49.服の血

文字数 1,683文字

 どこに行くあてもなく、やぶの中をさまよっていた。何日も眠らず。何も食べず。目の下はくまができ、まぶたは赤かった。どれだけ泣いたのか分からない。涙の感覚がないのだ。何日過ぎたのか分からない。白かったシャツのあちこちには、グッデの血の跡が今も残っている。


 グッデがあの後どうなったのか? どこにいるのかも分からない。見ず知らずのおじさんが助けてくれたことを祈るばかりだ。い、いやグッデはあのときおそらく死んでしまっている。


 全て自分が悪い。自分のせいでああなってしまった。こうして枯れ葉の上で一度うずくまったら、このまま枯れ葉で埋もれてしまいたくなる。消え入りたくなる。


 何度も繰り返し思う。なぜあの時あんなことをしてしまったのだろうかと。思い出すとぞっとする。あのときの自分は自分とは思えないほどの変わりようだった。今もまだ何かしでかしそうで怖い。血が怖い。


 枯れ葉の間に目が止まった。花が一輪咲いている。この殺風景な場所にたった一つ赤い色を添えている。


 どういうわけか息が詰まりそうだ。嫌でも見えてくる。赤く飛び散って、滴ったものが。飛び散り、滴り、飛び散り、滴り。

 触れてみたい。


 指の間から赤がにじんだ。花が無残にも手の中で握りつぶされていた。今のは何だろう? どうしてつぶれた? つぶしたのか?


 脳裏に血まみれのグッデがよみがえり、慌てて花を放り出した。胸の動機が収まらない。今の自分は人間でも何でもない! 何故だ。どうしてだ。何で! 言葉にならず、もみくしゃになった思いを叫んだ。背中に誰かがぶつかった。驚いて飛びのくとシルクハットを深くかぶった紳士服の男に見られていたと気づいた。


 「これは失礼。随分荒れているようですね。見てはいけないところを見てしまいましたかな?」


 顔の白と黒のペイントを見て、バロピエロと分かった。全く気配がしなかった。何でも引き受ける仕事をしているからといって、このピエロは神出鬼没なのか? この微笑を見るたび、背筋が冷える。今は朱色の口紅をしていて、見ていると落ち着かない。

 「いつからここに?」


 バロピエロはハッキリと通る声で、微笑みながら言った。

 「ずっと側で見ていましたよ。バレ君の目が盲目になっているだけではありませんか?」


 見られたことで気まずく、本当に気づかなかっただけなのかと疑問に思い、沈黙を作っていると、バロピエロが奇妙だとばかりに言い出した。


 「グッデ君が見えないようですが、どこに行かれたんでしょうね?」

 胸に突き刺さった痛みがあった。やってしまったことの大きさが、荷になってのしかかった。何と答えればいいんだろう? 答えられない。グッデを刺してしまったなんて誰にも言えるはずがない!


 「そういえば、バレ君。君のその服についているものは何ですか? 血のように見えるのは気のせいでしょうか? 一体何の血なんでしょうね?」


 焦燥が駆り立てはじめた。大きすぎる罪。重すぎる荷が、口にすることさえ阻む。突然後ろからそっと肩に手を置かれた。


 「君がグッデ君を切り裂いた。そうでしょう?」

 その場で体が凍りついた。誰にも知られたくない事実が顔を出した。バロピエロが大きく口を広げて笑っている。ま、まさか見ていたのか。いや、あの火事の日。あの日からだ。全てがおかしくなったのは!


 「僕に何をした?」

 バロピエロは微笑みつつ、驚いた顔を作った。

 「もうお気づきかと思っていましたが、そうですか。自分が何者かも分からないと。それはかわいそうですね」


 まるで人ごとだ。あの日、父さんと母さんを殺したジークといっしょに、自分を押さえつけたのは、まぎれもなくこいつなのに。

 「それではお教えしましょうか? なぜ君が死なないのか」


 この男から答えを教えられる日が来るとは思っていなかった。思えば、あまり話をしたこともなかった。そう、この男と会うときはいつも何かが起こる。よって、いい答えは期待できない。

 ぐっとバロピエロが近づいてきた。まるで、途中で逃げ出すとも限らないと言わんばかりに、両肩をしっかりつかまれた。


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