25 タカヒメの不覚

文字数 2,141文字



 出雲国東域と、出雲国西域の境目となる伊我山(峯寺山)。
 出雲国西域でナモチを中心とする勢力ができ、カムド族となる。東域にコトシロヌシを崇めるオウ族。コトシロヌシがナモチと義親子となり、出雲国はひとつの国となる。コトシロヌシに出雲国を任し、義親子となった元・天ツ神ホヒヒコにオウ族を任し、ナモチはオオクニヌシを名のり、勢力拡大を進める。大国主となるために。

 版図を描いた伊我山の山腹の出雲国御門屋(三刀屋)に、西の軍が本陣を構える。



 タカヒメが本陣に着いたとき、すでに戦は終わってた。戦火で陣屋は燃え、屍が累々と横たわってた。全滅。援軍は間にあわなかった。
 雲で月も星も隠れてる。雨も雷も止んでるが、空気が重い。風が冷たい。闇夜のなか、本陣だけが炎で明るい。近づくと暖かい炎に、タカヒメはやるせなくなる。気が重い。
 天ツ軍はいない。タカヒメは後陣のホヒヒコ軍の構えるほうを見る。しかし夜襲に備えたか、燎は灯てない。闇夜が広がってる。
『速攻だな。ワタシたちが海を惚け眺めてたとき、動いたわけか』
『はい、ようですね。……姫、コトシロさまは、なぜ、夜行軍に気づき、なぜ、前陣のミナカタさまに伝えなかったのでしょうか。オウの海(意宇の海/宍道湖)は前陣のほうが近いはず』
 タカヒメ軍が同胞(ハラカラ)の屍を抱え、掘った穴に落とす。戦火が風で煽られて拡がり、陣屋に近づけない。どれだけの屍があるかわからない。
『わからない。すべてわからない。いったい、なにがあった。ワカフツ、天ツ軍はイナサの浜(伊耶佐の浜)からの上陸でなかったのか。だから前陣を固めたのでなかったのか』
 炎に、タカヒメの泪が照らされる。ふと、ワカフツヌシが頭を上げる。
『どうした、ワカフツ』
『はい、姫。夜行軍のつぎの目的は、……急ぎましょう』
 タカヒメも泪を拭い、頭を上げる。
『月が見えない。風が強い。時を待ってたのか。兄神へ使い鳥を。ノヅチ衆は戻る、と』

 タカヒメが本陣に着いたとき、すでに天ツ軍はイヅモ水軍とワカヒコ軍を前後で挟むために動いてた。夜行軍は出雲国の地の利を知ってた。国ツ軍の軍形、軍術を知ってた。本陣の、軍将コトシロヌシの不在を知ってた。野戦に長けたタカヒメ軍を、動かした。
『……うらぎり、か』



 闇夜の伊耶佐の浜に天ツ軍の火船が突っこんでくる。海風と高潮で、係留中のイヅモ水軍の軍船にぶつかり、火が移る。炎の壁を抜けて天ツ軍の軍船が着けられる。海戦、夜戦に長けたイヅモ水軍が苦戦を強いられる。足を引っぱったのは初戦のワカヒコ軍。叫びまわり、逃げまわり、ミナカタヌシの命じる声も聞こえてない。
『オイオイ、おちつくぞ。ワカヒコは退がるぞ。前はイヅモ水軍が抑えるぞ。ワカヒコ軍は退がるんだぞ』
『ダメ、ダメ。戦う。ボクは戦う。ボクはイヅモの神だ。そして武功をあげる。そして、そしてタカちゃんにカッコイイって言ってもらう。武神と認めてもらう』
 前に進むワカヒコをミナカタヌシが遮る。しかしワカヒコは遮る手を避ける。
『ダメダメ、イヅモの神は戦う神でないぞ。イヅモの国を護る神ぞ。武神はうわべだけのかっこいい神でないぞ』
 ワカヒコの肩を引くミナカタヌシ。抗うワカヒコ。
『ダメダメ、ワカヒコ。進んだらダメだぞ。退がるんだぞ』
『退がらない、ゼッタイ、進む。負けない、ゼッタイ、勝つ。ガンバる、ガンバる。父神に、ボクはガンバるって言った、言ったんだ』
『ダメダメ、頭が進んだら、体も進んでしまうぞ』
 ワカヒコは剣を構え、砂浜を進む。まわりのワカヒコ軍も進む。

 闇夜の空に稲妻が走る。ワカヒコが眩しくて目を閉じる。

 目をゆっくりと開く。見あげる。闇夜の空に剣が現れ、目前の砂浜に刺さる。
『……な、なに……』
 驚いて退く。剣のうえに巨躯の天ツ神が現れる。
『天神ワカヒコ。元気、か』
『……ミ、ミカヅチヲ。なんで、ここに、いる……』
『そうか。天神ワカヒコは、長く葦原に居た。だから。翔ぶことを忘れたよう、だ』
 ミカヅチヲは剣のうえに座ってる。いや、空中に浮いてる。浮いてるミカヅチヲのしたに剣がある。威圧。漲る神威で空気が凍り、息ができない。
『地祇コトシロヌシは、降伏を申しでた。ワレも、殺生は好まない。だから。降伏を受けいれた』
 ミナカタヌシがワカヒコに近づく。退がるように言い、ワカヒコはゆっくりと退がる。
『ほう。多少の神力(カムリキ)を、感じる。多少の剣力(タチカキ)を、感じる。しかし。たかが地祇、だ』
 ミナカタヌシがカムドの剣を構える。
『真の剣神は、剣を抜かない。剣のうえに、座る』ミカヅチヲは豪快に笑う。
『すでに葦原は天神に、譲られた。だから。戦は、終わった』
『イヤイヤ、国ツ軍は負けてないぞ。戦は終わってないぞ』
 ミナカタヌシがにじりよる。
 ミカヅチヲは憤怒の顔で睨む。轟く大声。迸る神威。北海を凍らせる大声と神威。
『ワレを塞ごうとする、か。ならば。倒す。地祇だろうと、天神だろうと倒す。なぜか。ワレが前に進むのにジャマだから、だ』
 炎と天ツ軍に圧され、イヅモ水軍が退がる。海戦、夜戦に長けたイヅモ水軍が退がる。早く陣形を整えないとまずい。西の軍が、イヅモ水軍が負けたらまずい。ミナカタヌシは焦る。顔を下げ、拳を握る。
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