119.僕は僕のすべきことをする

文字数 1,575文字

 カマキリの鎌が振り下ろされた。横に転がって足をなぎ払う。足を失ったカマキリは、よたよたと鎌を動かす。レイドは飛び回る蝶を大きく空中に飛びながら、切り伏せた。さらに、着地の瞬間を狙っていたクモの足を剣で押し上げ、がら開きの胴に剣を下す。


 アグルも健闘していた。

「悪魔魔術、消えちゃえ!」


 周りを駆け回るムカデに向けて指を突き出すアグル。気の抜けるような発砲音が鳴って、実験に失敗したときのような黒い煙が上がる。ムカデを消すことができるのかと思ったが、実際には消えたあとに遠くの岩山に乗り上げただけだった。


 ムカデが怒って、アグルを追い始めた。

 後から後から虫が湧いてくる。ナナフシの足をかわして、後ろの蝉を蹴った。その勢いを利用し、隣のアリを踏みつけ爪を刺す。またナナフシと対峙すると、ちょうどアグルが僕の方に逃げて来た。


 ムカデがナナフシを踏み倒して来る。足を掻い潜る。大きな顎が迫る。頭を下げて、それが通過したのを見計らい伸縮自在の爪を伸ばす。大きな目の間に突き刺すと、ムカデは百はあるかという足を投げ出して横転して身もだえ、やがて死んだ。


 「ありがとうバレお兄ちゃん」

 「どういたしまして」

 「そういうのは終わってからにしろ」


 背後から茶褐色の不気味な液体が噴出した。レイドが後ろに迫っていたジョロウグモを斬り倒したのだ。

 「気づかなかったよ。ありがとう」


 今日のレイドはおかしい。顔を赤くするなんて二度目だ。



 「俺はアグルを助けただけだからな。痛って!」

 アグルがレイドを蹴った。

 「素直になりなよ。お兄ちゃん」



 レイドの顔がしぶくなる。何はさておき、これで片づいた。


 「さすがね。もう代役がいないわ。ジークのところに行ったら?」

 ベザンはタバコを吸い始めた。ここを黙って通してくれるというのか?

 「コステットだけね」


 そんなことだろうと思った。レイドとアグルが驚いて怒る。


 「お前だけ通してもらえるってどういうことだ!」


 歯噛みするほど悔しい。ジークは今この瞬間も見透かしているはずだ。



 「僕が一人で来ることをジークは望んでいるんだ」



 眉間にしわを寄せたレイドだが、何を思ったのか鼻を鳴らした。


 「いいじゃないか。一対一で勝負ができる」


 意外だった。そんなこと考えもしなかった。




 「ここは任せろ」




 レイドがそう言ったのを見て、アグルも同じ台詞を真似する。二人の優しさが嬉しい。数分前まで戦っていたというのが嘘みたいだ。

 炎が消えた。一人が通れる幅に、威力を弱めたのだ。この先に行けば階段もあるのだろう。最後にもう一度レイドを見やる。二人の目が大丈夫と告げている。意を決してベザンの横を通り抜ける。


 「あんたのお友達の命はもらっとくわ」


 足が自然に止まる。でも相手の顔を見るつもりはない。きっとレイドならベザンを倒してくれる。だから僕は僕のすべきことをする。


 「僕はあなたの隣にいた人を殺しますよ」


 もちろんジークのことだ。自分にジークは殺せないと言ったこの女に見せてやるのだ。

 「あんたには無理。私でも勝てないのよ。それにジークとはそんな関係じゃないわ」


 彼女という意味で言ったのではなかったが、仲間じゃないのか? 心配ではないのか? 薄々感じていたが、そんな気がする。ジークの元に集まったサタンズブラッドさえ、誰も彼に逆らえない。仲間ではない。目的が同じだっただけの集団だ。それもジークの力で抑えつけられている。


 「仲間と思ってないのか?」


 ベザンの尖った耳がぴくりと動いた。ベザンが自嘲ぎみに笑みをこぼす。


 「向こうは思ってないでしょうね」


 ベザンの手にした巨大な鎌が、レイドに襲いかかった。重そうな鎌が一振りで、地面を砕く。近くにあった岩も触れていないのに風圧で崩れる。あのレイドがよけるので手いっぱいだ。



 「見てる場合か! 行け!」
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