122.十七年前

文字数 1,582文字

 「また死人が出たようだな」


 無慈悲な低いうなり声がした。焦げ臭い臭いだけが残った回廊で扉の彫刻の竜が語り出した!



 「哀れな若造よ。この城に来た己を呪うがいい。お前は逃亡者だ。ディス」



 ディスは確か、自分の体に入れられた悪魔の魂のはず。それが逃亡者? 一体どういうことだ?

 「お前は? 何のことを言っているんだ?」


 黒い光沢のある竜の体は扉に張りついて動かない。しかし深い眼差しはどこか気高い。



 「殺す相手の過去ぐらい知っておいた方がよかろう? 我は全てを見てきた。魔界で起きた十七年前の惨事を」



 ご親切に、扉の竜はそれを教えてくれるのだろうか?

 「ジークがさっきも勝手なことをした悪魔を殺してたけど、僕に教えてもいいことなのか?」

 竜は表情がないのであくまで推察だが、ジークの許可したことしか話さないように思えた。



 「ジーク曰く、おいしい飯を食わせてこそ、子供は育ち、その子供はおいしい食材となるのだそうだ。貴様にはたっぷりと味わわせてやれと、恐怖をな」



 あの男の過去に何があったのか関係ない話だが、少し興味がある。

 「罠じゃないのか? 口車に乗る気はないけど」

 竜は否定し、心を見透かしたような声を上げて嘲笑う。


 「本当は知りたいのであろう? ディスについても知ることができる。自分の置かれた哀れな立場にも気づくだろう」


 ここに来て、それらを知ったところで何が変わるだろう? 惑わされるなと、理性が警告を発しているが、知りたいと、願っている自分がどこかにいる。

 「その願い。聞き入れた」


 待て! と叫んだときには、冷たい部屋の中に閉じ込められた。しかし決して狭くはない。天井は教会のように高い。厳粛な格好の悪魔達が数人いる。かしこまっている悪魔は見たことがない! 雷が数秒おきに鳴っている。一つのベッドが浮かび上がる。



 悪魔達はそれを囲んで立っていた。その中にベザンと、キース、ゲリーがいる。あのゲリーでさえ、サングラス以外は正装だ。誰も僕には気づかないらしい。これはひょっとして十七年前か? 悪魔は年を取らないのだろうか。みな今と同じ顔だ。


 ベッドの上で女の悪魔がうめいた。長い黒髪が放射状に広がっている。見るからに苦しげで、何度もうめいては腹の上に手を重ねる。あの大きなふっくらとした腹は、妊娠しているのか? 



 女の顔に喜びが見え隠れする。周りの悪魔達は黙ってそれを見守るだけだ。誰も何もしようとしない。これが悪魔の出産か。誰も一言も口を開かない。それどころか神経をピリピリと張りめぐらせている。これから起きることを恐れているかのようだ。




 「ベザン」

 重い声が響いた。ベッドの後ろに背が五メートル以上ある男がいた! 巨大すぎて気づかなかった。白く長い髪はがっちりとした身体に似合わない。


 口には一メートルある象の牙のような歯がびっしりある。服はところどころ穴が開き、はだけた胸にドクロの刺青が見える。背中の骨だけになった羽が見えなければ、魔物かと思った。こいつは巨体の悪魔だ。



 「何でしょうエレムスク様」




 悪魔らしからぬ名前に感じた。ある意味魔物だろう。どこかで聞いた名だ。ベザンが深く頭を下げているなんて珍しい。思い出した。エレムスク・ジ・イズネル。先代魔王だ! 




 ベザンが敬意を払うのもそのためか、絶対的権力か、ものを言わさぬ力か。いずれにせよ、ジークよりもすさまじい威厳を感じる。この城は彼の家か? きっとそうだろう。彼にとっての庭は魔界そのものだ。


 「ディスをここに呼べ」


 ただでも太い声がすごむ。それだけで下級の悪魔達がたじろいだ。微動だにしないのはベザン、キース、ゲリーらだけだ。分かりましたと、ベザンが部屋を出て行く。竜の扉。かつて竜の扉の向こう側で起きた出来事のようだ。


 つまり自分が今いるこの部屋こそが、これから入るであろうジークの部屋。
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