39 乗ってきた神・前篇

文字数 4,580文字



「あ、天ツ神は祟る古の神を隠す。鎮める。祀りあげる。クマノ(熊野)も、クマソ(熊曾)の地も同じ。国ツ神は、い、古の神を畏み祀る。祟りも恵みも、受けいれる。天ツ神は恵みだけを授かる」
 なぜか東日本の太平洋側に熊野神社が多い。だけど熊野信仰の熊野神社でない。
 忘れてたけれどスサノヲさんは台風の神様、カナヅチだけど海原を治める神様。
 台風で津波が寄せたきわに建つ、スサノヲさんを畏み祀った神社。スサノヲさん信仰の神社。前に、ここまで津波が寄せたから、さきまで逃げなさい。逃げられなかったならば境内に入りなさい、と。集会場でなく、避難場。
「ひ、避災、防災は難しい。減災のための社、だ」
「クエビコさん、ほんと神様なの」
「オ、オレは、わからない存在を教えるために作られた、カ、カカシの神、だ」
 布で作られたクエビコさんの頭が起きる。エッヘンってかんじ。
「……ウルサイ」ワカヒコくんが独り言ちる。
「ワ、ワカヒコくん、タコさんウインナーもおいしいよ」
 クエビコさんのムーな話にのってしまう。
 にっこりとほほえみながら、気になったことを調べる。ワカヒコくんはタコさんウインナーを食べながら、ジーと睨む。私は口角をピクピクと上げる。
「大阪の天気を見てるの。だから大丈夫」なんで大丈夫なんだろう。

 台風の神様のスサノヲさんは、なんで鍛冶の神様に、熊野の神様になったんだろう。

 スサノヲさんはスサの男。スサの王。荒ぶる雨や風、浪で、台風の神様。
[スサ]は水や風、浪の荒ぶる地。または朱砂(辰砂)の採れる地。川岸や海岸や、丹生の地名に多い。そして製鉄に関わる地名に多い。鞴によるタタラ製鉄の前は、強い風による野ダタラ。風が強く、野ダタラが行われた地。
 島根県出雲市の須佐神社はイナダヒメ(クシナダヒメ)の後裔一族が奉じる。スサノヲさんを祀る神社の本社という。後裔一族が、斐伊川の鉄穴流しに関わり、のちにスサノヲさんの八岐大蛇退治神話に関わる。ほんとうの祭神は一族の巫、巫神。
 和歌山県有田市の須佐神社は海人族が奉じる。台風の多い紀伊半島で、ほんとうの祭神は漁撈、航海の護り神。近所に伊太祁曽神社が建つ。祭神はイタケルで木種を齎す神様。またはイソタケルで木材(船材)に宿る神様。スサノヲさんの子神(随神)。神話で、オオクニヌシさんを根ノ国に導いたマガツヒさんと同神。だけど島根県の須佐神社は亀甲に柏紋。和歌山県の須佐神社は桃紋。たぶん関係のない2社。スサの地で崇められた神様がスサノヲさんと同神となる。
 スサノヲさんを祀る神社にスガ神社もある。[スガ]は川や海で土砂が溜まってできた地。洲(ス)、中洲。川が曲がりこんだ処、ふたつの川が合わさった処、海の奥まった処に水や風、浪が土砂を溜めてできる。洲の処(カ)。洲、中洲の地名で多い。
 島根県雲南市の須我神社は八岐大蛇退治後にスサノヲさんが「清々しい」といった地に建つ。ほんとうの祭神は奥宮に祀る須賀川の水神。
 和歌山県日高郡の須賀神社は祇園信仰の神社。たしか前に調べた。台風の神様のスサノヲさんは熊野信仰のほかに祇園信仰の神様。

 和歌山県新宮市阿須賀に阿須賀神社が建つ。熊野速玉大社の境外摂社。熊野信仰の発祥地で、自然崇拝の祭祀場に建つ。
 熊野権現御垂迹縁起で、熊野大神は古代中国の天台山の山神。まずは豊前国の英彦山に降りた。伊予国の石槌山、淡路国の諭鶴羽山と渡り、紀伊国の神倉神社に降り、阿須賀神社(または貴袮谷神社)に遷った。熊野大神は3柱に別れる。1柱は熊野川を遡り、中洲の大斎原に降りた。熊野本宮大社を建て祀った。留まった2柱は熊野速玉大社を建て祀った。阿須賀神社(または貴袮谷神社)は熊野川の川口の洲(浅洲処=阿須賀)に建ち、熊野川を遡った中洲に熊野本宮大社が建つ。
 熊野川の川口は天ツ軍の再上陸比定地のひとつ。
「神武天皇は、熊野大神のルートを辿ってきたんだ」
「ち、違う。クマノの神が、神武のルートを辿ってきた。神武東征神話が、ま、前だ」
「ほんとだ。熊野権現垂迹縁起は1163年。神話の後だ」スマホを弄る。
「さ、さらに何気にクマノの神は天台宗の権現となる。ハヤタマの神の本地仏は、ヤクシ(薬師如来)だ。クマノの神は天台宗とヤハタの神ともに、ト、トヨ(豊国)に始まる、と言いたいのだろう」
 豊国(豊前国・豊後国)は八幡神と天台宗の始まった地。ともに50代桓武天皇により天智系皇統の護り神、護り佛となる。熊野信仰の東方信仰も薬師如来の浄土信仰。さらに天台宗の密教で薬師如来は釈迦如来と大日如来と同佛となる。
「高天原の日神の本地仏は、大日如来。天武系皇統の神宮も熊野信仰でまとめたわけか。かなり慮った設定」
 蓬莱山の山麓に建つ阿須賀神社の祭神は徐福の説もある。徐福の宮がある。あと、熊野川の川口はニギハヤヒの後裔一族の奉じた大上神社がある。クエビコさんも、オオクニヌシさんも言ってたけれど、熊野大神は様々な神様、佛様が合わさる。

 熊野(クマノ)は、神様が隠れる地、神様を隠す地の隠野(コモリノ/コモルノ)が語源。じつはもうひとつある。
 もとは隅野(グウノ/グノ)で、山地。または広い地、豊かな地、果ての地。[隅]の語源は囲まれた地、奥地、見えない地。
 もとは隈野(クマノ)で、川が曲がりこんだ地。または山の奥まった地。[隈]の語源は濃いと淡いの間。明るいと暗いの間。間をはっきりとすることで、濃淡、明暗をはっきりとさせる。隈取。
[隅]も[隈]も山と平、平と海の境目となる崖や岸。崖や岸の地名に多い。段のある土の山のこざとへんと、[禺]はサル(オナガザル)、または頭の大きいムシ、ヘビの象形文字。人の形のモノ。デク。[畏]は杖を持つ鬼の象形文字。異形のモノ。



 同じ土地に住めば地勢(地質・地形)や気候に対する感情は似る。そんな感情の共有が、記憶や記録の共有、意識や知識の共有となり、共有の神様を創る。地主神。
 神様は、だれのために、なにのために創られるのか。神様は、自然のなかで人が生き続けるために創られる。
 島根県と和歌山県にイザナミさまやスサノヲさんを祀る神社が多い。諸説はある。イヅモ族の移住と分祀説。九州北域の同じ一族が別れ住み、祀った説。それぞれの地の異なる一族が祀った神様が、神話で神名を、社名を変えた(変えられた)説。神様は、ムラ社会のなかで人が人を治め続けるために創られる。

 明治政府は廃仏毀釈とともに神社合祀を行った。たくさんの神社がまとめられ、たくさんの祭神が高天原の日神と変った。ほんとうの祭神は、地主神として稲作を行わない土地の神社の祭神も変わった。またはほんとうの祭神は合祀で祀られず、摂社末社で祀りなおされず、隠された。



 農耕(稲作)による定住化で村(ムラ社会)ができる。神社が建つ。神様は、大きな村の権力者に、村長(ボスザル)に変えられる。隠される。
 スマホを膝上に置く。溜息をつく。なんかじぶんの設定が悲しい。
 スマホの隣の、クエビコさんの目の処の[の]の字がキラリと光る。
「い、古の神は、隠される。わ、忘れられる。隠された、忘れられた神は……」
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ」
 ワカヒコくんがクエビコさんの頭を攫み、振りまわす。
「ワ、ワカヒコ、ウルサイぞッ。ようやく、じ、地震の神の、は、話を……」
 振りまわされながらクエビコさんが叫ぶ。
「クエビコさん、叫ばないで。ワカヒコくん、振りまわさないで。みんなが見てる」
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ」
「ワカヒコ、やめなさい」オオクニヌシさんが笑いながら止める。
「か、か、火山の神もッ、地震の神もッ、アサマの神もッ、す、すべ……」
 クエビコさんの叫び声が車内に響く。騒めく車内。
「ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ、ウルサイ」
「ワカヒコ、やめなさい」
 オオクニヌシさんがワカヒコくんの腕を攫み、止める。笑ってない。
 そして見あげる。
 ドゴッ。
 なんか上で音が聞こえ、私も見あげる。なんか上に降りたような音。上で歩くような音。時速、約300kmの新幹線の上だ。
 車内が騒めく。アナウンスが流れる。車両点検のため、名古屋駅で暫く停まるという。
「す、すべて断層の神、だッ。隠された、わ、忘れられた古の神、だッ」
 ……なんか……。忘れたい神が現れる。
「「「……シヤシコヤぁ。アーシヤコシヤぁ。エーシヤシコヤぁ……」」」
 風切音とともに足音が聞こえる。見あげる。
「し、神話で、地震の神は、なゐふるの神という。[なゐ]は居る土地、ふ、[ふる]は震える。つ、つまり……」
 風切音が車内に響く。さらに騒めく。
 ワカヒコくんに攫まれたまま、クエビコさんは話しつづける。
「クエビコさん」
「つ、つまり居る土地が、ふ、震える」
 不安定になった車両が震える。さらに騒めく。
 クエビコさんを攫んだまま、ワカヒコくんも見あげる。
「クエビコさん」
「な、なんだ、ツクヨミ。やっと話せるのに、と、止めるな」
「トまるー、トまるー」ワカヒコくんが歌う。
「「「……シヤシコヤぁ。エーシヤコシヤぁ。アーシヤシコヤぁ……」」」
「トまるー、トットとトまるー、トまるー、トットとトまるー」
 ワカヒコくんは歌いながらクエビコさんの頭を私に渡し、弁当を片づける。オオクニヌシさんは網棚の竹刀袋、私のバックパックを取る。
「上にアマノクメ組三男神がいる。歌ってる。名古屋駅で降りるから」
 クエビコさんと弁当箱を防具袋に入れ、ワカヒコくんに渡す。バックパックの品物比礼を出す。考え、ブレスレットを隠すように左腕に巻く。
 大阪旅行は、いきなりと行先変更。まあ、私達が居ると人に迷惑をかけるので。
「しかたがないですね」
「ベントーオアヅケー、オイシイベントー、オイシイベントーオアヅケー」
 クエビコさんと弁当箱の入った防具袋を抱えたワカヒコくんは歌いながら、さきにデッキに向かう。私もバックパックを背おう。騒めく声を聞きながらデッキに向かう。
 隠世(カクシヨ)に隠れてないので、ドアが開かないと出られない。浜名湖は過ぎた。名古屋駅まで、あとちょっと。
 ドアの窓外を見る。流れる風景。上のほうを見るけれど、なにも見えない。
「カカカぁ。見つけたぁ」
 走ってる新幹線の、ドアの窓外で声が聞こえる。
「クククぅ。おれも見つけたぁ」
「……」
 ドアを抜け、入ってくる。私の右隣で声が聞こえる。隠世に隠れてるので見えない。
「ケケケぇ。どこにいるぅ」
 左隣のちょっと離れて声が聞こえる。どうも客室を捜してる。
「こんな処で戦うつもりか」体が強ばる。
 後方にひっぱられる。
 反対側のドアに構えてたオオクニヌシさんの懐に転がりこむ。左腕に抱えられ、標縄を巻きつけた右腕を掲げる。手に榊。右腕のブレスレットの翡翠が光る。
「オオクニ様」ワカヒコくんがぐるっと標縄で私達を巻き締める。
「ツクヨミ様、夜ノ国に隠れます」
 神籬は、祭祀時に張る仮設の神域。
 マダケの籬(垣)を四隅に立て、標縄を張る。中央に榊の賢木を立てる。榊の枝に絲(垂)を垂らす。神籬(カムガキ)。
 神域は、人の居る現世(昼ノ国/ウツシヨ)と神様の隠れる隠世(夜ノ国/カクシヨ)が交わる処。神域を通り、隠世に私達は隠れる。周囲が夜のように暗くなり、音が籠って聞こえる。
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