110.血の池地獄

文字数 1,545文字

 ふわふわと体が浮いている。ゆっくり下に降りているようだ。先は見えない。真っ暗だ。




 まさか城の中に沼があるとは思わなかった。息はできるが、これはどこに繋がっているのだろう? ゲリーをまいたようだが、どうやってジークのところに行けばいいのか。



 行けたとしても勝てるのか? ゲリーに負けたのに? 悲しいほど不安が込み上げる。こんな不安などいらない。あいつを倒すのだから!


 闇をジークに見立てて睨みつけると、不安は消えたし、傷の痛みも和らいだように思う。無魔(むま)の術ができるようになると痛みもコントロールしやすくなったようだ。


 何分か空中とも水中取れぬ空間に漂っていると、急に落下しはじめた! 




 速度が上がり絶叫する。前から吹きつける熱風。闇が開けて、黒から赤にグラデーションされた空間に着く。眼下には赤い海の世界。炎が噴出す山と、それに照らされる幾千の赤い山、赤い川。


 「どこだここは」


 世にも恐ろしい叫び声が聞こえる。とても生きている者の悲鳴ではない。あちこちで聞こえる。が、人の姿は見えない。鼻をもぐような血と汗と焦げた臭い。おぞましい何かが起きているのは明らかだ。そんなところへ落ちている。手足をばたつかせても重力に逆らえない。地上に落ちてはひとたまりもない!


 赤い雲を突き抜けて、ぐんと地上が迫る。赤い池に落ちた。


 助かった。かなり全身痛むが、意識はある。水が口に入った。慌てて水面に顔を出す。口に入った液体を慌てて吐き出した。血の池だ。ここはどこだ? 誰かいないのか? 





 誰かにこの場所を正確に説明して欲しい。誰か、この最悪の状況を否定してくれ!


 自分は何もしていないのに、水面が揺れた。





 「この感触」




 知っている。自分はこの池を知っている。初めて来る場所だが、この池だけは知っている。

 「おや、誰が落ちてきたのかと思えば」


 見覚えのある恐怖が姿を現した。このおごそかな声は最初の悪夢だ。旅に出て一番初めに出会ってしまった、封印された怪物。この姿は忘れられない。全身が血でできていて、白い眼球だけを持つ王。封印を解いたのはこの自分だ!





 「火水(かすい)、暁のジェルダン王」


 悪魔のことで、すっかり忘れていた。ジェルダン王は逃走してから行方が分からなかったが、魔界にいたのか。


 「よく覚えていたな。私もお前のことは覚えていた」


 人間とも言えない異形な姿が、大きな手の形に変わる。見事な早業で捕まった。こいつは悪魔と同じぐらい強い。いや、それ以上かもしれない。こいつは四大政師(よんだいせいし)だ。ジェルダン王の顔が血の池から浮かび上がり人の形になる。



 「あれからどうだったお前の血は? 闇色(ダークカラー)になっただろう?」



 今更になって気づいたが、こいつが一番早く僕の体の異変に気づいていたのか。僕はもう取り返しのつかないところまでもう来てしまっている。


 「もうお前に何を言われても動じない。もう戻れないんだから」


 あえて抵抗はしなかった。相手が隙を見せるのを待つしかない。無駄なあがきをして嘲笑われるよりはいい。


 「お気に召さないかな? しかし、本当のことだろう。悪魔になったじゃないか」


 悪魔になるともっと早く、旅立ちの日に気づいていれば。という思いが脳内に染み渡る。いや、悔やんでも仕方がないのだ。そんなことはどうでもいい。


 「直にその体にもなじむだろう。私もかつては人間だったが、今のおぞましさが返ってやみつきでね」


ジェルダン王は元人間だった? 返って、ぞっとする。自ら血の怪物になろうなんて考えるだろうか? 僕も今の体が気に入らないのに。何でもいいが、四大政師がここで何をしているのだ。

 「お前が何でここに」




 「心外だな。お前が落ちてきて、それはないだろう。ここは地獄だ。血の池地獄の番人がここにいるのは当然ではないか?」
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