111.透視能力

文字数 2,518文字

 「地獄だって!」声を上げるしかなかった。そんな気配がしたが、信じられない。



 「そうだとも。魔界は地獄と繋がっている場所がいくつかある」


 魔界に入ったとき、オルザドークに注意された。魔界の暗い場所は地獄と繋がっている。それはある一定の時間、一定の場所に開く空間だと。まさかジークの城内にあったとは!


 「ジークの仲間なのか」




 以前からそんな気がしないでもなかった。この問いはジェルダン王の笑みを見れば明らかだ。


 「奴の親の代、先代魔王に世話になってな。たまに協力してやることもある。ただ、お前に出会ったのは偶然だ。封印を解いたのはお前達の好奇心からだろう? そういえばジークから聞いた。お前は友達を殺したそうだな」


 ナイフで胸をえぐられたようだ。ジェルダン王にまで知られている。隠し通せるものではないということか。





 「お前を生かしておいてよかったようだな。お前は友を手にかけた。実に面白いことになったじゃないか」



 「黙れ! 殺したくてやったんじゃない!」



 言い訳にしか聞こえないが、これ以上何も言わないで欲しいとは頼めない。


 「くどいぞ。事実は事実。お前は全てをジークのせいにして楽になりたいだけだ。友を殺したという罪の意識から逃れたいのだ」


 説得力のある言い回しに反論ができない。怒りと悲しみとが、喉まで溢れているのに、言葉が出てこない。胸の中で押しつぶされ、かき混ぜられ、混ざり合って苦しいだけだ。


 「だが、もうすぐ終わるだろう。ジークの手によってお前の命は奪われる。よかったじゃないか」


 死はよいことなのだろうか? できることなら、この手でこの命を絶ちたい。だけど、ジークには奪われたくない! 


 高笑いをするジェルダン王は、僕の顔を覗き込んで白い眼球を細める。




 「あのときのお前と違って、今のお前は面白くなった。顔が醜いぞ」




 意外な指摘を受け、言葉に詰まる。ジェルダン王が手で血をすくい上げる。それを僕の顔の前に持ってきた。 


 久しく鏡を見ていないので、驚いた。


 そこには、虚ろな目をし、身なりもだらしない自分が映った。頬も痩せこけて、これが自分なのかと疑った。







 「そうだ。これが今のお前だ。あのすがすがしい顔が今や、苦痛を隠している。私は好きだがね」







 怒りが煮え返る。こうさせたのは一体誰だ? 全部ジークのせいだ。とやかく言われる筋合いはない。


 「ジークが気に入るわけだ。初めは大人しくかよわい人間が、今や復讐を掲げた立派な悪魔というわけだ」


 気に入られているだけではないような、胸騒ぎを覚えた。いつもジークは楽しんでいるが、それ以上に自分に執着しているのではないか? 憎悪と、吐き気さえする嫌悪が胸に広がる。それに、これだけは言っておきたい。


 「僕はお前らの言うような悪魔じゃない」


 少なくとも心は違う。身体はそうだとしても、ジークと同じ生き物ではない! これを聞いたジェルダン王は、僕をバカにして笑う。





 「何を今更。お前の心にはもう、闇が巣食っているじゃないか」




 何のことを言われたのか検討もつかない。だってオルザドークに作ってもらった薬を飲んで、もう誰かを傷つけることはない。赤いものや、血を見ても落ち着いていられる。


 「僕の心はずっと人間のままだ」

 僕の声が平静を装ったように聞こえたのは、自分が動揺しているからなのか。背後に移ったジェルダン王に気づかなかった。


 「そう言い切れるかな?」


 血の指で優しく髪をなでられたので、身震いしそうになる。滑った血が髪にこびりつく。


 「今まで暴走していたんだろう? 薬で治したことぐらい知っている。ジークから聞いた」

 自分を惑わすつもりなのだろうか?


 「だったら? オルザドークの薬は完璧だった」


 反論しながら不審に思う。ジークがなぜそのことを知っているんだ。いや、あいつは何でも知りすぎている。そう、第六感が薄気味悪いものを感じ取る。


 「そうかな? では今も苦しみが見えるのはなぜだ?」


 ささやき声に背筋が冷たくなる。血の指が僕の顎を持ち上げる。上から見下ろして、まるで子供をあやすように語りかけてくる。


 「薬で治らなかったものもあるだろう? いつも胸の内に隙間風が吹くのはなぜだ?」


 何を言い出すんだ? こいつに何が分かる。グッデを失った悲しみ? 後悔? 苦悩? あの現場にいない者に分かってたまるか。


 心の葛藤を知ってか知らぬか、嘲るジェルダン王の笑み。


 「いつも苦しんでいるお前はいたぶりがいがある。見ていて楽しいとジークが言っていたな」

 怒りよりもよく分からない恐怖が先を行った。締めつけられるように胸が痛む。


 「どうやら知らないらしいな、ジークの能力を。一ついいことを教えてやるとしよう。あいつは何でもお前のことをお見通しだ」


 そんな気配はしていた。ずっと、それは黙秘していた。倒せばいいとだけ考えていた。あいつに死を与える直前に、問いただすのだ。



 全てを自白させ、グッデの報いとして、殺す! それだけでは足りないが、そんな能力など、ないということを前提にしていた。だから、暗い影が背後に宿った。背中に視線が集まるような緊張が走る。


 「どういうことだ?」


 「お前が旅立ったその日から、ジークはお前を見ている」


 旅立った日から? そんなバカな。目の前から光が消え失せた。爆発寸前の怒りは姿を消し、脱力感に体が揺らぐ。






 「あの男は生まれつき、透視能力の持ち主でな。誰がどこにいても分かる。何を考えているのかもな」




 深い谷に突き落とされた気分だ。これまでのことも? グッデのこともか。この手で殺めた瞬間も、笑って見ていたのか?


 「今までのこと全部、見られていたのか?」声がかすれる。

 「そうだ。今こうしている間もな」


 信じられない。自分に眠っていた悪魔の本性が目覚めたとき、血に飢えて、血を求めたばかりにグッデを刺し殺したとき、魔界に来たとき、広場に行ったとき、ライブで逃げたときも。






 「ユルサナイ!」




 おぞましい声が出た。とても自分のものとは思えない。だがこらえようとすれば体が爆発しかねないほどの怒り。コントロールが効かない。ジェルダン王がジークの残像に重なって笑っている。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み