91.拷問という名の見世物

文字数 3,030文字

 何度解こうとしても、無駄だった。錠が空しく音を立てるだけだ。ジークが何を協力させようとしているのかという考えは音楽の爆音にかき消された。


 残虐な歌がつらつらと流れ込んで来る。とても人が行える行為ではない歌詞だ。



 (この歌を歌えとか? まさか)



 終わらない歓声が聞こえた。どうやらライブが終わりに差し掛かったようだ。

 「アンコール」


 また外が賑やかになった。同じコールが反響してくる。このまま何事もなく終わって欲しいと思っていた。


 ジークの歌は、ただ残虐なのではない。人間を殺すというのが悪魔の法則で、ジークはその法則だけでは飽き足らず、人の死を楽しんでいるのだ。それを他の悪魔に見せびらかすための手段として歌を使っている。


 まるで、自分がずたずたにされているような錯覚さえ覚える。もしかしたら、ジークがライブで僕に求めていることって。




 「アンコールだ」




 ジークの死刑宣告の声が聞こえた。マイクを通してではなく、すぐ近くの耳元で。

 「オレの歌は気に入ったか?」


 白い髪が覆いかぶさった。思わず息を飲む。この嫌な笑い方からして間違いない。


 「何をする気だ」


 ジークが不適に笑って、指を鳴らすと、十字架が上にせり上がって動き出した。身体が引き上げられる。やめろ。どこへ連れて行く気だ?





 必死の抵抗も空しく、眩しい光にさらされた。歓声が上がる。何事だ?



 周りはどこを見ても悪魔だ。その視線は自分に注がれている。ステージの中央にいる自分に!


 スポットライトが熱くて眩しい。何本もの光が僕の体に集中している。その一本の光の前にジークが立って、光を遮った。


 まがまがしいジークの腕を初めて目にした。鎖と、黒い炎の刺青がある。


 ジークの片腕に刻まれていたはずの鎖が、浮き出て実体となり、ジークの手に収まっている。


 これみよがしにその鎖を床に叩きつけて、えぐるような金属の音を確かめる。



 「お前を痛めつける」



 狂った歓声が上がった。予想通りだ。あの歌はただ人間を脅す内容を歌っているのではない。本当に歌の通りにするという脅迫状だ。


 「やっちまえジーク! やっぱお前のライブは最高だ」

 ライブ以上に盛り上がる会場は、これまで見たこともない団結力でもって、殺せコールを放っている。


 そう、僕を殺せと。


 「死のアンコールだ」


 ジークが高々と吼えた。それに合わせ、サタンズブラッドは演奏を奏でる。ボーカルはいない。なぜなら歌うのは、



 「バレ。お前の歌声聞かせてくれよ。さぁ、叫べ!」




 音楽に悲鳴という歌詞を添えさせようと唸る鎖。風を切る音。左肩が裂け、骨が砕けた音がする。


 絶対に悲鳴なんかあげるつもりはなかった。なのに、声は押し出されていた。涙も出たのではないだろうか。


 僕の悲鳴を聞いて気をよくしたジークは再び、鎖を振りかざす。まだ、先程の一撃のショックから立ち直れていないまま歯を食いしばる。


 絶対に、絶対に悲鳴なんかあげてはいけない。


 風の音が血を飛び散らす鈍い音に変わる。打たれた右肩が大きく裂ける。手を握りしめて堪えようとするが指先は釘が刺さっているので、それさえもできない。


 呻いたが、指の痛みに集中して何とか耐えた。




 「せっかくのアンコールだ。もっと喚いても構わないぜ。その方がみんな喜ぶし、オレも楽しい」



 ジークは僕が遠慮していると言う。

 上目遣いになるが、まぶたを押し上げて睨んでやる。


 「叫びたいときに叫ぶのは本能みたいなもんだろ? それで痛みが和らぐわけでもないなら、なおさら、好きなように叫べ。じゃないと、後になるほど叫ぶこと自体が苦痛になってくるぜ」


 左肩の傷口に指がねじ込まれた。耐えるつもりが情けない悲鳴になる。舌を噛むつもりで歯を食いしばる。


 「あ、あとで、見てろ」

 僕の必死の一言にジークは気をよくした。

 「それはあとが楽しみになるな。でもよく聞け、オレは今を楽しみたいんだ。この会場にいる連中もな!」


 ギターが書き鳴らされて、会場から再び歓声が上がる。

 ジークが指を乱暴に引き抜くと、再び鎖の鞭が襲ってきた。


 息つく間もない。右から、左からと、胸や腹を容赦なく叩きつけられる。


 あばらが折れた。脇腹が裂けた。何度叫んだか分からない。




 痛い、苦しい、呪う! どうしてこんな目に遭わなければならない? 


 歓声、奇声、罵声、まさかの拍手、苦しめと叫ばれるコール。


 誰も彼も敵だ。この会場にいる全員が、この身が滅びることを望んでいる。それも見せ物同然で!


(ユルセナイ。オマエダケハ、ユルセナイ)



 ステージの床を濡らしていく僕の血が、心なしか黒ずんで見える。


 「いい血の色だ。もうすぐだな」



 フッと笑ったジークが鎖をもう一振りする。雷が洞窟内で落ちた。観客が悲鳴を上げて逃げ惑っている。この雷は? 客席に、観客を突き飛ばして進む影が二つ見えた。チャスとオルザドークだ。来てくれていたのか。


 「そこまでだ」


 気を取られていたジークの腕から、鎖が灰になって落ちた。それを不思議そうに眺めたジークが動こうとすると、ステージを上ってきたオルザドークがジークの足元に赤い魔方陣を展開させて、そうさせなかった。


 「解法、我が神の名において、今一度の自由を」


 鎖から解法された。身体はもう動ける状態ではなかった。その場に崩れ落ち、座り込んでしまう。肩で息をする度、全身が悲鳴を上げる。


 「どうやって作ったんだ? これ?」


 興味津々のジークはその場から動けないものの、不思議そうに魔法陣を覗き込もうとしている。


 「バレの血だ。こいつの無念を無駄にはしない」

 「大魔術師が味方につくのは反則じゃないのか? オレに恨みはないはずだろ?」

 ジークはおどけて見せたがオルザドークは相手にしない。


 チャスの雷に逆上し、ステージに押し寄せる悪魔が少なからずいたのを見てオルザドークは、「俺もどうかしてるな」と杖で円を描く。煙が立ち込めたそのすきに僕を背負い、チャスが悪魔を倒して確保した会場の出口へ駆け抜ける。









 「ちぇっいいところなのによ」


 いらついたゲリーが追おうとして、ベザンが止めた。

 「このまま逃がすの?」


 ゲリーではなくジークに問いかける。

 「あんた魔法陣は効かないでしょ」


 固まっていたジークはわざとらしく声を漏らして笑った。笑いすぎて魔法陣から身体がはみ出している。

 「また病気が始まったみたいだね」

 キースが冗談まじりで哀れんだ。

 「客が怒ってるけど」


 ロミオが小声でささやく。それを無視してジークは上機嫌にベザンに語る。


 「あいつの目見たか?」


 長年連れ添うベザンでさえ、未だにジークの意図が掴めない。



 「憎しみで満ちてた。あいつはオレを憎んでる。殺したいって思う程になぁ。その証拠に、あいつの血、だいぶ悪魔らしい良い色になってきてるぜ」



 クックックと、喉を鳴らすジークは楽しそうだ。


 「血の色? 赤い血でしょ?」

 「いや、一瞬あいつの血が黒くなった」


 理解できないベザンはジークにだけが分かる答えを促す。

 「つまり?」



 「あいつの方から来る。オレを殺しに。だから何も心配いらない。ちゃんと招待してやればそれでいいんだ」



 キースがキーボードを片づけ始めた。

 「ライブも余興にすぎないんだよね。次は何を準備すればいいの?」

 ゲリーが突っかかるように割り込んで来る。


 「俺の出番はないのか!」

 「ちゃんと考えてあるに決まってるだろ? 次に会うときに相手をしてやればいい」
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