丹生もあり、丹砂を求め、ニウ族が九州北域から紀伊半島へと移る。丹砂は赤色硫化水銀。朱砂。丹生は丹砂の鉱脈。紀伊半島にニウヒメさんを祀った丹生神社が多い。丹生都比売神社のある紀伊国伊都郡(和歌山県伊都郡)は、伊都国(福岡県糸島市周辺と比定)が語源。
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