116.剣の裁き
文字数 1,969文字
「これで決める」
レイドが言葉とは裏腹な行動をする。剣を地面に突き刺したのだ。この状況で武器を捨てるなんてどういうつもりだ? 媒体がなければ魔術はおろか、呪文も限られてくる。
何か裏がある。下手に手を出さない方がいい。レイドはなお真剣な顔つきで、感に触るように挑発してくる。
「どうした? 負けるのが怖いのか?」
誰がいつそんなことを言った? でも負けられない。ジークを倒すんだ! レイドの一言でいつも頭に抱えている怯えた義務感が簡単に引き出されてしまった。一直線にレイドの元へ斬り込む。
ところがレイドは立っているだけだ。逃げる気配もなく爪を待っている。だからといってやめるつもりはない。ふっかけたのはあいつだ。
勝てる。そう確信したのは、レイドが観念したかのように目を閉じたときだ。首筋を幾つも汗が伝い落ちる。両手を交差させて、引き裂く! 剣に手をかけたレイドだが、引き抜くときには、もう遅いはずだ。
レイドの眼光が怒りの矢を放つ。両腕に雷が走った。痛みにおののいて、レイドとの境界にできた壁に目を奪われる。まだ、剣は抜かれていないのに何故。
剣は地面に刺さったままだ。レイドが魔法を使った気配はない。なのに、透明な隔てる壁が現われている。爪が刺さったまま抜けない。
「詳しく教えてなかったな。俺の剣のこと」
魔法だけでなく、特殊な力があるのか? 油断していた。これで形勢はレイドに傾いた。
「十字聖剣カオス。その名の通り、十字の形を現しているとき、力を発揮する」
十字の形は、地面に突き刺されたことでできあがっている。地獄に輝く墓のようだ。神聖な光とでも言うのだろう、この白い剣の輝きは。見ていると鳥肌が立つ。
「悪魔はこの剣で裁きを受けることになる。この剣自らが意志を持ち、罰を与えるだろう。お前も例外じゃない」
死の宣告に聞こえた。これがレイドのやり方なのか? 押しても引いても抜けない爪。手と腕も壁に吸い込まれる。壁に閉じ込められた!
さっきまでの剣の美しさは感じられず、呪いの灯 に見える。青い光が天から差してきた。爆発のような音で、壁が放電した。稲妻が全身を刺す。言いようのない苦痛に襲われて、自分が何を叫んでいるのかも分からない。焼け落ちている? 燃えている?
それとも血が噴き出しているのか? 全身が果てるまで、巡り続ける苦痛は、例えようがない。
「じきに楽になるだろう。俺はこんな趣味持ってないけど、カオスは正しいと信じている」
面白がって手を叩くジェルダン王。怖がって、目を伏せるアグルが遠くで見える。目をそらすレイドが不思議だ。このまま自分の手で殺さないのか?
剣に任せるのか。ここまで来てレイドの内にある葛藤が見えたような変な気分になる。
それに痛みもない。どういうことだ。壁にひびが入った。自分は何もしていない。放射状に広がっていく。壁が光を失い消え去る。レイドが目を見開いている。レイドも何が起きたのか分からないのか。
完全に壁が崩れ落ち、僕は地面に放り出された。血生臭い土の上に横たわると、痛みも抜けて安らいでいける。妙な幸福感だ。
レイドの視線は剣に吸い寄せられている。幽霊に出会ったような顔をしている。が、すぐに闘志を取り戻し、剣を乱暴に引き抜く。しかし、レイドは我を失っていた時間が長かった。爪を突きつけるのに、今の数秒はあり余るほどだ。レイドが息を飲んだのが爪から伝わる。
「やめて!」
驚いたことに邪魔をしたのはアグルだ。背伸びをして両手をいっぱいに広げてレイドをかばっている。
「どけアグル!」
レイドが声を荒げるが、アグルは一歩も動かない。いいからどけ! と顔を真っ赤にして、レイドがアグルを突き飛ばす。
「二人ともやめてよ。バレってお兄ちゃん悪い人じゃないよ、きっと。血が僕と同じで赤いもん。バレってお兄ちゃんも、もういいでしょ? お願いだからお兄ちゃんを殺さないで!」
予想だにしなかったことに戸惑うが、レイドの方が罵声を上げて取り乱している。
「敵に頼むな。血が赤くてもこいつは黒いやつらと変わらない。変わらないはずだ!」
自分に言い聞かしているのが見て取れる。レイドがなぜ剣を使ったのか分かった。剣で見極めようとしたんだ。闇色の悪魔かどうか。殺すべきか、生かすべきか。
ずっとレイドにとって僕は、悪魔でしかなかったのだ。それが意志ある剣により生かすべきと判断されたのでは、これまでの苦労が水の泡となるだろう。レイドの噛み締めた唇から苦しげなうめき声が聞こえた。
「殺せ。俺の負けだ」
どうして聞き入れなければならないのだろうか? アグルという幼い子をつれている正義の使者に。
「できないよ」
驚きと怒りで満ちた目が見返してくる。
「何だと? 殺せばいいだろ! 俺は負けたんだ!」
レイドが言葉とは裏腹な行動をする。剣を地面に突き刺したのだ。この状況で武器を捨てるなんてどういうつもりだ? 媒体がなければ魔術はおろか、呪文も限られてくる。
何か裏がある。下手に手を出さない方がいい。レイドはなお真剣な顔つきで、感に触るように挑発してくる。
「どうした? 負けるのが怖いのか?」
誰がいつそんなことを言った? でも負けられない。ジークを倒すんだ! レイドの一言でいつも頭に抱えている怯えた義務感が簡単に引き出されてしまった。一直線にレイドの元へ斬り込む。
ところがレイドは立っているだけだ。逃げる気配もなく爪を待っている。だからといってやめるつもりはない。ふっかけたのはあいつだ。
勝てる。そう確信したのは、レイドが観念したかのように目を閉じたときだ。首筋を幾つも汗が伝い落ちる。両手を交差させて、引き裂く! 剣に手をかけたレイドだが、引き抜くときには、もう遅いはずだ。
レイドの眼光が怒りの矢を放つ。両腕に雷が走った。痛みにおののいて、レイドとの境界にできた壁に目を奪われる。まだ、剣は抜かれていないのに何故。
剣は地面に刺さったままだ。レイドが魔法を使った気配はない。なのに、透明な隔てる壁が現われている。爪が刺さったまま抜けない。
「詳しく教えてなかったな。俺の剣のこと」
魔法だけでなく、特殊な力があるのか? 油断していた。これで形勢はレイドに傾いた。
「十字聖剣カオス。その名の通り、十字の形を現しているとき、力を発揮する」
十字の形は、地面に突き刺されたことでできあがっている。地獄に輝く墓のようだ。神聖な光とでも言うのだろう、この白い剣の輝きは。見ていると鳥肌が立つ。
「悪魔はこの剣で裁きを受けることになる。この剣自らが意志を持ち、罰を与えるだろう。お前も例外じゃない」
死の宣告に聞こえた。これがレイドのやり方なのか? 押しても引いても抜けない爪。手と腕も壁に吸い込まれる。壁に閉じ込められた!
さっきまでの剣の美しさは感じられず、呪いの
それとも血が噴き出しているのか? 全身が果てるまで、巡り続ける苦痛は、例えようがない。
「じきに楽になるだろう。俺はこんな趣味持ってないけど、カオスは正しいと信じている」
面白がって手を叩くジェルダン王。怖がって、目を伏せるアグルが遠くで見える。目をそらすレイドが不思議だ。このまま自分の手で殺さないのか?
剣に任せるのか。ここまで来てレイドの内にある葛藤が見えたような変な気分になる。
それに痛みもない。どういうことだ。壁にひびが入った。自分は何もしていない。放射状に広がっていく。壁が光を失い消え去る。レイドが目を見開いている。レイドも何が起きたのか分からないのか。
完全に壁が崩れ落ち、僕は地面に放り出された。血生臭い土の上に横たわると、痛みも抜けて安らいでいける。妙な幸福感だ。
レイドの視線は剣に吸い寄せられている。幽霊に出会ったような顔をしている。が、すぐに闘志を取り戻し、剣を乱暴に引き抜く。しかし、レイドは我を失っていた時間が長かった。爪を突きつけるのに、今の数秒はあり余るほどだ。レイドが息を飲んだのが爪から伝わる。
「やめて!」
驚いたことに邪魔をしたのはアグルだ。背伸びをして両手をいっぱいに広げてレイドをかばっている。
「どけアグル!」
レイドが声を荒げるが、アグルは一歩も動かない。いいからどけ! と顔を真っ赤にして、レイドがアグルを突き飛ばす。
「二人ともやめてよ。バレってお兄ちゃん悪い人じゃないよ、きっと。血が僕と同じで赤いもん。バレってお兄ちゃんも、もういいでしょ? お願いだからお兄ちゃんを殺さないで!」
予想だにしなかったことに戸惑うが、レイドの方が罵声を上げて取り乱している。
「敵に頼むな。血が赤くてもこいつは黒いやつらと変わらない。変わらないはずだ!」
自分に言い聞かしているのが見て取れる。レイドがなぜ剣を使ったのか分かった。剣で見極めようとしたんだ。闇色の悪魔かどうか。殺すべきか、生かすべきか。
ずっとレイドにとって僕は、悪魔でしかなかったのだ。それが意志ある剣により生かすべきと判断されたのでは、これまでの苦労が水の泡となるだろう。レイドの噛み締めた唇から苦しげなうめき声が聞こえた。
「殺せ。俺の負けだ」
どうして聞き入れなければならないのだろうか? アグルという幼い子をつれている正義の使者に。
「できないよ」
驚きと怒りで満ちた目が見返してくる。
「何だと? 殺せばいいだろ! 俺は負けたんだ!」