44.悪魔キース登場
文字数 2,346文字
アーチは馬車よりも早く動いているようだ。
「場所が変わったら不都合なんだね」
男の声が降ってきた。動いている民家の上に男がいた。金髪でポニーテールの男。服は上から下まで真っ黒だ。見とれた僕達に男は答えるように高らかに声をかけてくる。
「誰ですか? って顔してるねー。俺はキース。悪魔だ」
「僕が誰かって知っているのか?」
身構えるとキースは頷いてみせた。
「話が分かってくれてるのは嬉しいねコステット。でもゲームは終わりだってさ」
腑に落ちない。ゲームは最近はじまったばかりではないか。
「何で? ゲームは僕を殺すことだろ?」
キースという悪魔は片手を上に掲げた。すると、長く光沢の放った猟銃が手品のように現れて、キースの手に収まる。
「そう。だって、お前はこの町から出られない。とすれば、終わりだよね」
キースは銃を構えた。しかし理由もなく、殺されてはたまらない。こちらには旅に出た理由がちゃんとあるのだ。
「どうして僕なんだ? 僕には魔王の地位とか興味もないし、関係ない」
「そうかもしれないねー。でも関係ないって言いきれる? コステット。身に覚えがないこともないと思うんだけどね」
キースが笑っていた。気取った声で自慢する。
「言っとくけど、俺は魔界じゃ一番の射撃の腕だから、本気で逃げなよ。十秒あげるから」
キースは勝手にカウントダウンを始めた。頭の中は、溢れ出した情報を処理しきれずに混乱していた。白い髪の少年がぐるぐる回る。
「八、七」
その間もカウントは続く。
白い髪の少年が何者なのか。なぜあのとき父さんと母さんが死ななければならなかったのか。あのときあんなに怒った自分にも驚いた。全ての疑問は一つ。なぜ? その答えを必死で思いだそうとして、グッデに手を引かれたとき、まずいと思った。
「グッデは別の所へ逃げて」
「バカ言え! あいつは人間じゃねぇんだぞ。おまえだって、やられるかもしれねぇ!」
「三」
「でも!」
「二」
「でもとか言ってる場合か!」
「一」
引き金が引かれた。鳴り響いた銃声。弾がすぐ脇を通すぎて行った。とっさに近くの家の角に逃げ込んだが、足跡をたどるように銃弾が撃ち込まれていく。
「もっと早く走らないと当たるよ」
いつの間にかキースは黒い羽を広げて空から狙い撃ちしていた。飛べるなんて反則だ! 状況は悪くなる一方だ。家を縫うように走っていたのだが、道がそうさせているかのようだったのだ。複雑に入り組んだ細い路地。高低差も出てきて。
いたるところに無意味な階段がある。建物自らが移動して集まってくる。建物は滑るように地面を動くのだ。しかも壁には人のような顔がついている。生きているかのように生々しい。口や目だけがある壁もある。
「まさかしゃべったりしないだろうな!」
グッデが喚く。今にも何か話しかけられそうだ。顔のある壁に囲まれ、空からは銃の嵐。道は一本になり、突き当たりには崖だ。奈落の底を思わせる崖だった。その中に大きな明かりが見える。家よりも巨大な白いロウソクが崖の遥か遠く、見えない底から生えていて、大きな炎を生み出している。
銃弾が頭上をかすめた。
「よくここまで逃げられたね。ゴールだよ」
危なく当たるところだった。いや、当たっていてもおかしくなかった。地面に残る銃弾の跡が足の際を射抜いている。
「あのロウソク大きいだろ? でも大きいだけじゃないよ。どんなものでも焼き殺すことができるんだよね。いわゆる地獄の業火ってこと」
グッデがこわごわ後ろを見る。この高さから落ちたときのことと、炎の中に落ちたときのことを想像して、青ざめる。
「あいつ振り切って逃げようぜ。言ってるほど大した腕じゃねぇだろ?」
グッデの見解は間違っている。ずっと銃弾の跡を見ているとおかしいことに気づいた。この悪魔キースは、わざと外して僕らを追い回すことを楽しんでいる。
「一発も当たらなかった。さっきの弾。全部すれすれで撃ってる。わざとはずしてるんだ」
「何でわざわざそんなことするんだ?」
それは本人に聞けば分かる。
「ここまで走らせたかったとか?」
尋ねるとキースは口元をほころばせた。
「大正解。ここは町の中心。死者達の巣窟」
キースがそう言い終えると、大きな爆発音がした。夜空に花火が上がった。どこから上がったものか分からないが、赤い文字が浮かび上がる。
血の祭典。
続けてたくさんの花火が夜空を血のように彩った。『血の祭典』という文字だけはいつまでも消えなかった。食い入るように赤い文字を見上げていた。『血』の文字から目が離せなかった。自然と生つばを何度も飲み込んだ。生暖かい風が僕の煩悩をくすぐる。その風に乗って、気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「祭典の始まりですね」
その声は顔のある壁の上に座っていたバロピエロのものだった。バロピエロは初めてニヤリと笑ったのだ。その笑いは、見たことを後悔するほど目に焼きつく不気味なものだった。
「何でここに」
「依頼を受けていましてね」
「何の?」空の文字が僕を誘惑する。声が震えた。決して怖いのではない。変な衝動をこらえるのがやっとなのだ。
「君をここまでつれてきてほしいと。でも君は私の案内を断りましたから、地図をお渡ししました。お役にたてたでしょう?」
さっきから体が震えていた。何もないのに、息苦しかった。体が冷えてくる。
「誰の依頼だ?」
「もう分かるんじゃありませんか?」
空にある赤い文字を見ないようにキースを睨んだ。
「俺? 俺は違うよ。依頼したのはジーク」
心当たりはない。バロピエロはふふふと声を漏らす。
「白い髪の悪魔の彼ですよ。彼はジーク覚えてませんか。あの日私もそこにいたんですけどね」
「場所が変わったら不都合なんだね」
男の声が降ってきた。動いている民家の上に男がいた。金髪でポニーテールの男。服は上から下まで真っ黒だ。見とれた僕達に男は答えるように高らかに声をかけてくる。
「誰ですか? って顔してるねー。俺はキース。悪魔だ」
「僕が誰かって知っているのか?」
身構えるとキースは頷いてみせた。
「話が分かってくれてるのは嬉しいねコステット。でもゲームは終わりだってさ」
腑に落ちない。ゲームは最近はじまったばかりではないか。
「何で? ゲームは僕を殺すことだろ?」
キースという悪魔は片手を上に掲げた。すると、長く光沢の放った猟銃が手品のように現れて、キースの手に収まる。
「そう。だって、お前はこの町から出られない。とすれば、終わりだよね」
キースは銃を構えた。しかし理由もなく、殺されてはたまらない。こちらには旅に出た理由がちゃんとあるのだ。
「どうして僕なんだ? 僕には魔王の地位とか興味もないし、関係ない」
「そうかもしれないねー。でも関係ないって言いきれる? コステット。身に覚えがないこともないと思うんだけどね」
キースが笑っていた。気取った声で自慢する。
「言っとくけど、俺は魔界じゃ一番の射撃の腕だから、本気で逃げなよ。十秒あげるから」
キースは勝手にカウントダウンを始めた。頭の中は、溢れ出した情報を処理しきれずに混乱していた。白い髪の少年がぐるぐる回る。
「八、七」
その間もカウントは続く。
白い髪の少年が何者なのか。なぜあのとき父さんと母さんが死ななければならなかったのか。あのときあんなに怒った自分にも驚いた。全ての疑問は一つ。なぜ? その答えを必死で思いだそうとして、グッデに手を引かれたとき、まずいと思った。
「グッデは別の所へ逃げて」
「バカ言え! あいつは人間じゃねぇんだぞ。おまえだって、やられるかもしれねぇ!」
「三」
「でも!」
「二」
「でもとか言ってる場合か!」
「一」
引き金が引かれた。鳴り響いた銃声。弾がすぐ脇を通すぎて行った。とっさに近くの家の角に逃げ込んだが、足跡をたどるように銃弾が撃ち込まれていく。
「もっと早く走らないと当たるよ」
いつの間にかキースは黒い羽を広げて空から狙い撃ちしていた。飛べるなんて反則だ! 状況は悪くなる一方だ。家を縫うように走っていたのだが、道がそうさせているかのようだったのだ。複雑に入り組んだ細い路地。高低差も出てきて。
いたるところに無意味な階段がある。建物自らが移動して集まってくる。建物は滑るように地面を動くのだ。しかも壁には人のような顔がついている。生きているかのように生々しい。口や目だけがある壁もある。
「まさかしゃべったりしないだろうな!」
グッデが喚く。今にも何か話しかけられそうだ。顔のある壁に囲まれ、空からは銃の嵐。道は一本になり、突き当たりには崖だ。奈落の底を思わせる崖だった。その中に大きな明かりが見える。家よりも巨大な白いロウソクが崖の遥か遠く、見えない底から生えていて、大きな炎を生み出している。
銃弾が頭上をかすめた。
「よくここまで逃げられたね。ゴールだよ」
危なく当たるところだった。いや、当たっていてもおかしくなかった。地面に残る銃弾の跡が足の際を射抜いている。
「あのロウソク大きいだろ? でも大きいだけじゃないよ。どんなものでも焼き殺すことができるんだよね。いわゆる地獄の業火ってこと」
グッデがこわごわ後ろを見る。この高さから落ちたときのことと、炎の中に落ちたときのことを想像して、青ざめる。
「あいつ振り切って逃げようぜ。言ってるほど大した腕じゃねぇだろ?」
グッデの見解は間違っている。ずっと銃弾の跡を見ているとおかしいことに気づいた。この悪魔キースは、わざと外して僕らを追い回すことを楽しんでいる。
「一発も当たらなかった。さっきの弾。全部すれすれで撃ってる。わざとはずしてるんだ」
「何でわざわざそんなことするんだ?」
それは本人に聞けば分かる。
「ここまで走らせたかったとか?」
尋ねるとキースは口元をほころばせた。
「大正解。ここは町の中心。死者達の巣窟」
キースがそう言い終えると、大きな爆発音がした。夜空に花火が上がった。どこから上がったものか分からないが、赤い文字が浮かび上がる。
血の祭典。
続けてたくさんの花火が夜空を血のように彩った。『血の祭典』という文字だけはいつまでも消えなかった。食い入るように赤い文字を見上げていた。『血』の文字から目が離せなかった。自然と生つばを何度も飲み込んだ。生暖かい風が僕の煩悩をくすぐる。その風に乗って、気味の悪い笑い声が聞こえてきた。
「祭典の始まりですね」
その声は顔のある壁の上に座っていたバロピエロのものだった。バロピエロは初めてニヤリと笑ったのだ。その笑いは、見たことを後悔するほど目に焼きつく不気味なものだった。
「何でここに」
「依頼を受けていましてね」
「何の?」空の文字が僕を誘惑する。声が震えた。決して怖いのではない。変な衝動をこらえるのがやっとなのだ。
「君をここまでつれてきてほしいと。でも君は私の案内を断りましたから、地図をお渡ししました。お役にたてたでしょう?」
さっきから体が震えていた。何もないのに、息苦しかった。体が冷えてくる。
「誰の依頼だ?」
「もう分かるんじゃありませんか?」
空にある赤い文字を見ないようにキースを睨んだ。
「俺? 俺は違うよ。依頼したのはジーク」
心当たりはない。バロピエロはふふふと声を漏らす。
「白い髪の悪魔の彼ですよ。彼はジーク覚えてませんか。あの日私もそこにいたんですけどね」