95.トランプ
文字数 1,966文字
あれから罠らしき物はないが、何も起きないと不安になってくる。終わる気配がしない廊下は、黒いレンガの壁で、ロウソクの明かりも少ないので重苦しい。
五分は歩き続けただろうか? 揺らめく薄明かりが差してきた。ホールのようなところに着いた。赤い炎が空中でたなびいている。魔界での出来事を思うと、こんなのはこけおどしだろう。
「炎が怖くないようですねバレ君」
薄暗い中で、テーブルの向こうに居座っている男がいる。その顔は二度と忘れることができない。
もう一人の敵とも言えるその人物は、相も変わらず、顔の右半分が白、左半分が黒にペイントされた不気味な男だ。口紅は今は紫だが、何色にしろ気味が悪い。
黒い紳士服にシルクハットで正装を装っているつもりだろうか?
「バロピエロ!」
「落ち着けよ。また何されるか分からないぞ」
確かに、残りわずかな命にしてくれた呪いも、バロピエロにかけられたものだ。呪いは本人にしか消せないらしい。
ここは冷静に対処するしかない。そうすれば呪いを解いてくれるかもしれないが、こいつがそう簡単に解いてくれるとはどうしても思えない。そんないい人間のはずがない。
「さっきはよくもバレを騙したな」
オルザドークが前に出たのは驚きだ。リーダーのように見えてしまう。常にさりげなく先頭に立っているが、今は違って見える。
「あれは違いますよ」
表情を変えない人形の動きで、バロピエロがこちらを向き、同意でも求めているようだ。もしくは口止めか。
「それはいいじゃないですか。済んだことです」
「何だと」チャスが罵る。
もう一難ある予感がする。城でこいつに会ったということはジークの手下になったのか?
「何故ジークの肩を持つ? 今までお前はいつも中立の立場にいたはずだ」
思っていたことをオルザドークが聞いてくれた。
「今でも中立のつもりですよ」
微笑が頭に来て、喚かずにいられない。
「何でも屋のつもりなのか! 人間を悪魔にしたり呪ったりする依頼も引き受けるのが中立だって?」
手でまあまあと、バロピエロになだめられたのが余計にいらついた。
「誤解されては困りますね。何でも引き受ける訳ではありません。」細めた目が見据える。
「私はただ、面白そうな依頼だけを引き受けているんです」
これが本当の頭に血が上るという現象か? 脳に熱湯でも流し入れたようだ。この熱湯から逃れられないし、逃れようともしない。
怒りという熱湯にどっぷり浸かって、手足が熱く、乾いた喉は今にも罵声を発する。耳まで血が噴出しそうな勢いで脈打っている。
「どこが面白いって!」
掴みかかろうとしたらいち早く、チャスに捕まった。
「離してチャス! こいつのせいで僕は!」
心臓が破裂するかと思うような大声でオルザドークが僕の名を怒鳴った。感情を表に出して怒ることのない人が、本気で叱った。目の奥で燃える怒りではなく、睨みつけて、感情が剥き出しになっている。視線が痛い。
「バロピエロ。もうこいつに絡むのも十分だろう」
「そう言うあなたはどうなんですか? 大魔術師ともあろう人が、悪魔の子を助けるために奮闘する? 馬鹿げた話じゃないですか」
ここに来ていつものオルザドークが戻ってきた。
「好きでやってる訳でもない。ジークを野放しにするのもこれくらいにしておこうと思ってな。」
「ほう」
「俺が相手をしてやる」
銀の杖を突きつける。
「生憎ですが、私は争う気はありません」両手を振ってみせているが、笑顔のままだ。
「大人しく死んでくれるってことか?」
「いいえ。死ぬのはごめんですよ。それにあなた達が私を殺すとジークの元にたどりつけなくなります」
あの気持ち悪いにんまり笑いだ。何か企んでいると分かる。きっとジークからまた依頼されたのだ。胸騒ぎがする。バロピエロがいるときに、いいことが起きた例がない。
「それでは始めましょうか」
机の上でトランプをかき混ぜている。
「待て、何を始める気だ」
杖がバロピエロの首に触れるが、落ち着き払っている。
「さっきも言いましたが、私を殺したらジークに会えませんよ。私を殺して、ジークを諦めるなら別ですが」
(卑怯な!)
ジークも憎いが、こいつも許せない。一人だけ見逃せということか? 戦わずして生き残るつもりか!
選択肢が二つしかない。どちらかを選べと言われたら、それは決まっている。オルザドークにも同じ迷いが生じたのだろうか、バロピエロから突きつけた杖をひっこめる。
「あなたなら物分りがいいと思いました」
これでバロピエロが主導権を得てしまった。かき回されているトランプはバロピエロの手に吸われ、テーブルの上で放たれ弧を描く。裏向きに伏せたカードがきっちりと三等分されている。
「さあ、一人ずつ好きなカードを選んで下さい」
五分は歩き続けただろうか? 揺らめく薄明かりが差してきた。ホールのようなところに着いた。赤い炎が空中でたなびいている。魔界での出来事を思うと、こんなのはこけおどしだろう。
「炎が怖くないようですねバレ君」
薄暗い中で、テーブルの向こうに居座っている男がいる。その顔は二度と忘れることができない。
もう一人の敵とも言えるその人物は、相も変わらず、顔の右半分が白、左半分が黒にペイントされた不気味な男だ。口紅は今は紫だが、何色にしろ気味が悪い。
黒い紳士服にシルクハットで正装を装っているつもりだろうか?
「バロピエロ!」
「落ち着けよ。また何されるか分からないぞ」
確かに、残りわずかな命にしてくれた呪いも、バロピエロにかけられたものだ。呪いは本人にしか消せないらしい。
ここは冷静に対処するしかない。そうすれば呪いを解いてくれるかもしれないが、こいつがそう簡単に解いてくれるとはどうしても思えない。そんないい人間のはずがない。
「さっきはよくもバレを騙したな」
オルザドークが前に出たのは驚きだ。リーダーのように見えてしまう。常にさりげなく先頭に立っているが、今は違って見える。
「あれは違いますよ」
表情を変えない人形の動きで、バロピエロがこちらを向き、同意でも求めているようだ。もしくは口止めか。
「それはいいじゃないですか。済んだことです」
「何だと」チャスが罵る。
もう一難ある予感がする。城でこいつに会ったということはジークの手下になったのか?
「何故ジークの肩を持つ? 今までお前はいつも中立の立場にいたはずだ」
思っていたことをオルザドークが聞いてくれた。
「今でも中立のつもりですよ」
微笑が頭に来て、喚かずにいられない。
「何でも屋のつもりなのか! 人間を悪魔にしたり呪ったりする依頼も引き受けるのが中立だって?」
手でまあまあと、バロピエロになだめられたのが余計にいらついた。
「誤解されては困りますね。何でも引き受ける訳ではありません。」細めた目が見据える。
「私はただ、面白そうな依頼だけを引き受けているんです」
これが本当の頭に血が上るという現象か? 脳に熱湯でも流し入れたようだ。この熱湯から逃れられないし、逃れようともしない。
怒りという熱湯にどっぷり浸かって、手足が熱く、乾いた喉は今にも罵声を発する。耳まで血が噴出しそうな勢いで脈打っている。
「どこが面白いって!」
掴みかかろうとしたらいち早く、チャスに捕まった。
「離してチャス! こいつのせいで僕は!」
心臓が破裂するかと思うような大声でオルザドークが僕の名を怒鳴った。感情を表に出して怒ることのない人が、本気で叱った。目の奥で燃える怒りではなく、睨みつけて、感情が剥き出しになっている。視線が痛い。
「バロピエロ。もうこいつに絡むのも十分だろう」
「そう言うあなたはどうなんですか? 大魔術師ともあろう人が、悪魔の子を助けるために奮闘する? 馬鹿げた話じゃないですか」
ここに来ていつものオルザドークが戻ってきた。
「好きでやってる訳でもない。ジークを野放しにするのもこれくらいにしておこうと思ってな。」
「ほう」
「俺が相手をしてやる」
銀の杖を突きつける。
「生憎ですが、私は争う気はありません」両手を振ってみせているが、笑顔のままだ。
「大人しく死んでくれるってことか?」
「いいえ。死ぬのはごめんですよ。それにあなた達が私を殺すとジークの元にたどりつけなくなります」
あの気持ち悪いにんまり笑いだ。何か企んでいると分かる。きっとジークからまた依頼されたのだ。胸騒ぎがする。バロピエロがいるときに、いいことが起きた例がない。
「それでは始めましょうか」
机の上でトランプをかき混ぜている。
「待て、何を始める気だ」
杖がバロピエロの首に触れるが、落ち着き払っている。
「さっきも言いましたが、私を殺したらジークに会えませんよ。私を殺して、ジークを諦めるなら別ですが」
(卑怯な!)
ジークも憎いが、こいつも許せない。一人だけ見逃せということか? 戦わずして生き残るつもりか!
選択肢が二つしかない。どちらかを選べと言われたら、それは決まっている。オルザドークにも同じ迷いが生じたのだろうか、バロピエロから突きつけた杖をひっこめる。
「あなたなら物分りがいいと思いました」
これでバロピエロが主導権を得てしまった。かき回されているトランプはバロピエロの手に吸われ、テーブルの上で放たれ弧を描く。裏向きに伏せたカードがきっちりと三等分されている。
「さあ、一人ずつ好きなカードを選んで下さい」