56.対決
文字数 2,479文字
――あの日と同じだ。
結局何もできないまま時が過ぎる。火事のときもそうだった。
しだいに痛みも苦しみもよく分からなくなって、ただ暗いとしか感じなくなった。これが死なのか? このままでいいのか?
グッデのことばかり考えた。申しわけなく思う。ジークが全ての真相なのだ。全ての始まりはあの火事の日で、あの日から全てが狂っている。このままでいいわけがない。このままなんて嫌だ。グッデがいないなんてあり得ない。グッデのいない世界なんてあっていいはずがない。
許さない。
腕は思ったより重く、震えていた。それでも何とか動く。鎖をつかめた。しかし、壁にまで貫通している先端を抜くのは相当覚悟がいる。
一気に引き抜くしかない。一呼吸置いた。それからグッデのことを思い描いて鎖を握りなおした。
「っぐああ!」
抜けた。そのまま床に崩れ落ちる。
引き抜いたことで血が大量にあふれてきた。今までの再生能力なら、もう血が止まってもいいはずだが、なかなか血は止まらない。
手が小刻みに震えて、床に手をついているのかどうか分からない。
遠くの方から変な音が聞こえる。感覚が鈍っているようだ。しかし聞こえる音はどんどん近づいてくる。階段を誰かが登ってくる? 感覚の間違いではなかった。確かに足音がする。でも誰が?
突然足音が止まった。暗闇からある人物の声がした。
「お前だったのか?」
驚いた声で姿を見せたのは悪魔祓い師レイド・オーカスティクだった。悪魔ではなくてほっとしたが、レイドの表情はいつもにも増して友好的ではなかった。
「お前がコステットなのか? ずっとだましてたんだな」
突き刺さるぐらいに冷たい声だった。一瞬理解できなかった。
自力で立ってみたがどうもバランスがとれない。それにさっきから自分の赤い血が目を刺激する。
「悪魔を追って来た。そしたらお前がいた。悪魔はコステットに会えると言っていた。これはどういうことだ?」
レイドにどう弁解したものかと考えた。しかし否定できない。それに今会ったのはまずい。まさかとは思ったが自分の血を見ただけで血の欲求に駆られる。
喉が渇くのが早い。レイドまでやってしまったら本当に元に戻れなくなる。
「どうなんだ言ってみろ」とげとげしい口調で迫るレイド。
「寄るな」
それしか言えなかった。体が妙に震えている。傷のせいでも痛みのせいでもなく、喜びに近い感情に歯止めがかけられなくなっている。
レイドもさすがに訝しがってそれ以上動かなかった。よかった。このまま帰ってくれ。
「ただの人間じゃないと思っていたが、お前悪魔だったんだな」
レイドは闘志をむき出し、意味ありげに笑った。首にかけている十字架のネックレスが光を放っている。
「ナイトスピリオ!」
嵐を思わせる風が吹いた。呪文だ。白い炎が十字架から吹き出した。よけきれない。高温にやられ肩が焼けた。レイドは容赦しなかった。小声でまた何か呪文を唱えると十字架が剣になった。
「ま、待って」
静止も聞いてくれず、押し倒され、たたみかけてきた。
「何だ? 言いたいことでもあるのか悪魔?」
「レイド違うんだ。自分でも、どうなってるのか分からないんだ!」
必死に訴えたときだった。首に剣先が食い込む。レイドの冷たい声が降り注ぐ。
「人をバカにしているのか? 悪魔に取り憑かれた連中と本物の悪魔の違いぐらい分かる」
(レイドはもう僕を殺す気でいる)
意識が鈍い音を立てて暗黒に引きずり込まれそうだ。レイドがこんなにも遠くに感じるとは。自分の深い呼吸でさえ耳から離れていく。
「お前の連れはどうした?」
激しい動悸がする。グッデがいないことを不審に思ったのか? 何も知らない他人に言われると、妙におかしな気分だ。
レイドの真剣な顔がおかしく思う。そういえばレイドの血の色はどんな色だろうか? ちょっと飲んでみたい気もする。
「何がおかしい?」
滑稽なのはレイドだ。首に剣を突き刺せば死ぬとでも思っているのか? 自分には爪がある! 弾き返したときの、爽快感。
止まらない血でさえも心地良いではないか? そうだ、レイドにも教えてあげよう。代わりにレイドの血の味を教えてもらいたいな。
息を荒く吐き出すほど興奮している。ひょいとレイドを蹴倒し、ゆらゆら漂う亡霊のようにそっと近づき、見下ろせば、レイドが慌てて剣を取る。
何て愉快なことだろう。爪を伸ばす方が早いのだ。ざっと一メートルは伸び、腹に深々と制裁を下す。
「お、お前は一体何者だ? 赤い血? 何で今、急にイーヴルが溢れる?」
何故レイドは困惑するのか分からないが、痛みに顔をしかめつつも呪文を唱えてもらっては困る。どうやって殺そうか? あれこれ方法を考えていると、血が足元に流れてくるではないか?
自分の物になりたがっている。爪を引き抜いた。レイドが叫びよろめく。血が手のひらを潤している。同時に二人の自分が頭の中で叫んだ。
(何てきれいなんだ!)
(何だこの血は?)
前のめりになりながらも、レイドは倒れてはいなかった。
「イミニスト!」
さっきから呪文ばかり。
喉の乾きを抑えようとすると一瞬我に返った。
青白い火花が体中に突き刺さった。あえてよけなかった。血はもうたくさんだ。流れるのは自分の血だけでいい。レイドが大きく息を吐いて怒鳴った。
「何でよけなかった?」
恐怖ではない。絶望が迫ってきた。また手にかけた。今度はレイドを殺そうとした。レイドは痛みを噛みしめ、怒りをあらわにしている。
「俺は、お前に、借りは返せと言ったな。返さなくていい。その代わり、今ここで死ね」
レイドは僕よりも青ざめていて、身体もよろけている。
それでも、剣が白く光る。そのまま突っ込んで来る。最悪の結果だ。こうなった以上仕方がない。好きにさせよう。謝ってもすまされない。
剣が振られた。しかしその切っ先が届く前に、レイドが先に倒れた。よく見ると自分よりレイドの方が重症だった。
助け起こそうとしたが、自分も床に崩れた。
頼むからもう誰も死なないでほしい。
結局何もできないまま時が過ぎる。火事のときもそうだった。
しだいに痛みも苦しみもよく分からなくなって、ただ暗いとしか感じなくなった。これが死なのか? このままでいいのか?
グッデのことばかり考えた。申しわけなく思う。ジークが全ての真相なのだ。全ての始まりはあの火事の日で、あの日から全てが狂っている。このままでいいわけがない。このままなんて嫌だ。グッデがいないなんてあり得ない。グッデのいない世界なんてあっていいはずがない。
許さない。
腕は思ったより重く、震えていた。それでも何とか動く。鎖をつかめた。しかし、壁にまで貫通している先端を抜くのは相当覚悟がいる。
一気に引き抜くしかない。一呼吸置いた。それからグッデのことを思い描いて鎖を握りなおした。
「っぐああ!」
抜けた。そのまま床に崩れ落ちる。
引き抜いたことで血が大量にあふれてきた。今までの再生能力なら、もう血が止まってもいいはずだが、なかなか血は止まらない。
手が小刻みに震えて、床に手をついているのかどうか分からない。
遠くの方から変な音が聞こえる。感覚が鈍っているようだ。しかし聞こえる音はどんどん近づいてくる。階段を誰かが登ってくる? 感覚の間違いではなかった。確かに足音がする。でも誰が?
突然足音が止まった。暗闇からある人物の声がした。
「お前だったのか?」
驚いた声で姿を見せたのは悪魔祓い師レイド・オーカスティクだった。悪魔ではなくてほっとしたが、レイドの表情はいつもにも増して友好的ではなかった。
「お前がコステットなのか? ずっとだましてたんだな」
突き刺さるぐらいに冷たい声だった。一瞬理解できなかった。
自力で立ってみたがどうもバランスがとれない。それにさっきから自分の赤い血が目を刺激する。
「悪魔を追って来た。そしたらお前がいた。悪魔はコステットに会えると言っていた。これはどういうことだ?」
レイドにどう弁解したものかと考えた。しかし否定できない。それに今会ったのはまずい。まさかとは思ったが自分の血を見ただけで血の欲求に駆られる。
喉が渇くのが早い。レイドまでやってしまったら本当に元に戻れなくなる。
「どうなんだ言ってみろ」とげとげしい口調で迫るレイド。
「寄るな」
それしか言えなかった。体が妙に震えている。傷のせいでも痛みのせいでもなく、喜びに近い感情に歯止めがかけられなくなっている。
レイドもさすがに訝しがってそれ以上動かなかった。よかった。このまま帰ってくれ。
「ただの人間じゃないと思っていたが、お前悪魔だったんだな」
レイドは闘志をむき出し、意味ありげに笑った。首にかけている十字架のネックレスが光を放っている。
「ナイトスピリオ!」
嵐を思わせる風が吹いた。呪文だ。白い炎が十字架から吹き出した。よけきれない。高温にやられ肩が焼けた。レイドは容赦しなかった。小声でまた何か呪文を唱えると十字架が剣になった。
「ま、待って」
静止も聞いてくれず、押し倒され、たたみかけてきた。
「何だ? 言いたいことでもあるのか悪魔?」
「レイド違うんだ。自分でも、どうなってるのか分からないんだ!」
必死に訴えたときだった。首に剣先が食い込む。レイドの冷たい声が降り注ぐ。
「人をバカにしているのか? 悪魔に取り憑かれた連中と本物の悪魔の違いぐらい分かる」
(レイドはもう僕を殺す気でいる)
意識が鈍い音を立てて暗黒に引きずり込まれそうだ。レイドがこんなにも遠くに感じるとは。自分の深い呼吸でさえ耳から離れていく。
「お前の連れはどうした?」
激しい動悸がする。グッデがいないことを不審に思ったのか? 何も知らない他人に言われると、妙におかしな気分だ。
レイドの真剣な顔がおかしく思う。そういえばレイドの血の色はどんな色だろうか? ちょっと飲んでみたい気もする。
「何がおかしい?」
滑稽なのはレイドだ。首に剣を突き刺せば死ぬとでも思っているのか? 自分には爪がある! 弾き返したときの、爽快感。
止まらない血でさえも心地良いではないか? そうだ、レイドにも教えてあげよう。代わりにレイドの血の味を教えてもらいたいな。
息を荒く吐き出すほど興奮している。ひょいとレイドを蹴倒し、ゆらゆら漂う亡霊のようにそっと近づき、見下ろせば、レイドが慌てて剣を取る。
何て愉快なことだろう。爪を伸ばす方が早いのだ。ざっと一メートルは伸び、腹に深々と制裁を下す。
「お、お前は一体何者だ? 赤い血? 何で今、急にイーヴルが溢れる?」
何故レイドは困惑するのか分からないが、痛みに顔をしかめつつも呪文を唱えてもらっては困る。どうやって殺そうか? あれこれ方法を考えていると、血が足元に流れてくるではないか?
自分の物になりたがっている。爪を引き抜いた。レイドが叫びよろめく。血が手のひらを潤している。同時に二人の自分が頭の中で叫んだ。
(何てきれいなんだ!)
(何だこの血は?)
前のめりになりながらも、レイドは倒れてはいなかった。
「イミニスト!」
さっきから呪文ばかり。
喉の乾きを抑えようとすると一瞬我に返った。
青白い火花が体中に突き刺さった。あえてよけなかった。血はもうたくさんだ。流れるのは自分の血だけでいい。レイドが大きく息を吐いて怒鳴った。
「何でよけなかった?」
恐怖ではない。絶望が迫ってきた。また手にかけた。今度はレイドを殺そうとした。レイドは痛みを噛みしめ、怒りをあらわにしている。
「俺は、お前に、借りは返せと言ったな。返さなくていい。その代わり、今ここで死ね」
レイドは僕よりも青ざめていて、身体もよろけている。
それでも、剣が白く光る。そのまま突っ込んで来る。最悪の結果だ。こうなった以上仕方がない。好きにさせよう。謝ってもすまされない。
剣が振られた。しかしその切っ先が届く前に、レイドが先に倒れた。よく見ると自分よりレイドの方が重症だった。
助け起こそうとしたが、自分も床に崩れた。
頼むからもう誰も死なないでほしい。