06 ヌケた神イワドノヲ

文字数 1,645文字

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 紀伊国。紀伊平野の、岡ノ里という丘。
 丘頂に立つ天ツ軍東の軍将イヅメ。艶やかな袿姿の遊女風情。手に頭槌の剣を握る。武具を纏ってないぶん、剣が不気味に見える。
 両側に、仁王のように立つ副将のイワドノヲとタヂカラヲ。法衣のような白色の神衣。両側に立つ男神の無彩色がさらに妖艶なイヅメを彩たてる。
 タカクラジを見おくり、イワドノヲがイヅメの前に立つ。
『イヅメさま、キイ国はカラス衆に任せ、早く参りましょう。ワタヒコが待っております』
『イワイワ、ブサイクな顔がジャマ。退いて。星が見えないじゃない』
『見えるのでござりますか』驚き、夜空を煽り見る。
 紀伊国も曇天で、星も月も見えない。イワドノヲが目を凝らす。
 天ツ軍大軍将オモヒカネの巫神イヅメの神威は雲も通す。まさに神眼。さすが巫神。
『雲がジャマで見えるわけないじゃん』
『見えないのでござりますか』驚き、イヅメを見る。
『あー、ヌケたブサイクな顔もジャマ』イヅメが咽ぶ。
『ヌケたブサイクな顔と言われましても……』イワドノヲが惑う。
『……』タヂカラヲが嘲うように口角を上げる。

 河内国草香からの上陸をツクヨミの率いるトミビコ軍に塞がれて退軍。紀伊国からの上陸を謀る。天ツ軍主軍のクメ水軍は紀伊水道を進んでる。時空間を翔べる天ツ神3柱は、天ツ軍軍師シオツチオジの下命に従い、さきに岡ノ里に翔び、ニギハヤヒ、タカクラジと遇う。

 紀伊半島の中央に大和国があり、南西に紀伊国、南東に伊勢国と志摩国がある。天ツ軍の、東の軍の目的は大和国平国のほかに、伊勢国平国もある。
 紀伊国は抗う国ツ神が多い。しかし条件次第で国ツ神や、日和な熊野のカラス衆は順う。まとまってないぶん、ツクヨミを殺せばバラバラとなる。平国は易い。
 河内国のニギハヤヒは大和国の統治権をチラつかせて騙した。交戦中に紛らせてウズヒコを潜らせた。ツクヨミをトミビコ軍と離した。紀の川でクメ水軍とカラス衆をいれかえた。ツクヨミをタカクラジの隠れる熊野国に誘った。
 ウズヒコが大和国で檜隈の姫と遇い、タカクラジがツクヨミを殺し、カラス衆が天ツ軍を導く。紀伊山を越えれば大和国。イヅメが天ツ軍を迎える。アヤ族は長の檜隈の姫しだい。ニギハヤヒはどうでもいい。

『退軍も、シオツチのジジイの謀(ハカリゴト)どおり、ということね』
 シオツチオジは事実上出雲国の統治下の伊勢国と志摩国の平国に悩んでた。2国は、伊豆半島、房総半島の海路、東海道の陸路と天ツ軍進軍のための要衝地となる。征東を進めるために伊勢国と志摩国が欲しい。
 伊勢国は磯(イソ)の国。海人のイソ族は伊勢の海(伊勢湾と三河湾)の志摩半島、知多半島、渥美半島、そして島々にバラバラに住む。ゆえにまとまりにくい。オオクニヌシがまとめる前に、オオクニヌシが国ツ軍東の軍将に就く前に手にいれたい。
 まずは熊野国でツクヨミの首(シルシ)を晒せば隣国2国の戦意は下がる。つぎはどうするか。シオツチオジが倦ねてたとき、伊勢の海の、神人のワタヒコからの使い鳥。
 葦原は、神と人、そして神人がいる。神威が有れば神と成り、一族の長と成る。無ければ人と成る。神人は神に焦がれ、一族と離れ、古(イニシエ)の神に仕える。神威を得るため、神に成るため、仕える神を替える。熊野大神に仕えるカラス衆、伊勢大神に仕えるイソのクモ衆。
 ワタヒコはイソのクモ衆の頭。シオツチオジはイヅメに命じる。
『誑し作戦。イヅメの虜(ファン)が増えて困っちゃうけれど』
 イヅメは頭槌の剣を北極星に翳す。
『北辰の神も、イヅメの魅力にメロメロね』
『見えるのでござりますか』驚き、夜空を煽り見る。
『雲がジャマで見えるわけないじゃん』
『見えないのでございますか』驚き、イヅメを見る。
『あー、ジャマジャマドレモ。雲もジャマジャマ。イワイワもジャマジャマ。ヌケたブサイクな顔も、雲も退けて』イヅメが咽ぶ。
『退けて、と言われましても……』イワドノヲが惑う。
『……』タヂカラヲが曇で見えないはずの北極星を見つめる。
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