104.ヒトリ
文字数 2,140文字
「その程度じゃ俺は倒せないよ。何でか分かる?」
「分からないな」
オルザドークの声がかすれている。こんな声聞きたくない。
「あんたが不死身ってことぐらい調べてあるんだ。だから使わせてもらってるよ。あんたが発明した秘薬」
一体なんのことだろう。オルザドーク自身も驚いている。得意げになったキースが誇張する。
「全部知ってるよ。あんたがどうして魔術師として放浪してるのか。一族から追放されたんだよね」
無言のオルザドークを見ていると何だか切なくなる。オルザドークの過去を暴いてやろうという気になったキースはますます楽しそうだ。
「他の種族と違って完全な不死身の種族だったのに、死の薬を作ったんだよね。何百年も行き続けるのが嫌で。だけど村の連中はその薬に恐怖を抱いて、あんたを追い出した」
オルザドークが自嘲する。が、同時に相手を嘲笑った。
「その薬を盗んできたのか? 俺一人のために?」
「そう。この弾に塗ってあるんだよ」
血まみれのオルザドークは余裕を感じさせる笑みを見せた。
「勘違いしてないか? その薬は毒じゃないぞ。撃ったぐらいで調子に乗るな」
「知ってるよ。でも人間の体になる。それで十分さ。そんなに早く死んでもらえるとも思ってないし。ゆっくり料理してあげるよ」
キースが指を鳴らすと、新たにゾンビが十人加わった。杖を構えなおし、オルザドークが突っ切って行く。立っていられる状態ではないはずだ。血が流れ落ちている。今、生きていること自体おかしい。
勇姿を目で追っていると、ゾンビの向こうにいるキースと目が合った。
「コステット忘れてたよ」
肝が冷える思いがした。自分は一体何をされるんだ? また指が鳴らされる。明らかにこちらのゾンビへの指示だ。ゾンビが力づくで引っ張る。懸命に逆らうが、多勢に無勢で力負けする。これ以上オルザドークに迷惑はかけられない。
気迫でゾンビを倒していくけども、きっとあれが精一杯だ。魔法は疲れるので、あの体じゃ辛いはずだ。それにゾンビは何度倒されても起き上がる。
前に行こうともがくが、後ろのゾンビが首をつかむので、行くに行けない。オルザドークも攻撃を防ぐばかりになっていく。ゾンビの真っ赤な舌が杖と交わる瞬間、刃物のように尖り、鞭になり、ロープに変わりと、変幻自在なのだ。一対数十人では勝ち目がない。だけど、みるみる内に、引き離される。
「くっ、くそ!」
こん身の力で体を押しやったのもむなしく、ゾンビのバリケードはびくともしない。キースの嘲笑う声がゾンビ越しに耳につく。
「諦めなコステット。お前はすでにジークの策略にはまってるんだよ。ここにいる奴らも助かりはしない」
あの男が笑う様が目に浮かぶようだ。宣言通り、オルザドークと離れ離れにされる。背に冷たい金属が当たった。後ろに鉄の扉がある。
「こいつらとはもうちょっと遊んであげるよ。お前はそこで、こいつらがどんな最期を迎えるのかじっくり考えてな」
鈍い動きで開いた扉へ、乱暴に投げ入れられた。強く全身をぶつけて、冷え冷えとする床を転がった。だが、痛みをこらえ、反射的に起き上がった。
しかし間に合わない。扉を閉められてしまった。扉に駆け寄ったが、もう開くことはなかった。叩いて、何度も蹴って、体でぶつかっても、肩を痛めただけで開かない。
何とも言えないものが込み上げてきた。開かないと分かっていたが、拳で扉を叩いた。この扉を隔てた向こうでは、まだ戦いが続いている。
「何で!」
もう一度扉をぶった。開くはずもない。閉じ込められてしまった。扉に寄りかかったら、足から力が抜けて座り込んでしまう。この部屋が暗いせいか、急に無音になったせいか、体が震えてきた。
さっきのキースの言葉が頭から離れない。どんな最期を迎えるかなんて考えたくない。またキースの言葉を思い出す。引き離されてしまった。
思惑通りになっている。キースではない、ジークの思い通りに。全ての言葉がジークからの言づけに聞こえる。悔しくて、悲しくて、最初は分からなかった。床についた手の甲に水が落ちたことに。体が震える原因に気づいてしまった。
怖い。憎いはずなのに怖い。憎いのに! どうして! どうして怖いんだ!
心の中で自分を叱った。だけど怯えている事実は変わらない。失うことを恐れている。失ったことが怖い。チャス。オルザドーク。それにグッデ。父さん。母さん。
いつしか、胸がすかすかになった。空虚感。喪失感。切ないわけでもない、ただ悲しい、辛い。これまでの旅は決して楽ではなかった。だけどチャスとオルザドークがいなければ、自分はやってこられなかった。
彼らがいて、少しばかり立ち直れた。その全てを失っては無力なのだ。
ひとりになった。ヒトリニナッタ。
誰もいないこの空間。できることは何一つない。涙をこらえることもできないなんて。
「ジョーカー引いたのはお前か?」
まだ涙目だったので慌てて目を拭う。ロウソクの明かりが、まるで松明が燃える勢いで灯る。それでも男の姿は見えない。
「だったら?」
見えない敵に負けないように威勢を張る。
「死にに来たってことだろ」
天井から男が飛び降りてきた。赤い髪で、サングラスの悪魔。ゲリーだ。
「分からないな」
オルザドークの声がかすれている。こんな声聞きたくない。
「あんたが不死身ってことぐらい調べてあるんだ。だから使わせてもらってるよ。あんたが発明した秘薬」
一体なんのことだろう。オルザドーク自身も驚いている。得意げになったキースが誇張する。
「全部知ってるよ。あんたがどうして魔術師として放浪してるのか。一族から追放されたんだよね」
無言のオルザドークを見ていると何だか切なくなる。オルザドークの過去を暴いてやろうという気になったキースはますます楽しそうだ。
「他の種族と違って完全な不死身の種族だったのに、死の薬を作ったんだよね。何百年も行き続けるのが嫌で。だけど村の連中はその薬に恐怖を抱いて、あんたを追い出した」
オルザドークが自嘲する。が、同時に相手を嘲笑った。
「その薬を盗んできたのか? 俺一人のために?」
「そう。この弾に塗ってあるんだよ」
血まみれのオルザドークは余裕を感じさせる笑みを見せた。
「勘違いしてないか? その薬は毒じゃないぞ。撃ったぐらいで調子に乗るな」
「知ってるよ。でも人間の体になる。それで十分さ。そんなに早く死んでもらえるとも思ってないし。ゆっくり料理してあげるよ」
キースが指を鳴らすと、新たにゾンビが十人加わった。杖を構えなおし、オルザドークが突っ切って行く。立っていられる状態ではないはずだ。血が流れ落ちている。今、生きていること自体おかしい。
勇姿を目で追っていると、ゾンビの向こうにいるキースと目が合った。
「コステット忘れてたよ」
肝が冷える思いがした。自分は一体何をされるんだ? また指が鳴らされる。明らかにこちらのゾンビへの指示だ。ゾンビが力づくで引っ張る。懸命に逆らうが、多勢に無勢で力負けする。これ以上オルザドークに迷惑はかけられない。
気迫でゾンビを倒していくけども、きっとあれが精一杯だ。魔法は疲れるので、あの体じゃ辛いはずだ。それにゾンビは何度倒されても起き上がる。
前に行こうともがくが、後ろのゾンビが首をつかむので、行くに行けない。オルザドークも攻撃を防ぐばかりになっていく。ゾンビの真っ赤な舌が杖と交わる瞬間、刃物のように尖り、鞭になり、ロープに変わりと、変幻自在なのだ。一対数十人では勝ち目がない。だけど、みるみる内に、引き離される。
「くっ、くそ!」
こん身の力で体を押しやったのもむなしく、ゾンビのバリケードはびくともしない。キースの嘲笑う声がゾンビ越しに耳につく。
「諦めなコステット。お前はすでにジークの策略にはまってるんだよ。ここにいる奴らも助かりはしない」
あの男が笑う様が目に浮かぶようだ。宣言通り、オルザドークと離れ離れにされる。背に冷たい金属が当たった。後ろに鉄の扉がある。
「こいつらとはもうちょっと遊んであげるよ。お前はそこで、こいつらがどんな最期を迎えるのかじっくり考えてな」
鈍い動きで開いた扉へ、乱暴に投げ入れられた。強く全身をぶつけて、冷え冷えとする床を転がった。だが、痛みをこらえ、反射的に起き上がった。
しかし間に合わない。扉を閉められてしまった。扉に駆け寄ったが、もう開くことはなかった。叩いて、何度も蹴って、体でぶつかっても、肩を痛めただけで開かない。
何とも言えないものが込み上げてきた。開かないと分かっていたが、拳で扉を叩いた。この扉を隔てた向こうでは、まだ戦いが続いている。
「何で!」
もう一度扉をぶった。開くはずもない。閉じ込められてしまった。扉に寄りかかったら、足から力が抜けて座り込んでしまう。この部屋が暗いせいか、急に無音になったせいか、体が震えてきた。
さっきのキースの言葉が頭から離れない。どんな最期を迎えるかなんて考えたくない。またキースの言葉を思い出す。引き離されてしまった。
思惑通りになっている。キースではない、ジークの思い通りに。全ての言葉がジークからの言づけに聞こえる。悔しくて、悲しくて、最初は分からなかった。床についた手の甲に水が落ちたことに。体が震える原因に気づいてしまった。
怖い。憎いはずなのに怖い。憎いのに! どうして! どうして怖いんだ!
心の中で自分を叱った。だけど怯えている事実は変わらない。失うことを恐れている。失ったことが怖い。チャス。オルザドーク。それにグッデ。父さん。母さん。
いつしか、胸がすかすかになった。空虚感。喪失感。切ないわけでもない、ただ悲しい、辛い。これまでの旅は決して楽ではなかった。だけどチャスとオルザドークがいなければ、自分はやってこられなかった。
彼らがいて、少しばかり立ち直れた。その全てを失っては無力なのだ。
ひとりになった。ヒトリニナッタ。
誰もいないこの空間。できることは何一つない。涙をこらえることもできないなんて。
「ジョーカー引いたのはお前か?」
まだ涙目だったので慌てて目を拭う。ロウソクの明かりが、まるで松明が燃える勢いで灯る。それでも男の姿は見えない。
「だったら?」
見えない敵に負けないように威勢を張る。
「死にに来たってことだろ」
天井から男が飛び降りてきた。赤い髪で、サングラスの悪魔。ゲリーだ。