125.次元の違う話
文字数 1,486文字
「弟に挨拶はしないの?」
ディスがこの場を去ろうとしていた。その方がいいだろう。自分も早くここから逃げ出したい気分になる。
「あいつは、俺の弟じゃない。化け物だ」
やばい、挑発してどうするんだ! 早く逃げろ! 確かにあれは化け物だ。だからこそ、それを言ってはいけない。
「ディスよ。急ぐこともないだろう」
エレムスクの声にディスが振り返る。殺気を感じたのだ。エレムスクではなく、ジークに釘付けになる。さっきまで開いていなかった灰色の目が開き、ディスを見ている。ディスを指差し、不気味に笑っている。このときからもう、ジークは敵が誰であるかを認識している!
「逃げろ!」
気づけば叫んでいた。だがディスは動かない。しかし、僕も動けずにいた。ジークからの指名。あの指からは逃れられない。
「ジークは分かっているぞ。この時点で問題が生じたことを。無論、お前も分かっているはずだ」
悪魔達の笑みを見れば、次に何が起きるかも分かった。
「俺の跡取りが二人になった。だが、魔王は一人しかなれん。本来なら長男のディス、お前だ。だが、どういうわけか、お前は愚かな人間どもの赤い血をしている」
見下した冷たい目がディスを射ている。あの巨体で見下ろされる恐怖はどれほどだろう。見ているだけでも、体が震えるというのに。
「そいつを殺せ」
こうなると分かっていただけに、冷酷な声が涙を誘った。この日が来るのを待っていたとばかりに悪魔達が群がる。やっとディスが逃げ出してくれたが、先回りしていたベザンに捕まった。
「やっと死んで頂けるのですね」
ディスの首に爪が立てられる。もうおしまいだ!
「悪魔魔術、影流 」
刺される前に、黒い渦に消えるのが見えた。逃げてくれたのか? 悪魔達がどこへ行った? と声を荒げる。
「待て。ただ殺してもつまらん。一応、あれも息子だ。手厚く葬ってやらねば」
「しかし逃げられてしまいます」
エレムスクは何を考えているのだろう。この余裕、ジークの父親だけのことはある。
「焦るな。魔界は入ることこそ容易いが、出るとなれば、それなりの魔力 が必要だ。外界への汽車はキース、ゲリー、お前達が見張れ」
二人の悪魔が頭を下げ、渦とともに消える。あの二人が相手では、逃げきるのは困難だろう。無事を祈るしかない。
「お前が世話しろ」
エレムスクがしゃがんで、赤ん坊のジークをベザンに渡している。驚いたベザンは、取り落としそうになる。
「気をつけろよ。お前が抱いているのは俺の跡継ぎだぞ」
「は、はい。エレムスク様。ジーク様のお世話をさせて頂きます」
ベザンは落胆していた。それが分からないように取りつくろっている。
「ツカワナクテイイ」
今の小さな声は聞き間違いだと思った。そこにいる悪魔達もそう思っている。今のは笑い声だとか、気のせいだとか。みな、エレムスクに答えを求めて顔を向ける。
「分かった」
何が分かったのか。視線はジークに向けられている。
「ジークには敬語を使わなくていい。こいつがそう望んでいる」
みな絶句する。つたない言葉だったが、あれは確かにジークが発した言葉だ。生まれながらにして、何もかもを備えていたのだ。あの悪魔は。言葉も知恵も、透視能力も。こんな男に自分は勝負を挑んでいる。
「初めから次元の違う話だと分かったか若造」
竜の声がして、視界が元の回廊に戻った。石の歯を見せて竜が誇らしげに笑う。
「その後は想像に任せよう。ディスの魂がお前の中に眠っているのだから、奴がどんな最期を迎えたのか分かるだろう」
ディスの分まで悔しい。どうして、この世界は不平等なんだ。
ディスがこの場を去ろうとしていた。その方がいいだろう。自分も早くここから逃げ出したい気分になる。
「あいつは、俺の弟じゃない。化け物だ」
やばい、挑発してどうするんだ! 早く逃げろ! 確かにあれは化け物だ。だからこそ、それを言ってはいけない。
「ディスよ。急ぐこともないだろう」
エレムスクの声にディスが振り返る。殺気を感じたのだ。エレムスクではなく、ジークに釘付けになる。さっきまで開いていなかった灰色の目が開き、ディスを見ている。ディスを指差し、不気味に笑っている。このときからもう、ジークは敵が誰であるかを認識している!
「逃げろ!」
気づけば叫んでいた。だがディスは動かない。しかし、僕も動けずにいた。ジークからの指名。あの指からは逃れられない。
「ジークは分かっているぞ。この時点で問題が生じたことを。無論、お前も分かっているはずだ」
悪魔達の笑みを見れば、次に何が起きるかも分かった。
「俺の跡取りが二人になった。だが、魔王は一人しかなれん。本来なら長男のディス、お前だ。だが、どういうわけか、お前は愚かな人間どもの赤い血をしている」
見下した冷たい目がディスを射ている。あの巨体で見下ろされる恐怖はどれほどだろう。見ているだけでも、体が震えるというのに。
「そいつを殺せ」
こうなると分かっていただけに、冷酷な声が涙を誘った。この日が来るのを待っていたとばかりに悪魔達が群がる。やっとディスが逃げ出してくれたが、先回りしていたベザンに捕まった。
「やっと死んで頂けるのですね」
ディスの首に爪が立てられる。もうおしまいだ!
「悪魔魔術、
刺される前に、黒い渦に消えるのが見えた。逃げてくれたのか? 悪魔達がどこへ行った? と声を荒げる。
「待て。ただ殺してもつまらん。一応、あれも息子だ。手厚く葬ってやらねば」
「しかし逃げられてしまいます」
エレムスクは何を考えているのだろう。この余裕、ジークの父親だけのことはある。
「焦るな。魔界は入ることこそ容易いが、出るとなれば、それなりの
二人の悪魔が頭を下げ、渦とともに消える。あの二人が相手では、逃げきるのは困難だろう。無事を祈るしかない。
「お前が世話しろ」
エレムスクがしゃがんで、赤ん坊のジークをベザンに渡している。驚いたベザンは、取り落としそうになる。
「気をつけろよ。お前が抱いているのは俺の跡継ぎだぞ」
「は、はい。エレムスク様。ジーク様のお世話をさせて頂きます」
ベザンは落胆していた。それが分からないように取りつくろっている。
「ツカワナクテイイ」
今の小さな声は聞き間違いだと思った。そこにいる悪魔達もそう思っている。今のは笑い声だとか、気のせいだとか。みな、エレムスクに答えを求めて顔を向ける。
「分かった」
何が分かったのか。視線はジークに向けられている。
「ジークには敬語を使わなくていい。こいつがそう望んでいる」
みな絶句する。つたない言葉だったが、あれは確かにジークが発した言葉だ。生まれながらにして、何もかもを備えていたのだ。あの悪魔は。言葉も知恵も、透視能力も。こんな男に自分は勝負を挑んでいる。
「初めから次元の違う話だと分かったか若造」
竜の声がして、視界が元の回廊に戻った。石の歯を見せて竜が誇らしげに笑う。
「その後は想像に任せよう。ディスの魂がお前の中に眠っているのだから、奴がどんな最期を迎えたのか分かるだろう」
ディスの分まで悔しい。どうして、この世界は不平等なんだ。