131.動作封じの呪い

文字数 1,150文字

 鏡の破片で満ちた球体の中は、血の雨が降ったような状態だった。水色の巨体がうごめく。果てたロディの体の下から新たな体が現われる。


 「脱皮できるって言ったよ。お腹がすいたよ。チャス兄さん」


 恨めしそうな声を出して、巨大な魔物が歩み寄ってくる。足のついたところから、鏡の破片が修復していく。


 また、鏡地獄が始まりそうだ。しかし、まず立つことが困難だ。血が流れていく。血を媒体にして呪文を使う方法もあるが、それは余りやりたくない。弟は血に飢えた野獣となってしまった今、誰も血を流させないで、救いたい。



 「帰里(きり)、真夏の懐雷(かいらい)



 チャスフィンスキーは花火を思わせる雷の術を昔作った。雷は人々を恐怖させるものでしかなかったと、気づいたのは四大政師になる前のことだ。


 人を救うため覚えた魔術も、時に人を怖がらせるものだと。優しい魔術があればと、いつも思っている。これも、そう考えて作った魔術だ。言うなれば、ただの花火だ。


 「何なのこれ?」


 花火を珍しそうに見上げるロディ。おそらく生まれて見るのだろう。花火を。雷でできた光と音の芸術を。

 「きれいだね」


 ロディオの尾が左右に揺られる。花火に合わせて時を刻む振り子のように。


 「世界にはもっときれいなものがある。こんな城にこもってたら見れないだろうな」

 「惑わされちゃ駄目よ!」


 メアリの声が球体内で反響する。人形の姿も失ったため攻撃して来ないが、ロディのことを好いているらしくお節介すぎる。


 「哀れむぐらいなら、僕の食事になってよ。お兄さん」


 残念ながら何を言っても、戦闘の意志は曲げないつもりらしい。とげのついた尾が上空をかすめる。だが、直接触れなくても鏡が砕け、破片が降ってくる。


 「四雷柱(しらいちゅう)!」


 雷の箱に入り、身を守る。いわゆる結界というものだ。さすがのロディも警戒する。


 「それは反則だよ」


 そう怒っているのに、なぜか笑みを浮かべたロディ。見られれば見られるほど、悪い気配を感じた。足元に這いずるような気配。


 見たときには遅かった。膝が力なく折れる。重い。足が引きずられる。雷の結界から投げ出された。着地をしようにも、落下するのが早すぎて受身が取れない。また鏡が大きく割れる。

 「な、にが」


 足の重みを確かめると、トランプが張りついている。これはバロピエロに引かされたスペードのエースだ。


 「気づいたみたいだね。あらかじめ動作封じの呪いがかけられてたよ」


 「バロピエロか。シャナンスとバレに配ったトランプにもあるのか!」

 トラップにかかってしまった自分はもう遅い。気づいていてくれと祈るしかない。


 「コステットはないよ。当たりだからさ。今頃、魔術師さんがどうなってるかは知らないよ」

 意味ありげな言い方だ。とにかく、弟の相手に手間取っている場合ではなさそうだ。
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