65.ついてきた小悪魔

文字数 1,808文字

 汽車が大きな音を立て、揺れながら停車した。どうやら駅のようだ。窓の外は薄暗いホームで、壁は全て黒塗り。


 灯りはほとんどない。ここは魔界だろうか? 今聞けるのは隣にいる子供の悪魔しかいない。しぶしぶ聞いてみた。


 「ここは魔界か?」

 「うん。僕ここで、降りるんだ。パパに会いに行くの」


 俺は礼も言わず、一人降りる。駅に人影は見当たらない。さっきまで乗っていた死者たちもいつの間にかいなくなっている。汽車も発車し、何も聞こえなくなるほど、静まり返った。


 「お兄ちゃん一緒に行こう」


 「何でここにいる!」

 予期せぬ言葉に頭がおかしくなりそうになる。悪魔と行動を共にするなど、考えられない。

 「駄目だ」


 「え、何で?」

 幼い悪魔アグルは首を傾げる。


 「駄目に決まってるだろ!」


 つい頭に来て声を荒げた。これがいけなかった。アグルの顔がくちゃくちゃにしぼむ。泣きわめきだした。


 「何でー何でーバカー」

 「な、泣くな。泣くなって!」

 あげくの果てにだだをこねはじめる。

 「一緒に行ってくれなきゃやだもん」


 こうなったら、何としても引き離さなければ。いつもなら職業を大っぴらにさらすこともないのだが、この際、手段は選べない。

 「お前、俺が何をしているか知ってるのか?」


 やっと泣き止んだ。しかも興味深々の様子だ。

 「何してるの?」


 「俺は悪魔祓い」

 「お兄ちゃんも悪魔だったの?」

 「違う違う違う! 俺は悪魔祓い師だ!」


 アグルがしゅんと大人しくなった。まるで、脱力したかのようにも見えるし、敵と分かって、恐怖しているようにも見える。黙ったかと思ったら震えている。泣いて逃げるか?



 「かっこいい」



 「は?」

 またしても度肝を抜かれた。

 「お兄ちゃんかっこいいよ、それ!」


 アグルは失望するどころか、大喜びして、飛び跳ねている。こっちは開いた口が塞がらないというのに。

 「意味分かってるのか?」


 「悪魔をやっつける人でしょ。でも、お兄ちゃんは僕と一緒に行くよ。絶対」

 アグルは自信たっぷりに言い、ニヤッと悪魔らしい笑みを浮かべる。無視して歩くと、後ろからついて来る。


 「何を企んでる? ついて来るな」


 早足にホームの階段を駆け上がる。少し明るくなったフロアに出る。不思議なフロアで、四方が黒いガラスで覆われている。


 「出口はどこだ?」

 黒いガラスは向こうが見えない。軽く叩いてみたが、かなり分厚いようだ。端から端まで調べてみたが、出口は見つからない。


 いらいらして舌打ちしたとき、アグルが横でガラスを通り抜けてしまった。唖然として、自分もやろうとして、やめた。ガラスはガラスだ。通してくれるはずもない。ガラスの向こうから陽気な声がする。


 「そこは改札だよ」

 「切符がいるのか!」

 「そうだよ。お兄ちゃん魔界初めてでしょ? 道案内いるでしょ?」


 不覚だった。こんな子供にしてやられるとは。初めての魔界だ。もっと調べておけばよかった。そもそも、いつもなら魔界まで、深追いはしない。もっと早くバレを仕留めていれば、ここまで来ることもなかった。


 続けて楽しそうな声が響く。


 「お兄ちゃんの分のお金払ってもいいけど、一緒に行くって約束してくれる?」

 歯を剥き出しそうなほど、怒りが込み上げてくる。自分に対しての怒りだ。今頃、アグルの笑みの理由に気づいては、遅すぎる。


 「どうするの? レグっていう魔界のお金じゃないとダメなんだよ」


 「くそ、勝手にしろ」


 「やった!」


 しばらくして、お金を払ってくれたのでガラスを通り抜けることができたが、未だに頭にくる。一方アグルは顔を輝かしている。

 「ところでお兄ちゃん名前は?」


 冷ややかに答えた。

 「レイド・オーカスティク」


 「かっこいい名前。ずっと一緒にいてね」


 「俺は忙しいんだ」

 ほっぺたを膨らませてアグルが文句をつける。

 「どう忙しいの?」


「ある悪魔を追いかけてる。だからお前と遊んでる暇はないんだ」

 なおもアグルは説明を求める。

 「何で追いかけてるのー」


 「俺は、初めて会ったときに、そいつが悪魔だと気づかず、取り逃がした」


 何故こいつは嫌なことを思い出させるのだろうか。悪魔のくせに悪魔らしくないのも、少し腹が立つ。


 「じゃあ、僕も手伝ってあげる」

 返答に困った。こいつは何を言い出すのか分かったものじゃない。

 「一緒に行くって約束でしょ?」


 「こ、このやろう」

 アグルは上機嫌で、微笑む。
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