157.エピローグ

文字数 1,272文字

 「ジークの気配がないな」オルザドークの吐く息が部屋の冷気で白く濁る。



 ずいぶん久しく聞いていないように思われた。ぼやけていたが、オルザドークと分かる影が見えて安心した。声こそ出ないが、ありがとうと伝えたい。



 「大丈夫か? 出血が酷い」


 すぐにチャスが手当てしてくれる。呪文の言葉でさえ暖かい。隣で嬉し泣きをしているのはアグルだ。






 「くそ、おれは何やってんだ」

 グッデが目を覚ました。アグルの手当てが実ったのか。奇跡だ。



 「ジークは?」

 グッデはすぐにジークが不在であることに気づいたようだ。僕が血まみれで倒れ、レイドも意識がない。スーツのあちこちを汚して、要姫が現われた。





 「けっ。負けたってことかよ」

 グッデはまだ悪魔のままだ。ジークを倒しても記憶は戻らない。残念だった。でも、説得はもう嫌というほど試みたつもりだ。


 僕はグッデのおかげで勝てた。それだけでもう十分感謝してもしきれない。もちろん、今、この部屋に集まったみんなのおかげでもある。


 声はほとんど出なかった。だけど、涙は出ない。今、生きていると感じるだけで満たされている。



 悔しそうにグッデが喚く。肩が震えている。グッデは、やっぱり僕のことを忘れている。

 「殺してやる!」

 グッデが無謀にもオルザドークに殴りかかった。オルザドークの一睨みは、瞬時に敵と判断する。




 「やめて」

 僕のつたない言葉を聞き取って、チャスが二人をつき飛ばす。牙を剥いてグッデは僕を睨む。

 「グッデのおかげで分かったんだ。憎しみも、復讐心も間違ってるって」





 グッデは意味を解さないようだ。唾を吐き捨てて、逃げていってしまった。

 「逃げるけどいいのか?」







 僕は泣いていた。だけど、これでいい。グッデは悪魔のままで別人だ。






 だけど僕にグッデを殺す力はないし、勇気もない、けれどグッデは生きている。僕の分まで生きていてくれる。








 レイドがむくりと起き上がる。要姫にかけてもらった回復魔法で意識を取り戻したようだ。腕が折れているが、痛みを取り除いてもらっている。横目でこちらを見ると、恥ずかしそうに顔をしかめた。


 止血と、毒抜きは十数分を要した。途中、何度も意識が飛び、戻っては、チャスやオルザドークの無事が確認できて、とても幸福だった。


 全員の応急手当ができたところで、これ以上魔界に留まるのは危険と判断したオルザドークは、残りわずかな魔力を使い、人間界へと扉を開いた。











 三日後、みなはそれぞれ別れた。レイドは再び旅へ、それも修行を積むとか。


 要姫は仕事に戻り、オルザドークは欠伸をしながら孤立した自分の家へ。でも、その方がありがたい。何も変わらぬ、以前の光景だ。


 ディスはというと、ずっと意識の中にいる。感情は二人とも筒抜けで、兄弟ができたような感じだ。


 チャスもずっと側にいてくれている。ホルストーンには戻らず、今は小さな村で過ごしている。



 今日、最期の日を迎える。呪いは、ジークに勝った後も、消えなかった。だけれど僕が死ぬまでの間チャスとしばらくの休暇と思って楽しく暮らそうと思う。



 もう僕は一人ではないから。
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