121.ジークの殺気

文字数 1,373文字

「でも後悔するぜ。俺はメンバーで一番手荒だからな!」


 ゲリーの足が天井を離れる。頭から落ちてくる。顔の血管が浮き出し始めた。またあの技を使うつもりだ。網状の血管が追いかけてくる。


「さっき解いたのは、はったりか? 血管の長さは十万キロメートルもあるんだ。逃げきるなんて不可能なんだよ!」


 ゲリーの着地を見越して、先に走る。走る必要がないと思ったのか、ゲリーは追いかけて来ない。腕組みをして、血管に全てを任せているようだがそれが仇となるだろう。


 血管に足を取られて転んだように見せかけた。大喜びで血管を巻きつけてくる。こうすることぐらい分かっている。サタンズブラッドで一番、分かりやすい性格だ。


 「もっと遊んでやるぜ!」





 楽勝だった。一秒とかからずに解けた。




 血管を引き寄せようとしたゲリーの腕から血がほとばしる。とっくに爪で斬った後だ。


 狼狽したそのすきに、一気に間合いを詰めて顔面を爪で切り裂く。サングラスが落ち、狼狽(ろうばい)した素顔がのぞく。


 額から四本も黒い血の線が入る。怒りで握り締められた拳が届く前に、またひっかく。が、ゲリーの首をかすめただけだ。痛みに顔をしかめているわりに、正確なパンチが来る。


 さすがに爪を引っ込め、腕で防ぐ。が、フェイントだった。パンチではなく、爪が肩をつかんだ。ゲリーにつけられた傷だ。


 ジェルダン王にもいじられて、傷口が大きくなっていたところを狙われたのだ。うめく間もなく、押し倒される。


 「よくも、俺の顔をやってくれたな。これでもバンドやってるんだ。この傷残ったらどうしてくれるんだ」


 サングラスが取れてもゲリーの顔には、ぎらついた笑みがある。爪で抵抗しようとすると、ゲリーが肩を持つ手に力を込める。深く、強く、えぐられていく。もがいた。叫んだ。ゲリーはのたうつ僕をひたと、押さえつけた。


 「殺すなって言われてるけどな。八つ裂きにして殺してやるよ!」


 怒りで我を忘れているゲリー。少なくとも、一度は怒りが頂点に達したのだ。勝算はある。


「ニラスフェロスト」

 レイドが使った切断の呪文の見よう見まねだが、ゲリーの指を斬り落とすことができた。この一瞬の隙に、蹴りを食らわした。とどめだ!





 爪でゲリーの顎を突き上げようとして、手を止めた。



 恐ろしい殺気を感じた。鳥肌が立つどころではない。回廊の空気が数十度下がった。


 この殺気はゲリーのものではない。ゲリーの殺気は怒りだけだ。吐く息が白くなったことに気を取られていると、ゲリーに腹を殴られた。


 「殺してやる! ジークが何と言おうと、俺はお前を殺す!」


 この殺気の正体が分かった。この男の運命が真っ暗になるのを感じる。ゲリーは同じサタンズブラッドにいて分からないのか? ジークは今も見ているのだ。


 「殺されるのはお前だ!」


 雷に打たれたようにゲリーの動きが止まる。上を向いた目が、くるりと裏返り、白目になる。


 開いた口からぼとぼとと、よだれが垂れている。ゆるみきった黒い血管が、肌から離れ体外へ飛散する様はおぞましい。床に倒れた身体は、黒く色あせ、砂になった。


 自分も死んだら、あんな風に砂になってしまうのだろうか。何も残らないのだろうか。


 それも、恐ろしいことだが、ゲリーはあのままでも、僕の爪で死んでいただろう。なのに、ジークは自分の仲間を自分の手で殺した。手も触れずに。
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