114.プライド

文字数 1,800文字

 「君とは戦いたくない。僕の敵はジークだ」



 剣を早々と構えられては弁解も聞いてもらえそうにない。


 「ジークも俺が倒す。お前はあの世であいつの最期を見てればいい」

 「僕が倒さないといけない。邪魔しないで」


 少しの間、誰か分からない、地獄の叫び声だけが響いた。


 「行かせない」


 そこまで戦いたいのなら。ここでやられるわけにはいかない。たとえ相手がレイドでもだ。少し爪を伸ばす。


 「あの人がお兄ちゃんの言ってた、バレって人?」アグルがレイドの袖を引く。


 「人じゃない。悪魔だ。どいてろ」


 アグルを払いのけ、じりじりと距離を詰めるレイド。そのちょうど中間の辺りで、血でできた椅子に座ったジェルダン王が楽しそうに見学しはじめた。


 先に攻撃に出たのはレイドだ。大股に踏み切ってくる。低い姿勢にして、胸を狙ってきた。左手の爪を長く伸ばして、剣を滑らせる。


 鉄道がカーブするときに出る耳障りな高音がした。そこで右手の爪も伸ばしてレイドの脇を突く。けれど、さすがレイドだ。 攻撃を先に読んでいる。




 コートに届くか届かないかのところで身をひるがえし、よけた。そのついでに、足を軸に回る。回し蹴りだ! 



 しゃがんでかわす。ゲリーの蹴りで、足技はうんざりしていたところだ。このまま懐に飛び込んでさっさと終わらせよう。レイドの口元が微笑む。


 「ニラスフェロスト」

 とっさに横に滑る。白い刃がレイドの剣ではなく、指から放たれたのに驚いた。あれは、武器を使わず媒体なしで物体を切断する呪文。


 同じ系統の呪文ではザンクロストの方が威力は上だが、ニラスフェロストは武器を必要としないだけあって、いつでも放てる大技になり得る。


 「上手くよけたな」


 レイドは落ち着き払っている。余裕さえ感じられる。こっちは息が少し乱れているというのに。術もレイドの方がたくさん知っている。さすがに三日づけではどうにもならないところがある。




 「今度はこっちの番だ」


 イノシシと言われるかもしれないが突進した。三日で覚えたことを全て使い切れば何とかなる。呪文だけが全てではない。あえて、狙いをつけさせる。レイドが剣を横に傾け指を添える。剣が神々しく光る。


 光線が放たれた。右に大きく跳ぶ。やはり隙ありだ。このまま手を伸ばせば剣をはたき落とせる。


 そう思ったとき、背後に迫る気配に気づいた。横目で見ると、さっき放たれた光線がカーブをして後ろに回りこんでいるのが見えた。よける暇はない。切り裂いて防いだ。


 「っつ」

 手が少し焼けて、血と黄色いリンパ液が、皮膚の下からめくれ上がる。

 「どこ見てんだ?」


 隙を作るつもりが、隙ができたのは自分だと気づいた。レイドの足が脇に入った。ゲリーに劣らない強い蹴り。氷の上にいるわけではないのに、どこまでも滑る。






 「誰だか知らないがやるじゃないか」

 ジェルダン王がレイドに声援を送る。レイドは全く取り合っていない様子だが、冷たい目をされると、レイドも敵に見えてくる。ゆっくりと近づいてきて剣を突き出した。僕に見えるように首を差す。


 「お前がよけるのは分かった。バカみたいに突っ込んで来るような奴じゃないからな」

 裏の裏をかかれていた。


 「何で本気で来ない?」


 驚いてレイドを上目に見やる。眉間に寄ったしわが、怒りをあらわにしている。自分では気づかなかったが、心のどこかでレイドと戦いたくないという念があることに、言われてはじめて分かった。


 「ここでとどめを刺そうと思えばできるんだぞ」


 どうしてそこまでこだわるのだろうか? 刺せばよかったのに。自分が憎いのではないのか? 塔でレイドを襲ったときの、おぞましい記憶が蘇る。レイドの血を見たいがために襲ってしまった、真の悪魔の姿が。


 「本気で来い」


 そんな僕と正々堂々戦おうと言うのか? いや、レイドは憎んでいないのかもしれない。あのとき、仕留めることができなかったレイド自身を許せないのだろうか。




 だから、ここまで追ってきて、本気でやり合えないことがプライドを傷つけるのだろう。いつから悪魔祓い師をしているか分からないが、職としている以上、とことんやり通す性分ということだ。とにかく殺されたくないなら殺す気で来いということだろう。


 「本気で行くよ」


 レイドはそれを望んでいる。白黒はっきりつけるつもりだ。そんな相手を気遣っていては自分が負ける。


 負けるわけにはいかないんだから。
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