26 不遇のミナカタヌシ
文字数 2,217文字
*
タカヒメ軍は夜行軍を追う。
前後を天ツ軍に挟まれたら、いくらミナカタヌシといえど苦戦を強いられる。陸戦経験の少ないイヅモ水軍、初戦が夜戦というワカヒコ軍。軍力以上に、挟まれたいう動揺、混乱。タカヒメは焦る。
『地の利を知ってるならば。クルスの山(久留須山/栗栖山)を越える。ワカフツ、ノヅチ衆を離す。翔ぶぞ』
『はい』
タカヒメ軍はノヅチ衆という神人で成る。統制力、戦闘力は高く、なによりも命じなくてもタカヒメの思うとおり動く。はじめワカフツヌシは驚いたが、最も動き、最も修練に励むタカヒメに惹かれ、命じなくても動き、修練に励む。さらに驚いたのは一体行動。タカヒメを頭に、蛇のように動きまわる。頭がなくても体は動きまわる。
オオクニヌシと異なるタカヒメの魅力に惹かれ、ワカフツヌシは随神となる。
『見えた、しんがり』思ったとおり久留須山で夜行軍を見つける。
タカヒメが斬り込む。下り山道で不意を突かれた夜行軍が乱れる。
タカヒメが斬り進む。後方のタカヒメに気が向いたとき、ワカフツヌシは前方に周り、斬り込む。阿吽の呼吸。前後両方に押されて陣形が横に広がる。整えて囲まれる前に、どれだけ、斬る込むか。ひたすら、斬り進む。
『弱い。こんな弱い軍に、本陣は落ちたのか』
『いえ、統制がとれてません。頭がいません』
『頭は軍を捨てたのか、逃げたのか。夜行軍は本陣を潰すだけが目的か』
タカヒメは考える。
夜行軍は陣形を整えられないまま、ただ、乱される。
『……違う』
タカヒメ軍を引きつけるための囮の軍だ。頭が率いる軍は、さらに別にある。
意宇の海でコトシロ軍と戦い、簸の川(斐伊川)を遡り、御門屋(三刀屋)の本陣を、……違う。神門の川(神戸川)だ。頭が率いる軍は、つぎの目的のためにすでに動いてる。神門の川を下れば久那子(久奈子)の丘、伊耶佐の浜。やはり前陣も潰すため。
『ワカフツ、戻れ。ノヅチ衆とともにクルスの山を迂って行け。ワタシが片づける』
『はい。大丈夫ですか』
しかし潰したほうがいい。騙されたままで。頭が率いる軍の行軍が緩む。
『ツクヨミに笑われたくないだろう』
『はい。いえ、いえ。どうしたのですか』
『なぜかツクヨミの笑う顔が浮かんだ。もう、笑わせない』タカヒメは笑う。
『はい』ワカフツヌシも笑う。
タカヒメは夜行軍が地の利を知ってると思いこみ、なにも考えなかった己を悔やむ。自軍のことだけを考える。友軍、敵軍のことを考えない。戦局、戦場を鳥瞰で見ない。思いつくまま野原を駆けるだけ。
だからツクヨミに笑われる。だからツクヨミを越えられない。
タカヒメは、ミナカタヌシに授かったノヅチの剣で斬り込む。
『剣力(タチカキ)は、ワタシのほうが上だああああああッッ』タカヒメが叫ぶ。
**
『武神に成れ。剣技はオレに及ぼなくても、軍議はコトシロさまに及ばなくても、ミナカタは戦場を駆ける戦神に成れ。すれば武(タケ)キモノと成る。武神が駆ければ、戦は必ず勝つ。ミナカタは戦場を駆ける武神に成れ』
*
なぜかイセヒコの顔が浮かぶ。思わず顔をあげる。いるわけはない。
ミナカタヌシは戦場を、ゆっくりと見まわす。戦局を考える。
海の彼方にあった船影を考えると、揚がってきた軍船は少ない。見せかけの船影。つまり主力軍は本陣に向かった夜行軍。
ということは今の軍力は国ツ軍が勝る。目前の軍将を倒せばいい。いや、倒さなくてもいい。大事は国ツ軍の戦意を上げること。戦意を上げれば勝機はある。タカヒメ軍が戻るまで、己が血を吐こうと、地を這おうと、戦況を保てば国ツ軍は勝てる。強攻策に出る。
『ウムウム、ワレは、イヅモの国を護るイヅモの神ッ。戦場を駆ける武キモノ、武神ぞッ』
ミナカタヌシは、カムドの剣を大きく振りあげる。
『ヤアッヤアッ。ヤアッヤアッ。聞けッッ、イヅモ水軍ッ、ワカヒコ軍ッ。勝つためッ、イヅモの国を護るためッ、戦場をッ駆けるぞッッッッ』鬨を挙げる。
しだいイヅモ水軍の陣形が整う。天ツ軍を押し返す。ワカヒコ軍も踵を返す。
ミナカタヌシはミカヅチヲを睨む。カムドの剣を翳す。
『ヤアヤア、ミカヅチヲ、勝負ぞ』
『ほう。ワレの剣が感じたよう、だ。なるほど。ただの、地祇と異なるか』
『うおおおおおおッッ』渾身の力、剣力(タチカキ)を込める。
カムドの剣がミカヅチヲに斬りかかる。
しかし。
ミカヅチヲの剣が、操られるようにカムドの剣を弾く。弾かれたカムドの剣はミナカタヌシの手を離れ、砂浜に刺さる。
『ナニナニ、剣がかってに……』
『ワレの剣は、平国(クニムケ)の剣。そうだ。塞ぐ鬼神(オヌカミ)を、斬る剣。祓う剣。そうか。ヌシは鬼神、か』
ミナカタヌシが退がる。後方で鬨が聞こえる。
『ヨシヨシ、さすがぞ。タカヒメ軍が……』
ミナカタヌシが、気を前方のミカヅチヲから、後方の鬨へと移した瞬間。
ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を攫む。
『やはり。鬼神も、たかが地祇。戦場で気を外らせる。バカ地祇、だ』
ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を強く握る。ミカヅチヲの凍りつく神威がミナカタヌシの体を流れる。
『戦の女神が率いるッ、天神の、鬨だッ』
ミカヅチヲの神威がミナカタヌシの肉、血を凍らせる。ミナカタヌシが叫ぶ。
『うわああああああああッ』
『鬼神はッ、棲む国に、隠れろッ。もうにどと、現れる、なッ』
『うわああああああああああああああああッッ』
『鬼はッ、外に、去ねッ。二度と、出るなッ』
タカヒメ軍は夜行軍を追う。
前後を天ツ軍に挟まれたら、いくらミナカタヌシといえど苦戦を強いられる。陸戦経験の少ないイヅモ水軍、初戦が夜戦というワカヒコ軍。軍力以上に、挟まれたいう動揺、混乱。タカヒメは焦る。
『地の利を知ってるならば。クルスの山(久留須山/栗栖山)を越える。ワカフツ、ノヅチ衆を離す。翔ぶぞ』
『はい』
タカヒメ軍はノヅチ衆という神人で成る。統制力、戦闘力は高く、なによりも命じなくてもタカヒメの思うとおり動く。はじめワカフツヌシは驚いたが、最も動き、最も修練に励むタカヒメに惹かれ、命じなくても動き、修練に励む。さらに驚いたのは一体行動。タカヒメを頭に、蛇のように動きまわる。頭がなくても体は動きまわる。
オオクニヌシと異なるタカヒメの魅力に惹かれ、ワカフツヌシは随神となる。
『見えた、しんがり』思ったとおり久留須山で夜行軍を見つける。
タカヒメが斬り込む。下り山道で不意を突かれた夜行軍が乱れる。
タカヒメが斬り進む。後方のタカヒメに気が向いたとき、ワカフツヌシは前方に周り、斬り込む。阿吽の呼吸。前後両方に押されて陣形が横に広がる。整えて囲まれる前に、どれだけ、斬る込むか。ひたすら、斬り進む。
『弱い。こんな弱い軍に、本陣は落ちたのか』
『いえ、統制がとれてません。頭がいません』
『頭は軍を捨てたのか、逃げたのか。夜行軍は本陣を潰すだけが目的か』
タカヒメは考える。
夜行軍は陣形を整えられないまま、ただ、乱される。
『……違う』
タカヒメ軍を引きつけるための囮の軍だ。頭が率いる軍は、さらに別にある。
意宇の海でコトシロ軍と戦い、簸の川(斐伊川)を遡り、御門屋(三刀屋)の本陣を、……違う。神門の川(神戸川)だ。頭が率いる軍は、つぎの目的のためにすでに動いてる。神門の川を下れば久那子(久奈子)の丘、伊耶佐の浜。やはり前陣も潰すため。
『ワカフツ、戻れ。ノヅチ衆とともにクルスの山を迂って行け。ワタシが片づける』
『はい。大丈夫ですか』
しかし潰したほうがいい。騙されたままで。頭が率いる軍の行軍が緩む。
『ツクヨミに笑われたくないだろう』
『はい。いえ、いえ。どうしたのですか』
『なぜかツクヨミの笑う顔が浮かんだ。もう、笑わせない』タカヒメは笑う。
『はい』ワカフツヌシも笑う。
タカヒメは夜行軍が地の利を知ってると思いこみ、なにも考えなかった己を悔やむ。自軍のことだけを考える。友軍、敵軍のことを考えない。戦局、戦場を鳥瞰で見ない。思いつくまま野原を駆けるだけ。
だからツクヨミに笑われる。だからツクヨミを越えられない。
タカヒメは、ミナカタヌシに授かったノヅチの剣で斬り込む。
『剣力(タチカキ)は、ワタシのほうが上だああああああッッ』タカヒメが叫ぶ。
**
『武神に成れ。剣技はオレに及ぼなくても、軍議はコトシロさまに及ばなくても、ミナカタは戦場を駆ける戦神に成れ。すれば武(タケ)キモノと成る。武神が駆ければ、戦は必ず勝つ。ミナカタは戦場を駆ける武神に成れ』
*
なぜかイセヒコの顔が浮かぶ。思わず顔をあげる。いるわけはない。
ミナカタヌシは戦場を、ゆっくりと見まわす。戦局を考える。
海の彼方にあった船影を考えると、揚がってきた軍船は少ない。見せかけの船影。つまり主力軍は本陣に向かった夜行軍。
ということは今の軍力は国ツ軍が勝る。目前の軍将を倒せばいい。いや、倒さなくてもいい。大事は国ツ軍の戦意を上げること。戦意を上げれば勝機はある。タカヒメ軍が戻るまで、己が血を吐こうと、地を這おうと、戦況を保てば国ツ軍は勝てる。強攻策に出る。
『ウムウム、ワレは、イヅモの国を護るイヅモの神ッ。戦場を駆ける武キモノ、武神ぞッ』
ミナカタヌシは、カムドの剣を大きく振りあげる。
『ヤアッヤアッ。ヤアッヤアッ。聞けッッ、イヅモ水軍ッ、ワカヒコ軍ッ。勝つためッ、イヅモの国を護るためッ、戦場をッ駆けるぞッッッッ』鬨を挙げる。
しだいイヅモ水軍の陣形が整う。天ツ軍を押し返す。ワカヒコ軍も踵を返す。
ミナカタヌシはミカヅチヲを睨む。カムドの剣を翳す。
『ヤアヤア、ミカヅチヲ、勝負ぞ』
『ほう。ワレの剣が感じたよう、だ。なるほど。ただの、地祇と異なるか』
『うおおおおおおッッ』渾身の力、剣力(タチカキ)を込める。
カムドの剣がミカヅチヲに斬りかかる。
しかし。
ミカヅチヲの剣が、操られるようにカムドの剣を弾く。弾かれたカムドの剣はミナカタヌシの手を離れ、砂浜に刺さる。
『ナニナニ、剣がかってに……』
『ワレの剣は、平国(クニムケ)の剣。そうだ。塞ぐ鬼神(オヌカミ)を、斬る剣。祓う剣。そうか。ヌシは鬼神、か』
ミナカタヌシが退がる。後方で鬨が聞こえる。
『ヨシヨシ、さすがぞ。タカヒメ軍が……』
ミナカタヌシが、気を前方のミカヅチヲから、後方の鬨へと移した瞬間。
ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を攫む。
『やはり。鬼神も、たかが地祇。戦場で気を外らせる。バカ地祇、だ』
ミカヅチヲが、ミナカタヌシの両手を強く握る。ミカヅチヲの凍りつく神威がミナカタヌシの体を流れる。
『戦の女神が率いるッ、天神の、鬨だッ』
ミカヅチヲの神威がミナカタヌシの肉、血を凍らせる。ミナカタヌシが叫ぶ。
『うわああああああああッ』
『鬼神はッ、棲む国に、隠れろッ。もうにどと、現れる、なッ』
『うわああああああああああああああああッッ』
『鬼はッ、外に、去ねッ。二度と、出るなッ』