125 願わない神・2篇

文字数 6,517文字



「ワカヒコ、乳ばなれしたか」
「……」
 タカヒメは睨み、ワカヒコくんは怯む。現世ならば車中で不良な女のコに絡まれる善良な男のコと見られるだろう。だけど隠世なので見られない。だけど見ためだけで1800000歳。女のコ、男のコでない。なによりもタカヒメを嗜める閑は、いや、暇はない。私とオオクニヌシさんは車窓にへばりつく。窓外を黒い影が、ヒダルが見える。急がないとヒダルが運転手を斬りつける。
「オオクニヌシさん、クエビコさん。電車を止める方法を即行で考えよう」
「か、かんたんだ。線路にだれか、例えばシコヲが立てばいい。かってに、と、止まる」
 クエビコさんの即答。神威の強いシコヲさんならば、もし、電車が止まらなくても翔んで避けられる。止まってほしいけれど。
「……わかった」眼鏡を外す。オオクニヌシさんの即応。
「非眼鏡男子のシコヲさん」ときめく。私の即興。
 オオクニヌシさんは意識下でシコヲさん、ナムヂさん、ウツシさんと変われる。ただ、オオクニヌシさんは変わってる時の記憶がないため、ちょっとメンドー。
「久々だ、ツクヨミ。翔ぶぞ」シコヲさんはときめく私の腕を攫む。
「はい」ときめく、ときめく。
「ワカヒコ、翔ぶぞ」タカヒメはいやがるワカヒコくんの腕を攫む。
「エーーーー」いやがる、いやがる。
 ワカヒコくんの叫び声を聞きながら、車体を通り抜ける。
 後方に流される。いや、電車が前方に進む。流されそうなクエビコさんの布で作られた頭を抱きしめる。私達は進む電車を追う。
 とんだ下車で、シン・翔んだカップル。ダブルカップル。笑える。

 国ツ神は空間移動(飛行移動)ができる。天ツ神はさらに時空間移動(瞬間移動)もできる。だけど神威の強弱差がある。時空間移動は距離、空間移動は速度と高度。オオクニヌシさんは空間移動はできるけれど疲れやすい。後のことを考えてしまう。修練を積んだ結果、シコヲさんの時は神威が強くなり、できる。やっぱ疲れやすいけれど、シコヲさんは後のことを考えない。昔は軽々とできたんだけど、歳をとったらしい。なんとなく笑える。私は神威が無い。ワカヒコくんは元・天ツ神だけど、神威が弱いので時空間移動はできない。空間移動はできる。やっぱ疲れる。



 カガセヲの降りた地に、べつの伝話がある。オウのカモ族が大和国から苦麻の地へと移ったとある。
 伊豆国の三島神社(三嶋大社)を東限に、オオヤマツミを祀る神社は西国(西日本)に多い。三島神社の以東でオオヤマツミを祀る神社は三島神社の分祀、または近代創建の神社。三島系という。そして三島神社の本来の祭神はコトシロヌシさん。だけど東国(東日本)でオオヤマツミを祀る神社、大山祇神社がある。大山祇神社の分祀で山祇系という。オウのカモ族が奉じた神社。じつは砂鉄の貯蔵場。採鉄の集会場。
 苦麻の地は、昔は陸奥国石城郡と常陸国に広がってたけれど、今は福島県双葉郡大熊町の夜ノ森くらい。近所に棚倉構造線があり、東日本(東国)と西日本(西国)の境堺、縄文文化と弥生文化の境堺、蝦夷の地の南限、アイヌ語の南限となる。
 国堺の資源は国間紛争の原因。

「大昔は砂鉄が、昔は石炭が採れた。鉱泉(温泉)が湧いた。ちょっと昔に原子力発電所ができた。資源を求め、ゴーイーストだ」
 電車を追いながら、左手で抱きしめたクエビコさんと話す。
 オオヤマツミは山神、島のある海も神域の海神(島神)。資源(山の幸や海の幸)を護る神様。東国を護る神様は、やがて西国を、西国のための資源を護る神様となる。護るのは主神(主観)がどちら側にいるかで変わる。
「オ、オウのカモ族は金砂(カナスナ)を求め、ゴーイーストだ。オウ族を名のった。金砂を献じ、オウ族の位階はあがった。コ、コトシロは天ツ神の神階(神位)にあがった。オウ族は金砂と金言でのしあがった。口の禍いで流され、く、口の倖いでのしあがった」
[幸]の字源が辛いので、書きかえ字。
「たしか奥州藤原氏族も砂鉄でのしあがった」クエビコさんの布で作られた頭を脇に抱えながら、スマホを弄る手が止まる。
「なんでクエビコさんはコトシロヌシさんを貶すの。……前に、タカヒメがコトシロヌシさんは軍術に長けてたと言ってたけれど、もしかしたらいじけてるとか」
「オ、オレは、……」口の処の[へ]の字をひしゃげる。

 460年、オウのカモ族の長(ヒトコトヌシ)は雄略天皇と葛城山で遭い、頭を下げないで土佐国(高知県)に流される。675年、天武天皇に佩剣を献じる。764年、最後の天武系皇統の孝謙天皇(重祚で称徳天皇)に流刑を免じられ、葛城一言主神社に祀られる。769年、天武系皇統が絶え、天智系皇統が復する。
 一説に、オウ族は神武天皇の皇別氏族という。だけど神話や史話に出たのは天武系皇統から天智系皇統へと変わるあたり。だいたい、神武天皇から開化天皇までは非実在。後裔一族も非実在となる。
 火山のない四国地方。だけどかつて伊予国(愛媛県)の石鎚山で火山活動があり、非火山性温泉が湧く。道後温泉が有名。日本列島は、いつも造山活動、火山活動、断層運動が起きる。日本列島は、どこも砂鉄が採れ、温泉が湧く。
 石鎚山はオウのカモ族の役小角(賀茂役君)が関わる。石鎚で山砂鉄を採る山。土佐国と伊予国の国境に聳える冠山を水源とする伊予川。別名を金砂(キンシャ)川といい、川砂鉄が採れる。砂鉄は金砂、または星砂という。砂鉄と星神は結ばれる。
「土佐神社を調べたとき、土佐国も星神を祀る神社が多いと思った。忘れてた」
 のちに別子銅山が見つかり、伊予川の別名は銅山川となる。

 流刑を免じられ、大和国に還ったオウのカモ族。やっぱ頭を下げず、順わず。砂鉄を求め、黒潮に流され、紀伊半島、伊豆半島、三浦半島、房総半島の総野国へ渡る。下総国豊田郡大生郷(茨城県常総市平町大生)に一言主神社が建つ。社伝で、桓武天皇の子の平城天皇が皇位を弟の嵯峨天皇に譲った809年創建と伝える。
 房総半島、とくに下総国(千葉県北域)も星神を祀る神社が多い。じつは下総国を治めた千葉氏族の北辰信仰(妙見信仰)の佛閣。明治政府の神佛判然(神佛分離)、佛教排斥(廃佛毀釈)で、妙見菩薩がアマノミナカヌシと代わり、神社と変わる。
 北辰信仰に関わらない、星神を祀る神社もある。なぜか神使がウサギ。
 北辰信仰の千葉氏族の紋は、なぜか月星紋。月と、星。

 そして常陸国行方郡大生郷(茨城県潮来市大生)に移り、オウ族を名のる。
 鹿島神宮の元宮といわれる大生神社が建つ。ミカヅチヲを祀るけれど、本来の祭神はわからない。社伝で、オウ族が大和国から常陸国へと移り、祖神を祀ったと伝える。
 一説に、鹿島神宮の本来の祭神は香島神という。香島(神島)の島神。
 伊予国の大山祇神社は瀬戸内海の大三島の島神を、摂津国の三島鴨神社は淀川の御島の島神を、伊豆国の三島神社は御島(大島などの伊豆諸島の火山島)の島神を祀る。山の幸の、資源の砂鉄を護る神様。
「島神の隣に祖神を祀った。コトシロヌシさんを祀ったわけか」
「い、いや、わからない」
「香取神宮も、本来の祭神は晡時臥山(朝房山)の山神。または香取海の海神。ダイダラボッチ。隣に覡の、または舵取師の神格化のワカフツヌシさんを祀ったわけか」
「わ、わからない。神性が変わり、神名が変わり、人格神が合わさると、ミケ(御饌)の神なみにややこしくなる。ミ、ミカヅチヲも、ワカフツも、コトシロも、トミの社の祭神も、奉じる人の都合が合わさると、祭神さえも変わる。さ、さらにややこしくなる」
 鹿島神宮の祭神は、島神の香島神、天ツ神の香島大神、ミカヅチヲと変わる。塞神のミカヅチヲの神性も、雷神、征東の神様、平国の神様と変わる。
「だ、だが、カガセヲは逆だ。神性も、神名も変わらない。ヒタチの国に降りた星神。はじめより天ツ神ながら悪しき神のままだ。ゆえに人格神も合わさらず、奉じられず、ケの国とともに、は、憚れ、隠され、忘れられた神、だ」



 電車を追い越す。

 香取神宮の祭神はワカフツヌシさん。晡時臥山を神体とする藤内神社の祭神もワカフツヌシさん。晡時臥山の山神や香取海の海神に、ダイダラボッチに仕える覡の神格化。なんとなくだけど、タカヒメを思いだす。性格的なダイダラボッチのタカヒメに随う。

 ワカフツヌシさんの神名は、常陸国の神話で普都(フツ)神、普津神。[普(暜)]の字源は立ち並ぶ人を表す並(竝)と日。日があまねく、ひろがるさま。普及、普遍など。
 いつのまにか剣神、征東の神様、平国の神様と変わる。山神や海神でなく、天ツ神に仕える。平国後に順い、譲った国ツ神を誉め、順わず、死んだ国ツ神を鎮め、祀りあげる。
 ワカフツヌシさんの別名はイワイヌシ。斎主、または伊波比主(イハヒヌシ)。
 沖縄県の地名で、伊波(イハ)がある。海浜に付けられた地名。語源は川や海で土砂の溜まってできた地をイーフ、イーハァといい、祭祀場となる。海津波や山津波を起こす海神や山神に仕える覡が祭祀主となり、暴れる神様を宥める。鎮めるでなく、宥める。
 主(ヌシ)は大人(ウシ)。国ツ神に多い。オオクニヌシさん、オオモノヌシ(トミビコさん)、コトシロヌシさん、ミナカタヌシさん、ヒトコトヌシ、そしてワカフツヌシさん。天ツ神はアマノミナカヌシくらい。国ツ神の統治は領(ウシ)はく、天ツ神の統治はシらす。天ツ神は、主は領はく統治者という。ゆえに天ツ神に葦原ノ中ツ国を譲るべき。葦原ノ中ツ国は天ツ神が統べ治めるべき、と。

『ツ、ツクヨミも、オオクニも、侵攻者の詭弁に惑わされるな。随うこと、順うことは思考を止めることだ。強者が、弱者の行動の前に思考を止めさせる。だ、だいたい、選択の代償と、戦意の代償は別けて考えるべき、だ。戦意に善いも悪いもないが、せ、攻めるほうと護るほうの戦意は異なる。代償は勝者と敗者で異なる。だが、せ、選択を強いたのは侵攻者、だ。侵攻がなければ、選択もない』

 琉球語も、アイヌ語も山をモリ、崖や岸、坂をヒラ(ピラ/ビラ)、川をナイという。
 黒潮で南方から流された人達。親潮で北方から流された人達。黒潮と親潮はぶつかって日本列島を離れる。離れる前に島に上がらなければならない。流された人達が平地を求める。集まる。征東の前に、一説に、縄文時代に全人口の1/3が住んだという。毛野国に南方の人達や北方の人達が住んでたという。
 もしかしたら故郷に還った人達もいたかもしれない。
 似た土地に住めば地勢(地質・地形)や気候に対する感情は似る。そんな長い感情の共有が、記憶や記録の共有、意識や知識の共有となり、共有の神様を創る。ルーチューの神様とアイヌ(エゾ)の神様はエミシの神様となる。

 香取神宮の第一摂社の側高神社。例祭の髭撫祭で有名。利根川の下流に多いソバタカ神社の本社。利根川は暴れ川で有名。祭神はわからない。一説に、香取神宮の祭神が随う姫神という。香取神宮も利根川の下流の亀甲(カメガセ)山に建つ。出雲神の亀甲紋。なんとなくだけど、タカヒメを思いだす。性格的な暴れ神のタカヒメに随う。がっちりとした体にぴっちりとした迷彩色のカットソーとカーゴパンツ。スキンヘッドに迷彩色のバンダナ。きれいに揃えた髭(くちひげ)。ストイックな神様。
 ついで。海や川が静かに土砂を溜めてできた地は須賀。スカ、スガ。スサノヲさんは台風の神様。荒(スサ)ぶ神様が、すがすがしい地と褒める。笑える。



 天白川が、川に架かる橋が見える。橋の前に踏切がある。

 石上神宮に奉じた一族が香取神宮に奉じ、香取海の海人族をまとめる。
 石上神宮の主神はミカヅチヲの佩剣(布都御魂大神)。神話で、ワカフツヌシさんはミカヅチヲの佩剣の神格化とある。だけど石上神宮の本来の社名は石上坐布留御魂神社で、主神は十種神宝の神格化の布留御魂大神。フツは剣で斬るさまを、フルは玉(魂)を振るさまを表す。死と再生を表す。石上神宮の宮伝で、4種の玉を振りながら、布瑠の神言を唱えると、病人が治り、死人が蘇ると伝える。鎮魂祭の祭具。
 そして布都御魂大神はニギハヤヒの佩剣の神格化。
 憚れ、隠され、忘れられた一族の長の、ニギハヤヒの死と再生。
 トミビコさんも、ニギハヤヒも憚れ、隠され、忘れられる。
 一説に、玉は日の象徴という。日が沈み、日が昇る。
 または真珠という。真珠も死と再生の象徴。高天原の女神に日神の座を献じ、死んだ地主の男神。死んだ日神を蘇らせる。日神の座を奪う。
 石上神宮は本殿がなく、拝殿の奥の布留高庭。今の本殿は1913年に建てられる。また、ミカヅチヲの佩剣も、十種神宝もなく、布留高庭で見つかった剣を布都御魂大神として祀る。偽物だらけ。本物か偽物かわからないけれど、大阪府の式内楯原神社、秋田県の唐松神社、京都府の伏見神宝神社に、十種神宝が祀られる。十種神宝のひとつ、品物之比礼(クサグサノモノノヒレ)は私が持ってる。もしかしたらのこりの十種神宝と佩剣は一族が持ってるかもしれない。だいたい、なんでオオクニヌシさんが品物之比礼を持ってたんだろうか。
 
 石上神宮も、鹿島神宮も、そして香取新宮も藤原氏族が奉じ、祭神を変える。祭祀も変える。鎮魂祭はニギハヤヒを蘇させず、なぜか高天原の日神の後裔のため行う。新嘗祭の前日祭となる。
 ニギハヤヒの佩剣の神様はミカヅチヲの佩剣の神様となり、ワカフツヌシさんとなる。
 国譲神話(古事記)で、ワカフツヌシさんは出ない。ミカヅチヲの別名が布都(フツ)神となり、ワカフツヌシさんの神性はミカヅチヲの神性に合わさる。
 鹿島神宮の宮伝で、韴(フツ)神。[韴]の字意は音が切れるさま。転じてものが斬られるさま。ことが絶えるさま。
 史話(日本書紀)や香取神宮の宮伝で経津(フツ)神。[経(經)]の字源は糸に機織の縦糸を表す圣(坙)。なるほど、当てた漢字でイメージは変わる。
 出雲国の神話や石上神宮の宮伝で布都(フツ)神。
「タカヒメも織姫。タカヒメに随うワカフツヌシさんも機織に関わる。ワカフツヌシさんを祀る常陸国信太郡の楯縫神社、出雲国意宇郡楯縫郷の嵩神社。楯を縫う。あと、たしか伯耆国(鳥取県西域)に建つ倭文神社の祭神はハヅチヲでなく、……」
「ど、どうした、ツクヨミ」
「祭神はタカヒメなんだけど。見て、クエビコさん」
 脇に抱えたクエビコさんの布で作られた頭にスマホを見せる。体を捻る。
「わ、わわ」落ちそうになる。
「離さないで、シコヲさん」シコヲさんを睨む。
「なんなんだ。戦時(イクサドキ)に、ずっと戦と関わらない話ばかり」
「関わらない話は、ちょっとだけ、……」柳川公園の時に、ちょっとだけ。
 名鉄名古屋本線の、天白川に架かる橋の前の踏切に落とされる。
「落とさないで、シコヲさん」シコヲさんを睨む。
「バカかッ」
「バカというほうがバカです」思わず言いかえす。
「前(読者は1年前)に、ともに戦った時の勇ましいツクヨミはなんなんだ」
「うるさい」
 翔んだカップルの、女と男の痴話喧嘩。つきあってないけれど。

「離してよ、タカちゃん」
「離したら、落ちるぞ」
「イーよ、落ちてイーよ」
 翔んだカップルの、女のコと男のコの痴話喧嘩。つきあってるか、わからないけれど。

 警報機が鳴りはじめる。
「ツ、ツクヨミッ。電車が、来た」
「わかった。シコヲさん、線路で大きく手を振って」
「わかった」シコヲさんが線路を走る。
 踏切前で止まらせないと、踏切事故が起きる。
 減速がない。電車が迫る。
「よ、夜ノ国だから、だ」
「わかった。……シコヲさんッ、私達は見えないッ」私が叫ぶ。

「わかったッ。どうすればいいッ」シコヲさんが叫ぶ。

「や、社が、見えた」さすが軍師。戦場を、戦局を鳥瞰で見てる。
「わかった。……シコヲさんッ、神社に行ってッ」私が叫ぶ。

「わかったッ」シコヲさんが翔ぶ。

 名鉄名古屋本線と並ぶ国道の間に、小さな稲荷神社が建つ。なんのため神社を建てたのか。わからないけれど、神社の建つ理由は、きっとある。
 神様はなにもしないけれど、きっとなにかしてくれる。
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