36.コステット

文字数 1,898文字

 「子供がこんなところで、かくれんぼか? それとも旅人か?」

 男は三人。おそらく盗賊だ。男の一人が口をふさがれてわめいているグッデのかばんをぶんどった。


 「さーて、殺す前に金がいくらぐらい入っているのか拝見しよう」と、男が袋を開けた時だ。

 「やっと来たか盗賊」


 男は顔面を殴られ転がった。振り返った残りの二人の絶叫、レイドに火のついた枝を投げつけられただけでひっくり返っている。


 慌てた男は起きあがるなり、銃をレイドに向けた。

 「なめてんじゃねぇぞクソガキ!」


 男が引き金を引く。が、レイドが男の腕を蹴り上げた方が早い。男の手から銃が飛んでいった。レイドは丸腰になった男を背負い投げ! これまた一撃でのしてしまった。

 レイドはあきれた顔をした。


 「汝の縄を解けグライ」

 「え、今の呪文?」


 縄が勝手にほどけた。いきなりの呪文。え、ちょっとかっこいい。

 「ありがとう」


 「ありがと」グッデはちょっと感激したようだ。レイドが珍しく軽く鼻で笑った。

 「助かったよ、おとりになってくれて」

 「誰がおとりだって?」


 「もちろんお前ら」


 え、おとりのされてたのか。

 「何!」グッデが怒鳴る。


 「隠れてたつもりだったのか? まあいい。それよりちょっと聞きたいことがある」


 「おまえなぁ、聞きたいことがあるなら、おれ達をおとりにするな!」

 レイドはグッデを相手にせず、僕に詰め寄った。


 「人探しをしている。人なのか分からないが、こういうやつ聞いたことないか? コステットって言う名だ」


 耳を疑った。

 「何だよそいつ」と、グッデ。


 「知らなかったらいい」

 グッデはレイドの態度にむっときて、わざとレイドの口調をまねした。

 「知らなかったらいい。だってさバレ。バレ?」


 グッデは知らないだろう。当然だ。コステットは聞いたことがある。でも、それは問題じゃない。どうしてレイドが知っている? 

 「コステットって人がどうしたの?」


 「人なのか? 知ってるのか?」

 僕は嘘をついた。

 「いや、知らないけど。何で探してるの?」


 レイドの目がさっきと変わった。何かじろじろ見るのだ。一瞬押し黙って特に理由はないとかレイドは答えた。本当だろうか? レイドのその言葉であの日の記憶が蘇り目の前を闇が立ち込めたようだった。


 ホルストーンの町が火事になったあの日だ。徐々に燃え移る火の粉のように、不安が胸にじわじわと広がっていく。白髪の少年の笑みが降り注いでくる。耳が硬直している。側で少年の声が聞こえたようだ。「お前に名前をやろう」と、鮮明に。


 「見つけたらどうするの?」乾いた喉からそんな言葉が口から突いて出た。


 レイドは黙っていた。ふと、口を開いたが、また閉じた。その間も頭の中で、過去の記憶が溢れてくる。一気にさかのぼる。燃えさかる家。自分の家。少年がいる。自分が激しく訴えている。


 何か大事なことを忘れかけていた。いや、今までわざと考えようとしなかったのかもしれない。白い髪の少年が口が耳元で囁く、「コステット」と。「その名前を口にするな。誰かに殺されたくなかったらな」


 一つ分かったことがある。どうして今まで他のことばかりを気にしていたのだろう。もっと身の危険に敏感にならないと。


 珍しくレイドが色々しゃべった。

 「見つけてからどうするか決める。ちょっと気になってな。悪魔がコステットを探してる」


 嘘だろう? 僕は一方的にコステットと名付けられたのにレイドも、悪魔も僕を探している。固まって動けなかった。冗談だと言ってほしい。 


 「もし誰かコステットを見つけたら、今度会った時でいい。教えろ」


 レイドが去って行く。せめて、どこで、コステットを知ったのか聞こうと思った。呼び止めたとき、思わぬことが起こった。銃声が響いた。赤い血が夕日で光って飛び散った。レイドの体が揺らぎ、彼の右肩から大量の血が流れた。


 「おやおや、盗賊をなめるからそうなる」

 気づけば盗賊に完全に囲まれていた。十数人の男がそれぞれ手に銃を持っている。足音一つしなかった。並みの盗賊ではない。


 「せっかく人が待ってたのに、不意打ちか」レイドがまだ出血の止まらない肩を押さえて言った。


 「よくもまあ、おれの部下を倒してくれたな。子供だからって、おれは、生きて返したことはねぇんだ。かっかっか」頭領らしき、太った男が前に出た。銃を出す。

 「さあ誰から死ぬ。金なんてもういらねぇ」


 この状況はやばい。薬をまた飲むか? 無理だろう、銃で撃つ方が早い。何かないかと、ポケットに手を忍ばせた。冷たい丸いものに当たる。コインだ。チャスフィンスキーからもらったコインがある。
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