06.ささいな喧嘩

文字数 1,307文字

 夕日が沈む前には出発した。荷物は軽めに詰めた皮のカバンだけだ。

 「開かずの門ねぇ。面白そうじゃん。それに要姫にも会ってみてぇな。きっと美人だぜ。何たって名前に姫がついてるんだからなぁ」 


 僕らの国には残念ながら姫がいない。選挙で長老たちが国のリーダーを決めているんだけど、この町の人は外に出たことがないから一度も投票したことがない。その代わり町長に全権が与えられているから治安も、食料管理も自治でがんばってねということなのだろう。


 黙っていると、町も黙っていくように思える。昨日の大火事の原因は謎に包まれたままだ。明らかな放火なのだけれど僕のことは誰も信じてくれなかったから。


 閉ざされた町の人は、この町に放火なんてする悪人がいるかと、取り合ってくれなかったのだから。白い髪の少年が頭を過ぎる。あいつがやったんだ。でも、あいつは外のどこからどうやってこの町に来たんだろう。


 急に父と母の顔が浮かんで、涙がじんわり滲んだ。いってらっしゃいという声が聞こえた気がしたけどただの空耳だった。染みついてぼろぼろの楽器も赤い屋根の自分の家も、もうない。


 それに何だか僕は一人になった寂しさや悲しみよりも自分の中の血がおかしいことに、不安を感じている。自分の心配をするなんて酷い人間だと自分を責めた。


 「寂しくなるなぁ」グッデが地面にあった小石を蹴っ飛ばした。グッデの発言に悪気はなかったが、一度溢れ出した涙は止められない。そういえば、まだ泣いていなかった自分が不思議だった。


 「わ、悪りぃ! そんなつもりじゃ」

 そっぽを向いたせいで早々と気づかれてしまった。僕はほんとつまらないことですぐに泣いてしまう弱虫を直したい。顔を見られると、涙に拍車がかかる。おれにできることあるか! と、慌てられると申し訳なくて余計に手に負えなくなる。


 「早く行こう」

 羞恥心で、顔が赤くなる前にけじめをつけた。早足で歩くとグッデがすっとんきょうな声をあげる。


 「おいおいそりゃないぜ! 秘密は作らないって約束だろ!」

幼い頃、二人でそういう約束をしている。それがどうしたというのだ?

 「何が辛いんだ? 何か隠してるんだろ?」


 父と母の死。それ以外に辛いもの? 辛いってわけではないけれど、グッデにはあの少年のことはまだ話していないし、何をされたかも話していない。話してしまうと嫌われると思った。あいつは僕の耳元で変な名前を母親みたいに名づけたのだ。それだけでなく今は体調に変化こそないものの、確実にあのときに何かを体内に入れられた。


「ごめんグッデ」

 それしか言えない。後に、ごめんと謝ってもすまないことになるとは、今は思わなかった。面と向かって暗い顔をしないようにした。するとグッデがおもいっきり僕の頭を叩いた。


 「痛いよ」

 「言えよ」

 「言わないよ」

 「なんだとこのやろー」


 グッデが僕を押し倒してきたのでまだ町を出ていないというのに土で泥まみれになった。仕返しにグッデも押し倒す。そうこうして町の端まで来た。自分の中で整理がつかかったけれどグッデと転がってみると楽しかった。もしかして落ち込みそうになった僕のことを笑わせようとしているのか。
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