48 フビンな女神・前篇

文字数 3,026文字



 長い嘘(エイプリルフール)のような1日が終わる。
 安い旅館を探して泊まる。
 駅近のホテルは高い。今後の旅費を考えると、離れても安い旅館に泊まらなければならない。男神は神社の野宿でいいけれど、女神の私は、ねえ。
 まだ、1日も経ってない。今後の旅程を考えると、ムーな話だけでなく、ラブコメも進めなければならない。作者は自己満足でいいけれど、飽きっぽい読者は、ねえ。
 隣の男神のへやは、スサノヲさん、オオクニヌシさん、ワカフツヌシさん、ワカヒコくん、そしてカゲヒコさん。集い酒で宴会中。ワカヒコくんがかわいそう。女神のへやは、私、クエビコさん、私の頭上にフヨフヨと浮いてるキューピーちゃん。
 窓外の月を眺めながら、カゲヒコさんの言葉を思いだす。

**

 多度大社の境内に流れる落葉川。多度川、揖斐川、長良川と合わさり、伊勢湾へ流れる。御手洗所の石段を降り、川水で手を禊ぐ。
「できれば、まじめに話したいんだけれど」予め、カゲヒコさんの下心を制する。
「ウン、わかった、行きたくないが、二見シー、ぐ。……け、蹴るな、ツクヨミ」カゲヒコさんは脛を押さえる。
 抱きつこうと近づくカゲヒコさんを、低い位置からのローキック。振りむきながら、軸足もぶれないで見事に決まる。
「ごめん。つい、足が」
 カゲヒコさんは手が早いけれど、私は足が早い(速い)。
「カゲヒコさんは、昔のツクヨミが好きなんでしょう。顔は同じだけど、私は昔のツクヨミでない」



 石段を登り、参道を歩く。カゲヒコさんは、ちょっと離れて歩く。
「アー、なんの話だ。新婚旅行の話と思ってたのに」
「ツクヨミ、昔の、さらに昔のツクヨミの話。知ってるでしょう」
 クエビコさんも、オオクニヌシさんも知らないツクヨミ。葦原ノ中ツ国に降りるまえ、高天原のときのツクヨミ。
「アー、オレが知ってるのは葦原のときのツクヨミだ。高天原のときのツクヨミを知ってるのは、オレの知るかぎりで、ウン、爺様と、イザナギ様、イザナミ様。あとはオモヒカネ、くらいだ。……アー、まだいた。タヂカラヲだ」
 天石窟から高天原の日神を引きずり出した神様。天ツ軍東の軍の副将。

 タヂカラヲは神道の日神、佛教の不動明王、密教の大日如来、ヒンドゥー教のシヴァ神と同神同佛。そして浅間(センゲン)菩薩と同神。店長なみにナゾの多い神様。
 祀る神社も多い。まずは神宮内宮の相殿。
 つぎは信濃国水内郡(長野県長野市)の戸隠神社。だけどほんとうの祭神は須波(諏訪)神、つまりミナカタヌシさん。または九頭龍川の水神の九頭龍神。
 つぎは壱岐国石田郡(長崎県壱岐市)の天手長男神社。だけどほんとうの祭神は不明。
 つぎは熊野川の中洲の大斎原(オオユノハラ)に、かつてあった天手力男神社と、熊野本宮大社の末社の御戸開神社。
 熊野(クマノ)は、神様が隠れる地、神様を隠す地の隠野(コモリノ/コモルノ)。山地、広い地、豊かな地、果ての地の隅野(グウノ)。川が曲がりこんだ地、山の奥まった地の隈野(クマノ)が語源。
 じつはさらにもうひとつある。もとは熊野(ユヤ/イヤ)といい、湯谷(ユヤ)が地名の語源。山間の谷の温泉。大斎原は熊野本宮大社の旧社地。かつて川底で温泉が湧き、ユヤと呼ばれた当地に熊野の字をあてたという。前に調べた和歌山県御坊市熊野(イヤ)に建つ熊野(イヤ)神社。社伝で、出雲国から紀伊国へと熊野の神(熊野大神)の分祀の道中にイヅモ族が当地に留めたと伝える。
 熊野(イヤ)神社の近所に堅田遺跡がある。青銅器の鋳型と溶炉遺構は吉野ヶ里遺跡よりも古い。農耕文化は九州北域と、同時に瀬戸内海を通り、紀伊半島西域で始まる。
 紀伊国の熊野と出雲国の熊野のナゾが隠される。熊野川の川底で温泉が湧き、禊を行う。禊の護り神。冗長な論説の後だけど2社もほんとうの祭神は不明。
 つぎは紀伊国名草郡(和歌山県和歌山市)の力侍神社。ほんとうの祭神は不明。
 つぎは熊野速玉大社の末社の新宮神社に合祀となった鍵宮。熊野三山で、最もナゾの多い熊野速玉大社の鑰(鍵)となる神社だけど、ほんとうの祭神は不明。
 つぎは伊勢国多気郡(三重県多気郡)の佐那神社。天孫降臨神話で、伊勢国多気郡に座したとあり、タヂカラヲを祀る。ともにイワドノヲも祀る。
 つまりタヂカラヲを祀ってる、ほとんどの神社の、本当の祭神はべつの神様、または不明。最後は武蔵国豊島郡(東京都文京区)の湯島天満宮。旧名は湯島神社。学問の神様の菅原道真を祀ったのは1355年。本来の祭神は21代雄略天皇の祀ったタジカラヲ。一説に創建は458年。笑える。神名は有名。だけど祀る神社は不明。

 ついで。1884年に文京区向ヶ丘弥生町で、縄文土器でない土器が見つかった。
 縄目紋様が施された土器の縄文時代。町名で名づけられた弥生土器の弥生時代。町内で縄文土器も、旧石器時代の土器も見つかったけれど、弥生時代っぽいイメージとなる。
 弥生土器は農耕(稲作)の時代に造られた土器。造形も紋様も簡素で、食器や容器として造られた土器。縄文土器も食器や容器として造られた土器もあるけれど、なんのために(たぶん祭器のために)造られたかわからない土器もある。とくに東日本で見つかった噴火を表した火焔形土器。祭器でなく食器や容器として使われたものもあるけれど、やっぱ使いにくい。また、施された多種多様な縄目紋様もなにかしらメッセージがあるらしいけれど、いまだわからない。
 縄目紋様は同時代に造られた土偶も入墨のように施される。
 女を模した土偶が多い。コノハナサクヒメの火中出産。一説に火の力で浄化、無化を願うでなく、出産時の母の生を願う。安産、多産を願う。噴火の火の力を母に与える信仰という。母系社会の中で命を、血を継ぐ。

『じ、神武征東神話で、熊野で塞ぐ国ツ神は、なぜか女神。または女の族長、だ。石神(イシカミ)信仰は、地の、古の神の畏敬だ。水も、草木も、地から生じ、地へと還る。そして再び生じる。出生と死。さ、再生や蘇生の祭、だ。祭を司る巫が族長となり、母系血統の女が長を、信仰を継いだ。天ツ神は、順(マツラ)わぬ巫がジャマとなる』

 故意に壊した土偶も多い。形代。動物や植物を模した土偶も多い。豊漁や豊穣祈願と感謝。縄目紋様は、コトバのない時代の神様へメッセージかもしれない。

 タヂカラヲは神話により創られた神様。なんか神性のある神様でなく、なんか信仰のある神様でなく、なんかの神格化の神様でない。神話で創られ、社名の変えた神社の祭神として祀られる。なんか不憫な神様。

『イザナミ様に聞きましたが、忙しそうで』

「イザナミさまは私のことを言ってなかった。なにも教えてくれなかった」
「アー、言える、教える体じゃない。ウン、生きてるのがふしぎなくらいだ。爺様も、根ノ国に堕ちたあと、ずーと遇ってない。オオクニも、マガツヒも、たぶん遇ってない。アー、腐った体を見せたくない」
「で、でも、テレビを、テレビドラマを見てるって」
「アー、余生を楽しんで悪いか。ずーとがんばってきたんだ、地母神として。ウン、母神である前に、イザナミ様も女神。女神として楽しんで悪いか」
「ごめん」
「……アー、たぶん楽しんでない。暈けた頭で楽しめない。ウン、頭がさらに暈けないよう、がんばって見てる」
 世俗まみれでなかった。ワカヒコくんの年齢を超える、衝撃的設定。
 混乱とした頭を振り、オオクニヌシさんの言葉を思いだす。
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