105.招かれざる客
文字数 2,155文字
静かに燃えゆく建物の残り火が消えていき、灰を作り、より一層静けさが増す。しかし静寂は訪れていない。アグルの鳴き声が遠くで聞こえる。
「お兄ちゃん死なないで」
繰り返し言いながら泣き続けている小さい悪魔。
「暖めてあげたのに、水もくんできたのに、死んじゃ嫌だよ」
「アグル?」
黒いコートの上に山積みにされた毛布に戸惑う。
「お兄ちゃん!」
アグルは飛びのく。
「生きてたの!?」
「そりゃ生きてる。寝てただけだからな」
嬉しさのあまりアグルがはしゃぎ出した。「生きてた」と連発して歌まで歌い出し、飛び跳ねている。
「悪かったな、迷惑かけて」
アグルに対してそう思っている自分が変だと思った。
「心配したんだよ? 一日中寝てたんだよ?」
「俺、まだ呪文下手だから、たまにぶっ倒れたりするんだ。もう少し母さんみたいに上手くなったら、好きなときに寝れば済むんだけど」
言い訳じみたことを言っている自分が妙だったが、その後アグルの顔色を伺う自分も変だ。
「なーんだ。それならもっと早く言ってよ」
「怒ってないのか?」
「何で?」
「いや、何でって」
アグルはニヒッと笑う。「変なのー」
俺は照れ臭そうに笑ったのだろう。頬が熱い。
「お前のおかげでよく眠れたし、行くか」
「どこへ?」
「バレが行きそうなところだ。それにDEOそのものを潰しても、それを考え出したのはジークだ。あいつが全て絡んでる。バレも一度ジークと接触してる。ジークのところだな」
「ジークはまずいよ!」
「どうした? 嫌なら残れ。危ないしな」
「本物のママが言ってた。ジークの城にだけは入ったら駄目だって」
「なら、捕まえてみろ!」
レイドは全速力で悪魔の根城へと向かった。
城の場所ならすぐに分かった。何十メートルもある建造物だ。森に入っても見えるかもしれない。
そびえ立つ黒い城を前にすると、雷に身震いするアグルが当たり前のように思えた。ぴったりと俺の黒いコートに張りつく。
「大丈夫なのか?」
「何でそんなこと聞くの?」
「さっきから雷を怖がってるように見えるのは気のせいか?」
ギクッとアグルがすぼむ。
「城は雷より危ないぞ」
「怖くないもん。ジ、ジークの城だって楽勝だもんね!」
むきになったアグルが橋を走り出す。「止まれ!」と言っても聞かない。橋の中央に差しかかったとき、アグルの足に植物が絡まった。
「何これ!」
顔から転び悶えるアグルをたくさんの花が埋め尽くす。青い花。闇のチューリップだ。
「どの辺が楽勝なんだよ」
ネックレスを剣に変え、チューリップをぶった斬る。
「走れアグル」
先にアグルを走らせた。花は行かせまいと、順序も守らず咲き乱れる。
「もっと早く!」と、言ったものの、アグルの足ではこれ以上無理なのは明らかだ。しかし幸いにも後二メートルで橋は終わる。チューリップとどちらが先かは微妙だ。
その時、さっきから走る度にパタパタと踊っているアグルの小さな羽が目に入った。小さいので今まで忘れていた。
「アグル飛べ!」
「無理だよ小さいもん!」
知ったこっちゃない。アグルを掴み、投げた。軽々と飛んだように見えたが、そのまま墜落し、二、三メートル滑った。
「痛! お兄ちゃん酷いよ!」
無視した俺はくるりと向きを変え、剣で凪ぐ。残りは、
「リエステスファウス」
呪文で片づけた。後に残るのはチューリップの残骸ばかり。やがてそれも炎に焼かれてなくなった。
「怪我はないか?」
「乱暴なんだから!」
「あ、あ、悪かった。まさか飛べないとは」
鼻を鳴らしてそっぽを向くアグルの機嫌を取るのは大変だ。頭をかいた。
「何しに来たんだ」低い声で魔物が言った。
「どこだ?」
上を見上げると、何かが降ってくる。
「よけろ!」
橋が落ちると思うぐらいの揺れ。アグルが魔物の大きさに驚き後ろに隠れる。白い肌で、朱色の髪。髪の分け目から三本の曲がった角に赤い目。ただこの魔物は豹柄の服を着ていて、銀の金棒を持っている。
「ここは禁断の城と分かっていてきたのか?」魔物が脅すように唸る。
「知らないな」
「何!」
「邪魔だ。そこをどけ」
邪魔扱いされた魔物はいきり立って、金棒を振り回した。
「ライランローク」静かに唱えた呪文は、何も起きない。
「はったりか?」
金棒が振り下ろされる。が、それを地面から生えた植物が受け止めた。
「闇のチューリップが何故ここに生える! 橋の上にしか生えない仕掛けが?」
アグルも驚いて口を開けている。チューリップは魔物に絡みついた。
「この剣で一度斬った同じ種類の動植物を召喚させる呪文だ」
大きくジャンプをする。魔物の頭を叩き斬った。けたたましい叫びを残して、力なくふらつき、その体重のひずみで、地面に体を叩きつけた。
「やっと入れるな」
大きな扉を押し開けるのは呪文を持ってしても一苦労だった。どうやら、俺達は招かれざる客のようだ。
これが最後のトラップであることを願って、巨大ドミノの破片を斬り捨てた。
「うわーびっくりした」後ろでアグルが感嘆する。
「大変なのはこれからだ」
まだ城の中ほどにも来ていない。にもかかわらず、階段を上り続けているとわずかな振動が手すりから伝わり、危険を感じた。
「また罠だ」
「お兄ちゃん死なないで」
繰り返し言いながら泣き続けている小さい悪魔。
「暖めてあげたのに、水もくんできたのに、死んじゃ嫌だよ」
「アグル?」
黒いコートの上に山積みにされた毛布に戸惑う。
「お兄ちゃん!」
アグルは飛びのく。
「生きてたの!?」
「そりゃ生きてる。寝てただけだからな」
嬉しさのあまりアグルがはしゃぎ出した。「生きてた」と連発して歌まで歌い出し、飛び跳ねている。
「悪かったな、迷惑かけて」
アグルに対してそう思っている自分が変だと思った。
「心配したんだよ? 一日中寝てたんだよ?」
「俺、まだ呪文下手だから、たまにぶっ倒れたりするんだ。もう少し母さんみたいに上手くなったら、好きなときに寝れば済むんだけど」
言い訳じみたことを言っている自分が妙だったが、その後アグルの顔色を伺う自分も変だ。
「なーんだ。それならもっと早く言ってよ」
「怒ってないのか?」
「何で?」
「いや、何でって」
アグルはニヒッと笑う。「変なのー」
俺は照れ臭そうに笑ったのだろう。頬が熱い。
「お前のおかげでよく眠れたし、行くか」
「どこへ?」
「バレが行きそうなところだ。それにDEOそのものを潰しても、それを考え出したのはジークだ。あいつが全て絡んでる。バレも一度ジークと接触してる。ジークのところだな」
「ジークはまずいよ!」
「どうした? 嫌なら残れ。危ないしな」
「本物のママが言ってた。ジークの城にだけは入ったら駄目だって」
「なら、捕まえてみろ!」
レイドは全速力で悪魔の根城へと向かった。
城の場所ならすぐに分かった。何十メートルもある建造物だ。森に入っても見えるかもしれない。
そびえ立つ黒い城を前にすると、雷に身震いするアグルが当たり前のように思えた。ぴったりと俺の黒いコートに張りつく。
「大丈夫なのか?」
「何でそんなこと聞くの?」
「さっきから雷を怖がってるように見えるのは気のせいか?」
ギクッとアグルがすぼむ。
「城は雷より危ないぞ」
「怖くないもん。ジ、ジークの城だって楽勝だもんね!」
むきになったアグルが橋を走り出す。「止まれ!」と言っても聞かない。橋の中央に差しかかったとき、アグルの足に植物が絡まった。
「何これ!」
顔から転び悶えるアグルをたくさんの花が埋め尽くす。青い花。闇のチューリップだ。
「どの辺が楽勝なんだよ」
ネックレスを剣に変え、チューリップをぶった斬る。
「走れアグル」
先にアグルを走らせた。花は行かせまいと、順序も守らず咲き乱れる。
「もっと早く!」と、言ったものの、アグルの足ではこれ以上無理なのは明らかだ。しかし幸いにも後二メートルで橋は終わる。チューリップとどちらが先かは微妙だ。
その時、さっきから走る度にパタパタと踊っているアグルの小さな羽が目に入った。小さいので今まで忘れていた。
「アグル飛べ!」
「無理だよ小さいもん!」
知ったこっちゃない。アグルを掴み、投げた。軽々と飛んだように見えたが、そのまま墜落し、二、三メートル滑った。
「痛! お兄ちゃん酷いよ!」
無視した俺はくるりと向きを変え、剣で凪ぐ。残りは、
「リエステスファウス」
呪文で片づけた。後に残るのはチューリップの残骸ばかり。やがてそれも炎に焼かれてなくなった。
「怪我はないか?」
「乱暴なんだから!」
「あ、あ、悪かった。まさか飛べないとは」
鼻を鳴らしてそっぽを向くアグルの機嫌を取るのは大変だ。頭をかいた。
「何しに来たんだ」低い声で魔物が言った。
「どこだ?」
上を見上げると、何かが降ってくる。
「よけろ!」
橋が落ちると思うぐらいの揺れ。アグルが魔物の大きさに驚き後ろに隠れる。白い肌で、朱色の髪。髪の分け目から三本の曲がった角に赤い目。ただこの魔物は豹柄の服を着ていて、銀の金棒を持っている。
「ここは禁断の城と分かっていてきたのか?」魔物が脅すように唸る。
「知らないな」
「何!」
「邪魔だ。そこをどけ」
邪魔扱いされた魔物はいきり立って、金棒を振り回した。
「ライランローク」静かに唱えた呪文は、何も起きない。
「はったりか?」
金棒が振り下ろされる。が、それを地面から生えた植物が受け止めた。
「闇のチューリップが何故ここに生える! 橋の上にしか生えない仕掛けが?」
アグルも驚いて口を開けている。チューリップは魔物に絡みついた。
「この剣で一度斬った同じ種類の動植物を召喚させる呪文だ」
大きくジャンプをする。魔物の頭を叩き斬った。けたたましい叫びを残して、力なくふらつき、その体重のひずみで、地面に体を叩きつけた。
「やっと入れるな」
大きな扉を押し開けるのは呪文を持ってしても一苦労だった。どうやら、俺達は招かれざる客のようだ。
これが最後のトラップであることを願って、巨大ドミノの破片を斬り捨てた。
「うわーびっくりした」後ろでアグルが感嘆する。
「大変なのはこれからだ」
まだ城の中ほどにも来ていない。にもかかわらず、階段を上り続けているとわずかな振動が手すりから伝わり、危険を感じた。
「また罠だ」