97.ハズレ

文字数 2,389文字

 そこには醜く歪んだ顔の魔女が舌を出して笑っている絵柄が。ハズレだ。ハズレを引いてしまった。きっと恐ろしいことになる。輝くばかりに笑うバロピエロを見れば分かる。


 それをずっと見ていると身の毛がよだつのでカードに視線を落とした。


 「おい、大丈夫か?」


 この場にふさわしくないが笑うしかない。どうしようもない不安がのしかかる。ハズレに対する恐ろしい考えが浮かぶ。


 どうしてもあれしか考えられない。「死」でないことを祈った。

 「これで誰がハズレか決まりましたね」


 思考が糸を切られるように飛ぶ。何か言いたそうにしているバロピエロの口。頼むから何も言わないで欲しい。



 「ハズレは四大政師(よんだいせいし)のチャスフィンスキーです」



 耳を疑った。カードは何度見てもジョーカーなのにどうして?


 チャスのカードを見てみたいが、チャスがあまりにも蒼白な顔をしていたのでためらった。

 「さすがチャスフィンスキー。私の心を読み取りましたか」


 「どうしてチャスがハズレなんだ」オルザドークが問い詰める。

 首を傾げる仕草をしてバロピエロは笑う。


 「私はハズレがあるかもしれないと話しましたが、そのハズレがジョーカーだとは一言も言ってません」


 大きな間違いをしていた。カードがトランプだったので、てっきりハズレはジョーカーだと思い込んでしまった。

 「じゃあ、チャスのカードは何?」


 ジョーカーより恐ろしいカードがある。まさかあのカードなんじゃ。チャスがカードを持つ手を返した。予想は的中した。スペードのエース。


 「おや、知っているみたいですね。そのカードの意味を」

 「何だったか?」オルザドークがとぼける。本当に知らないのだろうか。バロピエロが早く教えてあげて下さいと言わんばかりに見つめてくる。


 「『死』だよ」


 オルザドークの表情が一瞬険しくなる。

 「正解です。スペードは死という意味を保持しています。ジョーカーは元々は、最高の切り札としての役割を担っているカードなんですよ」


 これ以上、嫌な笑みを見ていたくない。


 「良かったじゃん」


 チャスが優しく声をかけてくれた。返す言葉がなかった。チャスは笑顔だ。



 「俺がハズレでよかった。バレにはさ、ジークを倒してもらわないといけないのに、お前がハズレだったら俺、どうしたらいいんだよ」



 申し訳なくて、頭が上がらない。こんなに自分のことを思ってくれていたとは知らず、勝手に突っ走るようなまねばかりしている自分が情けない。


 「カードは持ったままでも、捨ててもいいですよ。運命は決まりましたから」

 左側の壁がふっと消え、新しい廊下が現われた。何が運命だ。選択肢がないなんて、誰が決めた。


 「チャスフィンスキーはここに残ってもらいましょう」

 「ここに置いてけって言うの?」


 「ハズレだからに決まっているでしょう?」

 床に闇への穴が口を開けた。チャスが落ちる。

 「つかまって!」


 手を伸ばそうとして、わずかに届かず、吸い込まれていった。手はふさがった床に触れただけだ。消えた。納得がいかない。ハズレというだけで消された? 



 抗議する前に手が出た。殴ろうとして、オルザドークに腕を捕まれた。つかんでいない方の腕はバロピエロの胸倉をつかんでいる。


 「おい。俺の仲間をどこへやった!」


 形相が一変し、本気で怒っている。このオルザドークを前にしている状況で、バロピエロは落ち着きはらっている。それどころか、楽しんでいる。


 「下へ送っただけです。地下牢にね。そこでスペードのエースが待っていますよ」

 「あいつを殺す気なのか!」

 クスッと笑い声が聞こえた。



 「こんなに取り乱すあなたは初めて見ましたよ」



 オルザドークがバロピエロを殴った。眉間のしわが寄り、顔は真っ赤だ。


 「いきなり何をするのか分からない人というのは怖いですね」


 オルザドークが握っているの服だけだった。後ろに気配がした。同じ服を着ているバロピエロが僕の後ろの壁にもたれて立っている。


 「それゆえにスリルがあるのも確かですが」挨拶代わりにシルクハットを浮かせて、微笑みかける。オルザドークの顔はまだ赤い。


 「でも安心して下さい。四大政師なら、あの者と互角に戦えるんじゃないでしょうか」

 「もったえぶってないで言ったらどうだ?」


 指をこまねいて、慎ましく述べる様は、尊敬の念を表しているようだ。



 「本日は、最後の四大政師をこの城にお招きしているんです」



 ジェルダン王。要姫(かなめひめ)。チャス。この三人の他にいることなど忘れていた。その四大政師がここにいるのか?


だとしたらジェルダン王と同じで、悪い奴だろう。オルザドークの顔が強張っていることに驚いた。それ程すごい実力の持ち主なのか。


「チャスなら倒せるな」


 声がごくわずかに震えていた。オルザドークでも恐れることがあるのだ。それでもこの人は、敵に弱みを見せずに笑みをこぼす。


 「どうでしょうね? おや、もう五分近く経っていますね。ジークに怒られてしまいます。廊下に進んでください。楽しいときがあなた達を待っていますから」


 ダイヤが埋め込まれている時計を見やるバロピエロ。


 「許さないからな。チャスが死んだら」

 オルザドークをまねて、冷たく罵った。

 「ふふ。生きていたとしても許さないつもりでしょう?」


 怒りが爆発しない内に部屋を出た。オルザドークが部屋に残っている。バロピエロが不思議そうな顔を作る。


 「俺は今回の件も面倒だと思ってた。だがな、チャス、バレ、に手を出してみろ。お前もジークもただじゃおかない。覚悟しておけ」


 「そうですか。生憎ですが、誰も私を殺すことはできないと思いますよ」

 「やってみるか?」


 「今はまだそのときではありません。バレ君のところに行ってあげた方がいいですよ。チャスフィンスキーを失って、さぞ心細いでしょうから」


 バロピエロを睨みつけたオルザドークは部屋を後にする。
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