56 泪目の男神・前篇

文字数 2,050文字



 コトシロヌシさんは国ツ軍西の軍軍将。天ツ軍に服し、出雲国造神賀詞によると、大和神となり、天ツ神の護り神となる。
 神話で、天ツ軍進軍のとき、呑気に美保崎で釣を楽しんでた。国を譲るように迫られ、畏まりましたと答えた。
 神話と[ミホ]の社名で、美保神社の祭神はコトシロヌシさんと、なぜか継母のミホメ。さらに釣の好きな神様の設定で、コトシロヌシさんはエビス神と同神となる。

『あ、青潮の彼方にある。潮で流されてくるのは、客神(マラウドノカミ)であったり、ま、客人(マラヒト)であったり、珍しいモノであったり。スクナヒコも流されてきた。い、古の戦でイナサの浜(伊那佐の浜)に、あ、天ツ軍が流されてきた。笑える』

 エビス神は潮に流され、浜に揚げられた寄り鯨の神格化。海の彼方から訪れ、福を齎す客神。福神。のちに漁撈(豊漁)の神様となり、商売(商売繁盛)の神様となる。
 美保神社はコトシロヌシ系エビス神を祀る神社の本社。
 じつはエビス神はコトシロヌシ系と、ヒルコ系がある。ヒルコ系エビス神を祀る神社の本社は西宮神社。ヒルコの説明はあとで。
 エビスは[恵比須]。ほかに[夷]、または[戎]。東国の東夷(蝦夷)、西国の西戎(熊曾)。つまり天ツ神に順わない神様。[夷]は訓読でころす。たいらげる。語意は滅ぼす。蹲る。つまり滅ぼす人。蹲る人。だけど[戎]は訓読でおおきい。語意は大きい。つまり大きい人。鹿児島県、宮崎県にダイダラボッチのような大人弥五郎の巨人伝説がある。一説に弥五郎のモデルは隼人の叛乱の指導者という。五郎は御霊が訛ったという。
 だけどクエビコさんとトミビコさんはコトシロヌシさんを疑った。本人(本神)は高天原にいるので真実はわからない。神話で、コトシロヌシさんは、天ツ神の天意に随いながら、天ノ逆手を打って逝った。コトシロヌシさん随ったといえるんだろうか。

『ホヒ族に、う、うらぎられた。コ、コトシロも、ホヒヒコをかわいがってた』
『クエビコどの、なにを仰いますか。コトシロヌシどのがうらぎったと言われますか』
『ト、トミビコも、責めた』
『違います。ワタシは、なんですぐに降伏を申しでたと責めただけでございます。コトシロヌシどのは忠義を立てる国ツ御神。うらぎるなんて……』
『さ、さらに、コトシロは天ツ神となり、高天原にいる。せ、戦況がわからないまま、戦は終わった。なにがいけなかったのか。オ、オレは軍師として西の負戦の原因を知りたい』

 オオクニヌシさんは、神話で中ツ国を譲ったあと、ミホメを娶り、国ツ神を率い、永遠に天ツ神に順うよう、タカミムスヒに命じられた。出雲神は神代も現代も永遠のナンチャラというのが好きらしい。
 島根旅行で行かなったけれど、黄泉比良坂の近所にイザナミさまを祀る揖夜神社がある。美保神社と中海を挟んだ対岸にある。

『イヅモ族と、イ、イヅモの神は関わらないから、な』
『イヅモ族とカムド族は違う。も、もとは、イヅモ族はホヒヒコに仕えるホヒ族、だ。さらにもとは、古(イニシエ)の神に仕えたオウ族。ホヒヒコは、オ、オオクニをキヅキの社に鎮めた』

「お、おかしい」クエビコさんの目の処の[の]の字を細める。
「クエビコさん、どうしたの」
「ワ、ワカフツに聞いた話と、神話が違う。ワカヒコは覚えてないという。イナサの浜の戦を知るのは、ワ、ワカフツだけだ」
「神話は天ツ神側の話だから、国ツ神側の話と違うんじゃない」
「エ、エトモ(恵伴/恵曇)の浦、オウの海(意宇の海/宍道湖)を渡り、ヒの川(斐伊川)を、さ、遡るつもりの天ツ軍と川口で戦ったならば、ほ、本陣は無事のはず、だ。ワカフツの言うとおり、なぜ、オウの海に近いミナカタを動かさず、み、みずからが動いた」
「クエビコさん、聞こえてるの」
「だ、だが、本陣は無事でなかった。コトシロは、た、戦ってない。動いてない。いや、神話どおり、ミホの岬へ動いたならば、わ、わかる。ミナカタよりも、コトシロのほうが近い。だが、なぜ、い、偽りの使いを飛ばした」
「クエビコさん、聞いてるの」
 クエビコさんの口の処の[へ]の字がひしゃげる。
「コ、コトシロはミホの岬へ動いた。タカヒメの言うとおり、天ツ軍はヒの川を遡り、軍将不在の、ほ、本陣を潰した。なぜ、コトシロは、ミ、ミホの岬へ動いた」
「カカシ、聞いてるか」
「う、うーむ。ミホの岬で天ツ神はコトシロと遇い、べつの天ツ神は、エトモの浦、ヒの川を遡り、本陣を……、いや、ち、違う。ミホの岬でコトシロと遇い、オウの入海、オウの海を……、い、いや、いや、違う。なにか違う」
「カカシ、投げ飛ばすぞ」
「そ、そうだ。天ツ神は翔べる。北海(日本海)も、オウの海も、ヒの川も渡らない。渡るのは軍だ。わ、わかったぞ、ツクヨミ」
 勢い、布で作られたクエビコさんの頭を攫み、投げてた。
 壁に当たり、コロコロと転がる。
「ツ、ツクヨミはオレの扱いが、ど、どんどんとぞんざいに、なる」
 クエビコさんの目の処の[の]の字が滲んでる。泪目。
「そう、かな」
 笑える。
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