128.謝罪

文字数 1,961文字

 踏み出しかけた足が緊張で動かなくなる。ジークのおかげで、なおさら受け入れ難い。グッデが生きていたら嬉しい。謝りたいことばかりだ。でも、なぜここに? グッデは生きているのか?


 ディグズリーがグッデの肩に止まる。ワシの大きさだけあって、親指ほどもある太い歯にグッデがおののく。


 「ディグズリーの牙には毒がある」


 そんな危ないコウモリだったとは。ジークの脅しに構っていられない。グッデが本物か幻か分からないが、本能のままに叫んでいた。


 「やめろ!」

 ジークはお決まりの零れるような笑みをして、眉根を寄せて僕を憐れんだ。


 「そう言うと思った。こいつの命とお前の命を交換だ。悪くないだろ? お前は無駄死にしなくてすむんだぜ」


 肌を嫌悪がぬめる。卑怯な手だ。ここに来て交換条件だなんて!


 「ふざけるな! 勝負しろ!」


 優越感に浸ったジークが僕を小バカにする。


 「お前は負けた。後ろから首を斬り落としてやってもよかったんだぜ。選択肢はないはずだ。どうしてもって言うならこいつを殺すまで」


 ジークがグッデのことを知っていて、それを利用したのが許せない。透視能力か? だとしたらあまりに残酷だ。誰のせいでグッデを失ったんだ。けれども分かっている。


 グッデを殺したのはどこをどう弁解しても、自分だ。これ以上グッデは傷つけてはいけないのだ! 


 たとえ命に代えても、罪は償わなければいけないと自覚している。それに、もう失いたくない。この切ない願いを聞き入れたのは、神ではなくジークだっただけのこと。


 「心を決めたか? お前はオレに身をゆだねればいい。グッデは助かり、人間界に帰してやってもいい。ただし、お前を苦痛から逃しはしないけどな」


 勝ち誇ったジークの顔が胸に痛いほど突き刺さる。本物の痛みが伴うであろう爪をグッデに近づける。



 「どうやって殺して欲しい?」

 塔で初めてジークに出会ったときに投げかけられたあの言葉だ。あのとき、恐怖で何も言えなかった。

 「腹から斬るか、胸から斬るか、これなら答えられるだろう?」

 グッデの顔が青ざめるのも当然だ。唇も紫になっている。



 「おれはいい! バレを殺すな!」

 胸にさざなみが立った。自分でもあの状況では口を開くのは困難だ。なのにグッデは、自分を思っている。直感が告げる。グッデは本物だと。


 「自分を犠牲にするのか? もったいないな。それならバレに苦痛の死を選ばせてやった方が面白い」


 ジークがあきれた顔をするが、胸の奥からとめどない思いがジークをかき消す。グッデにどうしても言いたいことがある。直接話したい。


 「本物なのかグッデは」


 僕の言葉を聞きつけたジークは不適に笑う。


 「お前はどう思う? グッデのことは誰よりもお前が一番よく知っているはずだ」


 見た目も、性格も確かにグッデだ。だけど、バロピエロが死んだと言ったことは嘘になる。元々信用できない男だが、この手で殺してしまったという罪悪感は本物だ。


 「確かめたい」


 ジークにとってこれ以上のご馳走はないだろう。上手く丸め込めたのだから。案の定、ジークは口の端を舐めて牙を見せて笑った。


 ここは相手にしないに限る。そうしないと胃液が自分の胃を溶かしてしまいそうなほど胃が痛む。


 「いいだろ。ただし妙なまねはするなよ。お前だけじゃなく、こいつも死ぬことになる」


 グッデを解法するときも手早く突き飛ばし、抜かりがない。わざわざ気に障るように言いまわして思い通りにことを運ぶ。腹立たしくても、打つ手がないことを知りつくした上でだ。



 自由になったグッデだが、監視役としてディグズリーがついている。グッデのことだけを考えよう。様々な疑問が沸き、何から話そうか迷う。





 「大丈夫か? 何であいつの言いなりになるんだよ!」

 目元を腫らしてグッデが僕を罵る。元気そうで何よりだ。心配をかけられては世話がない。


 質問攻めにされると、暖かいものが胸に流れ込んで、何も言えない。生きていてくれただけで、それだけでいい。それだけで幸せだ。



 「ごめん」



 これまで、この言葉をどれだけ伝えたかっただろう。



 「何で謝るんだよ。悪いのはおれだ。おまえの足引っ張って」


 違う。グッデは何も悪くない。悪いのは、償うのは、僕だ。


 「グッデ。謝っても許してもらえるとは思ってない。でも、謝り続けないといけないんだ。僕は君を一度、傷つけて」


 温もりが言葉を遮った。腕から伝わる熱が、背中を包む。

 「いいってそんなこと。おまえがおかしくなっても、ずっと信じてた。分かってる。あんなことするやつじゃないって」


 体中が熱くなった。まさか許してもらえるとは思っていなかった。グッデは今も自分を憎んでいるかもしれないと思った。少なくとも、自分で自分が許せない。あんな仕打ちをしたのに、グッデはどうして?
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