85.逃走劇

文字数 1,722文字

 怒りを剥き出しにしている場合ではなかった。じりじりと黒い大群が迫ってくる。ざっと数百はいるのではないか?


 ジークの思い通りになってやるつもりはない。そう簡単に捕まらない。逃げ切ってやる! 走り出すと同時に雄叫びが上がった。


 「十億は俺が頂くぜ!」

 「どけよ、俺が先に見つけたんだからな!」


 互いに邪魔し合う悪魔達の後ろで、ジークが手を振っているのが垣間見えた。くそ! 絶対に逃げ切ってやる。


 路地裏に入る。ここなら一列になってしか追ってこられないだろう。しかしこの作戦は失敗した。悪魔は空を飛べる者もいる! 近くのごみを蹴散らしても、ごくわずかな人数しか足止めできない。


 逃げ切れると思っているのか! と罵声が飛び交う。小細工が通用するような相手ではない。

 「悪魔魔術、空クラゲ」


 痺れを切らした悪魔が、ついに魔術を放つ。その名の通りクラゲが飛んで来た! いかにも、触れたら危険そうな赤い色をしている。追いつかれる! あえて立ち止まる。ぎりぎりまで引きつけて、避けた。路地を右に左に曲がる。


 陸の悪魔を翻弄させながら、上空に気を配った。さっきから上が静かになって、建物に見え隠れしていた悪魔が見当たらなくなった。と、次の角を曲がったとき、上から両手が出てきた。


 「な!」

 先回りされていた。一瞬のことで何が起きたのか分からない内に、空高く浮く。両手で首回りを硬められて、足が浮いている。


 町が下に小さくなる。悪魔も家を持っているみたいで街の規模に驚く。公園や噴水なんかもある。

 「離せ!」

 「嫌よ」


 赤いドレスの女悪魔だった。このゲームは町をあげて行われているお祭り状態だ。落ちてもいい。捕まるくらいなら振り払って自殺した方がましだ。逆にこっちから腕に掴みかかった。しかし前から別の悪魔が突進してきた。


 「十億よこせ!」

 完全に金扱いだ。だが、今ので女のバランスが崩れた。反動を利用させてもらって、振り払う。真っ逆さまだ。そこへ我先にと、悪魔が群れを成す。


 「この!」

 一人目の顔面に蹴り。二人目が抱きつこうとしてきたので、体重移動で避け、三人目からは、腕で振り払った。


 「十億ゲット!」

 後ろから男が何かを投げつけてきた。縄だ。

 「わ!」

 落ちていた勢いで、胴が締め付けられた。不覚にも、仰向けに、ぶらさがっている。

 「どけどけ!」


 別の悪魔が来た。まずい。ところが、そいつは、この男を蹴り飛ばした。今だ! 爪を振りかざして自由を得る。

 「十億逃げた!」


 急降下して、町が近づいてきた。さすがの悪魔達も、地面への衝突を恐れてか、人数がまばらになってきた。それでも金髪の悪魔がついて来る。


 「助けてやろうか? コステット!」

 「あなたの方こそ」


 風の魔法を小声で唱えて落下位置を軌道修正しておく。空に連れてこられたとき、着地するなら街のはずれにあった小さな噴水に決めていた。


 悪魔の手が伸びてくる。地面につく寸前まで追ってくるつもりだ。一人、また一人と辞退する者がいる。

 「やめた方がいいよ」


 捕まる前に、蹴り上げた。悪魔は勢いよく転げ落ちた。首があらぬ方向に向く。人間なら助からない。ほぼ同時に、水中に落ちた。スピードのコントロールが不十分で、底に頭をぶつけた。でも助かった。水から顔を出したが近くに悪魔はいない。


 「今の内に帰らないと」


 息を切らして走り出すと、もう見つかった。赤いトラにまたがった悪魔だ。これはさすがに追いつかれる! 立ち往生していると、すぐに他の連中が集まってしまう。

 「くっ、まずい」


 しかし、悪魔達には弱点があった。

 「こいつは俺の金だ」

 すぐ喧嘩をする。


 「何言ってんだ馬鹿野朗! 誰がお前何かに」

 これは使える。



 「ああ。もう駄目だ」

 演技をすることにした。


 「観念したか?」

 「俺が殺る!」

 「生け捕りにすんだよ! ルールを聞いてなかったのか」



 「ジークに捕まる何てごめんだ。どうしても捕まえるって言うなら。この中で今、一番強いやつと勝負がしたい」


 戦慄が走ったようだ。悪魔達が互いに目を合わせた途端、火花が血走る。殴り合いが始まった。爪をむごたらしく突き刺し合っている。上手くいった。この隙に逃げればいい。
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