138.ジークの覚醒
文字数 1,882文字
確かに僕の肌から流れていた冷たいものは血だった。だけど、それはいつの間にか闇色 に染まっていた。ジークの指についているそれは、ジークの血と同じ色をしている。
「だから何だ」
闇色が、それほど重大なことだろうか? 今まで何度か血の色が赤から黒に変わることはあった。だからといって人間の血の色に戻らなかったことはない。何がおかしくてジークは歯茎を見せて笑うのだろうか。
「これを待ってた。オレはずっと、この血を!」
ジークの目的は、魔王になるために自分を殺すことではなかったのか? 自分を悪魔に変えて、何の得があるのか、さっぱり見当がつかない。
「もっとオレを憎め。闇に身を落とせ」
ささやき声が、煩悩をくすぐる。意志とは関係なく怒りが、焼けつく熱が、血を巡回する。今までと何か違う。自力では止められない。憎悪が喉の皮を破り、呪いの雄叫びになる。肌から血が噴き出すばかりに、醜い感情が溢れ出す。
目の前に白い獣が見えた。黒い瞳孔が立てに割れ、開いた口には鋭い牙を覗かせ、不気味にも微笑んだ。喰われる!
魔物が惨めに鳴く声が聞こえた。自分の叫び声だと気づいた。
目の前には白い獣もいない。ジークが笑っているだけだ。激しく動揺する心臓。眠りから覚めた気分だが、本当に今のは錯覚か?
「ついにこの日が来た。お前の命をこの手で奪う日が。バレ。楽には殺さないから断末魔までオレを楽しませてくれ」
ジークの指が手に軽く触れられて、はじめて気づいた。自分の両腕から胸まで、得たいの知れない黒い文字が現われている。それをなぞられると、氷みたいな冷たさに変わり、淡い赤い光を放っていく。
異変が起きただけでもいい心地でいられない。触れられるとなおさらだ。蹴ろうとしたが遅すぎた。爪を呪いの上に突き立てられた。歯を食いしばっても堪えきれない。
さらにジークは、僕の胸に爪で文字を刻み始めた。ナイフで刺され、その上から感電したとしても、これほど叫ばないだろう。
肩を上下させて笑うジークの顔を見ると、身震いしそうになった。闇に溶けたような目が、灰色に変わっている。
鋭い瞳孔だけ、黒のままだが、立てに割れている様は獰猛な獣と同じだ。以前と違うのはそれだけでなく、そこから感じられる圧迫感だ。目を合わせているだけで、首を絞められている気分になり、息苦しい。
「お前の体に刻んだのは何だと思う?」
最低な謎かけだ。弱点である呪いを知っての上で、そこに文字を書いたのだろう。溢れてきた黒い血で、文字の元の形が分かりにくくなっているが、腕に現われているものと同じ種類の言語だ。
「知りたくもない」
勿論知りたくないわけなどない。口だけでも反抗せずにはいられなかった。
「そうか。あえて教えてやる。オレの名前だと言ったら?」
耐え難い屈辱だ!敵 である相手の名前を体に刻まれるなんて。
「ふざけるな! 何様のつもりだ」
髪が何本か抜け落ちるのも気にせずもがいた。ジークの手から逃れようとして背を反らせるが力ではかなわない。
「口を慎め。お前の前にいるのはジーク・ジ・イズネル。たった今、魔王になった男だ」
殺気で口を封じた。ここで口答えしたら確実に殺されると本能が告げている。急変したジークの異様な気配はそのためか。しかし、謎が残る。嘘だったのか?
これまで僕を殺せば魔王になれると言っていたことは。だとしたら何がどうなっている?
沈黙したことで、ジークが嘲笑う。その肩に乗っているディグズリーも甲高く勝利をたたえて鳴く。
「お前がオレを憎んでくれたおかげだ。お前は闇色 の血になった。苦痛と憎しみでな」
くしくも、ジークを魔王にしたのは僕の血だとでも言うのか。復讐心を抱いたせいで、血が変色したのか? オルザドークの忠告が、ここで関係してくるとは。
「ちゃんと説明しろ。殺すんだろ?」
危ない駆け引きだ。真相を知ることはできても命は助からないかもしれない。
「そうだな。いいぜ、手塩にかけて育てた悪魔の子だ。育ての親のオレが始末をつけないとな」
やっと髪から手を放された。けれども体が思うように動かなくては、逃げ場などない。背後は壁だ。戦っている間にここまで移動させられていたことに気づいても、後の祭りだ。
「悪魔にした理由は?」
何度もぶつけてきたこの質問に果たして応じるだろうか。
「その前に、十七年前の出来事の続きを話そうか。ディスがどうしてお前の中に留まる羽目になったか」
僕を悪魔にしたことと関係するのか。ジークの出産のできごとの後、やはりディスは追っ手から逃げ切ることができなったのか。
「だから何だ」
闇色が、それほど重大なことだろうか? 今まで何度か血の色が赤から黒に変わることはあった。だからといって人間の血の色に戻らなかったことはない。何がおかしくてジークは歯茎を見せて笑うのだろうか。
「これを待ってた。オレはずっと、この血を!」
ジークの目的は、魔王になるために自分を殺すことではなかったのか? 自分を悪魔に変えて、何の得があるのか、さっぱり見当がつかない。
「もっとオレを憎め。闇に身を落とせ」
ささやき声が、煩悩をくすぐる。意志とは関係なく怒りが、焼けつく熱が、血を巡回する。今までと何か違う。自力では止められない。憎悪が喉の皮を破り、呪いの雄叫びになる。肌から血が噴き出すばかりに、醜い感情が溢れ出す。
目の前に白い獣が見えた。黒い瞳孔が立てに割れ、開いた口には鋭い牙を覗かせ、不気味にも微笑んだ。喰われる!
魔物が惨めに鳴く声が聞こえた。自分の叫び声だと気づいた。
目の前には白い獣もいない。ジークが笑っているだけだ。激しく動揺する心臓。眠りから覚めた気分だが、本当に今のは錯覚か?
「ついにこの日が来た。お前の命をこの手で奪う日が。バレ。楽には殺さないから断末魔までオレを楽しませてくれ」
ジークの指が手に軽く触れられて、はじめて気づいた。自分の両腕から胸まで、得たいの知れない黒い文字が現われている。それをなぞられると、氷みたいな冷たさに変わり、淡い赤い光を放っていく。
異変が起きただけでもいい心地でいられない。触れられるとなおさらだ。蹴ろうとしたが遅すぎた。爪を呪いの上に突き立てられた。歯を食いしばっても堪えきれない。
さらにジークは、僕の胸に爪で文字を刻み始めた。ナイフで刺され、その上から感電したとしても、これほど叫ばないだろう。
肩を上下させて笑うジークの顔を見ると、身震いしそうになった。闇に溶けたような目が、灰色に変わっている。
鋭い瞳孔だけ、黒のままだが、立てに割れている様は獰猛な獣と同じだ。以前と違うのはそれだけでなく、そこから感じられる圧迫感だ。目を合わせているだけで、首を絞められている気分になり、息苦しい。
「お前の体に刻んだのは何だと思う?」
最低な謎かけだ。弱点である呪いを知っての上で、そこに文字を書いたのだろう。溢れてきた黒い血で、文字の元の形が分かりにくくなっているが、腕に現われているものと同じ種類の言語だ。
「知りたくもない」
勿論知りたくないわけなどない。口だけでも反抗せずにはいられなかった。
「そうか。あえて教えてやる。オレの名前だと言ったら?」
耐え難い屈辱だ!
「ふざけるな! 何様のつもりだ」
髪が何本か抜け落ちるのも気にせずもがいた。ジークの手から逃れようとして背を反らせるが力ではかなわない。
「口を慎め。お前の前にいるのはジーク・ジ・イズネル。たった今、魔王になった男だ」
殺気で口を封じた。ここで口答えしたら確実に殺されると本能が告げている。急変したジークの異様な気配はそのためか。しかし、謎が残る。嘘だったのか?
これまで僕を殺せば魔王になれると言っていたことは。だとしたら何がどうなっている?
沈黙したことで、ジークが嘲笑う。その肩に乗っているディグズリーも甲高く勝利をたたえて鳴く。
「お前がオレを憎んでくれたおかげだ。お前は
くしくも、ジークを魔王にしたのは僕の血だとでも言うのか。復讐心を抱いたせいで、血が変色したのか? オルザドークの忠告が、ここで関係してくるとは。
「ちゃんと説明しろ。殺すんだろ?」
危ない駆け引きだ。真相を知ることはできても命は助からないかもしれない。
「そうだな。いいぜ、手塩にかけて育てた悪魔の子だ。育ての親のオレが始末をつけないとな」
やっと髪から手を放された。けれども体が思うように動かなくては、逃げ場などない。背後は壁だ。戦っている間にここまで移動させられていたことに気づいても、後の祭りだ。
「悪魔にした理由は?」
何度もぶつけてきたこの質問に果たして応じるだろうか。
「その前に、十七年前の出来事の続きを話そうか。ディスがどうしてお前の中に留まる羽目になったか」
僕を悪魔にしたことと関係するのか。ジークの出産のできごとの後、やはりディスは追っ手から逃げ切ることができなったのか。